第一章 ③ ピーナッツデート

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第一章 ③ ピーナッツデート

「完全オフって散々言われてたのにうちが迎えに行ったら素振りしててんで? どう思う?」 「まあまあ。今日来てくれただけでも良かったじゃない」  彼氏の不満を言うポニーテールの少女をやんわりなだめる。樹奈はまだ不服そうに口を尖らせた。  半袖でも長袖でもいられる程良い気候の中、私達は動物園に遊びに来ていた。日曜日とあって家族連れが多い。  私と樹奈と優大、そして樹奈の彼氏の大池剣輔(けんすけ)くんの4人。いわゆるダブルデート。ただ、流行好きの女子の間ではダブルデートのことをピーナッツデートとかピーナッツと言うらしい。2組4人の歩く姿が殻に入ったピーナッツみたいだからだとか。  それを知らず、樹奈から急にピーナッツしようと言われた時は何の話か分からなくて馬鹿にされてるのかと思った。 「うちには野球バカの考えてることはわからへん。剣輔が今日来る気になったんはたぶん優大くんがおるからやと思うし……。あれ、優大くん大好きっ子やから」 「あれって……」  ぼやいた樹奈に苦笑いを向ける。私達は同時に、露天で買ったスムージーに口をつけた。  一方の男子2人は、私達と逸れたついでにゾウのトレーニングを見に行ったようだった。  4人で遊ぶのは私と樹奈が仲良しというのが主な理由だけど、優大と剣輔くんの仲も悪くないと思う。  剣輔くんだけ中学が違う。でも私と優大とは面識があった。3人とも小中で野球をしていて、剣輔くんのいるチームと何度か対戦したことがあるからだ。未だに男のスポーツというイメージの強い野球も中学まで男女混合であるところも多い。私も男の子の中に混ざって野球をしていた。剣輔くんのいるところは女子は一人もいなかったと思う。  高校に入って私と優大は野球を辞めたけど、マネージャーをしている樹奈と剣輔くんが付き合った縁もあって野球部がオフの日にはこうしてピーナッツ(?)をすることも多かった。 「はぐれた彼女ほっといてゾウ見に行くってなんなん? 先に私ら探すやん普通」 「今日はぼやくね……。何かあったの?」  朝はそうでもないと思ったけど、剣輔くんと逸れる前後の樹奈はやけに不機嫌そうだった。  樹奈は良くも悪くもわかりやすい性格をしている。機嫌の良い時も悪い時もわかりやすいサインを表に出してくれた。人懐っこくて誰とでも友達になれる子だけど、人より傷つきやすい一面もある。 「別に、うちが悩むことじゃないんだけど……」  そう呟いてストローで口を塞ぐ。 「もしかして剣輔くんがずっと優大と話してるのに嫉妬してる?」 「そうじゃなくて、剣輔が廻莉から優大くんを取ってるみたいで嫌なの」 「あ、そっち?」  随分と変わった悩み事だな……。  気を遣いがちな私でもそこまで考えたことはなかった。  樹奈はいつも喜怒哀楽がわかりやすくて素直過ぎる子なんだけど変なところを気に病むきらいがあった。 「そんなの気にすることないのに。樹奈ってなんか変わってそうで変わってるよね」 「どういう意味? ていうか変わってるとか廻莉にだけは言われたくないねんやけど。優大くんに告白した時なんか酷かったし」 「もうその話はしんといて!」  手元にあったストローの包み紙を投げつける。  過去の失敗談を思い出して体が熱くなった。 「もう2度とノート見せへんから」 「ごめんって。もう当分言わへんから許して」 「なんで当分やねん」  他愛のないじゃれ合いをしていると男子2人が帰ってくるのが見えた。 「やっぱり剣輔くん目立つね。優大も170㎝越えてるのにそれより一回りくらい大きい」 「うん。もうすぐ180㎝って言ってた」 「樹奈と30㎝差?」 「うち、そんな小さくないわ!」  まだ25㎝差だと付け加える樹奈に何も返さず、戻ってきた男子2人へおかえりと言って迎えた。喉が渇いたという優大に持っているスムージーをそのまま渡す。  2人はベンチの両端に分かれてそれぞれ腰を下ろした。 「自分らなんで見に来んかったん? ゾウ、両足上げて立ったりして迫力あったで」 「しゃあないやん。それより、ゾウがトレーニングして何と戦うん?」 「知らん。マンモスとかちゃう?」 「「ちょっと待って?」」  天然カップルのやり取りを私と優大が同時に止める。