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「君、カッコいいね。大学生?」
注文をとってすぐに、客である女性は俺の袖を引っ張ってきた。
追加注文と聞いて、少し怪しいと思っていたのだ。空いた皿を片付ける途中で手が止まる。彼女はニヒルな笑顔を浮かべて、俺の顔をじっくりと眺めていた。
「近くで見ると、まるでお人形のようね。お名前は?」
ちらりと俺の胸元を見てから、距離を詰めて来る。他の店員には名札があるのに、俺だけつけていないのを不思議に思ったのだろう。
面倒な事になった、と心の中で頭を抱えた。
「すみません、他のお客様が来ますので……」
「いいじゃない、減るもんじゃないし」
俺にとっては減るものなのだ。昔から自分の名前が嫌いなので、人には教えたくない。珍しいせいで妙に覚えられる。でも彼女の掴む力はさらに強くなる。
「じゃあ、大学だけでも教えて頂戴」
彼女の雰囲気からして、もう四十は超えているだろう。二十歳も離れた小童に色目を使うなんて、正直引いていた。
そこへ、他の店員が指でつんと肩を突いてきた。そして小声で「三番テーブル、早く」と言われる。分かっているけれど、逃げられないのだ。
「ほら、忙しいんでしょ。早く教えて頂戴!」
頂戴、頂戴と、甘え声でねだるのを許されるのは、せいぜい赤ん坊か子犬ぐらいだ。このナゾの圧を押し付ける客に、仕方ないのである策を講じる事にした。
「……そうですね」
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