2人が冗談で言っているのか表情からは読み取れなかった。  樹奈の彼氏の剣輔くんはやや強面でちょっぴり粗暴。高い身長も相まって近寄り難い雰囲気が出ている。優しい一面もあるんだけど、わざと人を寄せ付けないよう振る舞っている節があった。  目つきの悪さは野球で相手を怖がらせるために癖づけたと言うが本当か冗談かわからない。左目の下に10円玉くらいの火傷の痕があって、これは本人も覚えていないと笑っていた。  掴みどころのわからない男の子。 「そろそろ帰るか。オレ、スパイクの紐買いに行かなあかんし」  剣輔くんの言葉を合図に揃って立ち上がる。  退園用のゲートをくぐり、すぐそばの駅へ歩いた。改札を通ってホームに向かう。私と優大は、スポーツショップへ行く樹奈と剣輔くんとは反対側の乗り場の階段を上がった。 「大丈夫? やっぱり疲れた?」  少し俯いていた私へ優大が気を遣って聞いてくれた。  「大丈夫だよ。樹奈も気を遣ってくれてたし……。そっちこそ、ちゃんと楽しめた?」  振り向いて尋ねてみる。期待通り、楽しかったよと返された。  間もなく着いた電車に乗って開いていた席へ座る。  大丈夫だと返したものの座ると疲れが押し寄せた。優大が心配してくれた通り、私は少し元気がなかった。優大には長めの風邪だと言っていたけれど、あっさりと見破られている。  とはいえ、さすがに原因まではバレていない。どうやら誕生日に風邪を引いたからずっと落ち込んでいると思われているようだった。  今日の集まりもたぶんその補填だったのかもしれない。樹奈の誘い方も強引だったし、日陰に居させてくれる時間が長かった。  私は友達と彼氏に恵まれているらしかった。 「あ、そこのボタン取れそう……」 「ほんまや。まあここは別にいいけどな」  優大の着ているポロシャツのボタンが取れかかっていた。開けっ放しのところだから機能的には問題ないけど、あるはずのものが無かったらダサく見えそうだった。  縫うから今度家に持ってきてと伝えると、優大は照れくさそうに頷いた。  ボタンといえば私には恥ずかしい思い出がある。樹奈にもからかわれたことだ。  事件は中学の卒業式後に起きた。  好きだった幼馴染に告白する時のこと。樹奈からは両想いだと言われていたけど自分では確信が持てず、それまでの関係を壊すのが怖くて、近所の公園に呼び出したものの頭の中を真っ白にさせていた。  どう切り出すか悩んだ末、制服の第二ボタンを貰う作戦を選んだ。それでもくださいとは言えず、テンパった私は自分の第二ボタンと交換するというっ結論に至った。  好きな男の子の前で、ブレザーのボタンを引き千切った。かよわさの欠片もない。若気の至りだ……。といっても半年前の出来事。  ボタンの交換には成功したけれど、結局告白の言葉はうまく言えなかった。しかも制服を破壊したことによってお母さんには滅茶苦茶怒られた。  今は懐かしいけれど恥ずかしい。 「ん? 急にどうしたん?」  黒歴史を思い出して口元が緩んでしまっていた。心配そうに顔を覗かれ、なんでもないと首を横に振って答える。  顔が戻らなくなったから気を紛らわすために体を横に倒して肩の先を優大にぶつける。部活をしなくなったといってもさすがは男の子。安心してもたれられた。  私達は高校に上がると同時に野球を辞めた。優大は中3の春に怪我をしてからまともに試合に出ていないし、私が受験しようとした高校はどれも女子野球部のないところだった。  私達はなるべく野球の話をしない約束をしている。付き合う時に決めたことだ。けど、約束しなくても私はなるべくしないと決めていた。  ボタンを交換し合った後、ボタンを貰えた嬉しさと制服を壊したことに焦る私へ、優大は告白のセリフをプレゼントしてくれた。  その言葉は、野球よりもお前が好きだ、だった。  野球をやらない分そばにいる、そういった意味だと付け加えられたけれど私には説明不要だった。  幼馴染から彼氏になった優大はそのセリフ通りに、いつも私を思いやってくれている。  付き合ってまだ半年。  すれ違いはあるけれど、今はまだ離れたいとは思っていない。  優大のことを誰にも渡したくないという想いが強い。  誰にも盗られたくなかった。
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