第二話 ようこそ、夢の遊園地へ

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第二話 ようこそ、夢の遊園地へ

「おおい、そこのお嬢ちゃん。ポップコーンはいかが?」  お兄さんと別れてから真っすぐ遊園地を進んできた。多くのお客さんがめいめいにアトラクションを楽しんでいるところを見ると、こちらまでウキウキしてきてしまう。  そして、ちょうどジェットコースターの入口付近で、ポップコーン売りのおばさんに声をかけられた。 「あ……、お金なくて」  アンカは小さな声で答えたが、目の前のカートにくぎ付けになった。  色とりどりのポップコーンに、鮮やかなデザインの入れ物、他にもペロペロキャンディーやチョコレートなんかも売っている。おまけに、とてもいい匂いがした。 (うわ……、食べたい。どれもめちゃくちゃおいしそう) 「あはははっ、あんた初めて来ただろう?」  おばさんに聞かれてアンカは不思議そうに、 「あ、はい。そうですけど」 「ここではねぇ、お金はいらないんだよ。ぜーんぶ、タダさ」 「全部? 本当に?」  赤と黄色の縞模様のエプロンを巻いたふくよかなおばさんは、暖かな笑みをたたえながらアンカに向かって、 「もちろん。ほらほらっ、どれがいいんだい?」 (迷う~。ポップコーンならキャラメル味もいいし、塩も、あ、イチゴ味もある。あー、決められないなぁ。でも、どうせタダなら、お高そうなやつにしようかな。それとも、おすすめとかあるかな?) 「あの、じゃあ、おすすめはどれですか?」 「ああ、おすすめかい? そうだね……、うちはどの商品もプライド持ってお出ししているから、選ぶのは難しいなあ。まあ、売れ筋はキャラメルポップコーンだね。珍しいものとしては、これとか」  そう言っておばさんは、右側の張り紙を指さした。  そこには派手な文字で、 『 ☆ポップポップポップコーン☆  これを一口食べるだけで、なんだか体がかるくなってきちゃう。  あれれ、ポップコーンみたいにポンポン弾んじゃった☆  お疲れのそこのあなた、思いっきり空をとびませんか?  好きな高さまで、少しの間飛翔可能。ただし、その際の事故は自己責任でお願いします。乳幼児には食べさせないでください。』 「え、すごい。これで、空が飛べるの? ホント?」 「まあ、子供だまし程度のものだけどね。食べてみるかい?」 「うん、食べたい食べたい!」 (空を飛べるなんてすごい! しかもタダだし、ラッキー)  おばさんはカートのポップコーンケースから、若干黒っぽい紫色のポップコーンを専用の銀のスコップで取り出し、カラフルな紙コップに入れて渡してくれた。  ワクワクしながら受け取って、さっそく口に一つ入れてみる。  なんだか、イカ墨のような土のような何とも言えない味だ。  顔をしかめながら、試しに小さくジャンプしてみる。 「あれ……?」  普通に地面に着地した。  食べる量が少なかったのだと思い、思い切ってすべてを口に流し込んだ。  想像を絶するマズさだったが、しかたない。  今度こそと、大きくジャンプする。 「……」  その後もなんどかジャンプしたが、飛行することはできなかった。 「ちょっとぉ、これウソじゃない! どういうこと?」 「まあまあ、おこりなさんな。少しは高く飛べるようになったじゃないか」 「そうは思えないけど。え、じゃあ、いままで飛べた人はいないの?」 「うーん、いたようないなかったような。まあ、でも、こういうもんは子供だましの夢物語と考えてくれなきゃ困るよ」 「はあ? ちょっと待てよ。ここ、夢なんでしょ? 夢だったら何でもありじゃないの」 「そうだねぇ。そこが難しいところさ。ま、夢のまた夢、ってなもんよお嬢ちゃん。あははははっ」  本人は上手いことを言った気でいるようだが、失望していたアンカは呆れてものも言えなかった。 (プライド持って出してるとかいちゃって、口だけは上手い人ってところかな。夢の中にもペテン師っているのね。そういうものなのかなぁ。でもまあ、お金は払ってないし、こんなものか) 「あー、じゃあ、そろそろ行くので、ありがとうございました」 「はいよ。またいつでも来てくださいな」 (きっともう一度この遊園地に来ても、おばさんからはもらわないようにしよう)  アンカは密かにそう心に決めながらジェットコースターを通り過ぎ、やたらと賑わっている広場に出た。  ぐるりとポプラの木に囲まれて、ところどころにおしゃれな外灯や風船が配置されており、中央奥にはレトロなステージがこしらえられている。 「へぇー、演奏会かぁ」  人ごみに入って行くと、真ん中あたりでようやくステージの上が見えてきた。  五人ほどのカンカン帽をかぶった男の人が楽器を演奏している。あまり聞いたことのない曲調だったが、自然と笑顔になってしまうような明るい音色だ。  しばらく聞き入っているとその曲は終わり、周りの人に合わせてアンカもめいっぱい拍手をした。 (やっぱり音楽って素晴らしいな。私もいつかこんな風に人を笑顔にする音楽家になりたいな……)  ステージ上のギターのおじさんを見ながらそんなことを考えていると、ふとその人と目があった。すると、おじさんはなぜかにっこり笑った。 (なんだろう。知り合いだったっけなぁ)  見覚えはなかったが、アンカは顔覚えが悪い方なので、もしかしたらどこかでお世話になった人かもしれないと思って、必死に思い出そうとした。  その間、そのおじさんは仲間になにやら話しかけ、そしてマイクを掴むと、 「どうやら我らがファイブハッツに、バイオリニストのお客さんのようです。そこでどうですかね、一緒にセッションするのは?」 「えーっ!」  驚くアンカを飲み込むようにして、オーッと周りがどよめき、賛成の声が上がる。 「じゃあ、せっかくですし、お嬢さん。左の階段からステージへどうぞ」  またにっこりとした顔で促され、周りの人からも励まされて、あれよあれよとステージの上へ上げられてしまった。  目の前には広場いっぱいのお客さん。年齢層はお年寄りからお母さんに連れられた赤ちゃんまで幅広いようだ。  教室の発表会とはなんだか勝手が違って、アンカは圧倒されてしまった。 「……君の好きな曲を弾きなさい。そしたら我々が盛り上げるから」  そうおじさんに耳打ちされ、アンカはますますパニックになった。 (え~、好きなきょくぅ? なんだっけ、あれ、思い出せなくなっちゃた……。んー、んーと)  アンカがなかなか演奏し始めないので、わずかにお客さんがざわめき出した。 (やばいな、早くしないと。……あー、もういいやこれで)  頭が真っ白になったアンカは、唯一浮かんできたメロディーを一心にかき鳴らした。  そう、寝る前に散々文句を言っていたあの失恋ソングである。 「なるほどね」  横のおじさんたちはそうつぶやいて、アンカの主旋律を引き立てるようにそれぞれの楽器を演奏し始めた。  驚いたことに、それはとても美しく上質なメロディーとなって会場に響き渡ったので、ちらほら涙ぐむ女性もいて、アンカ自身鳥肌が立った。 (こんな感覚はじめて……)  夢の中だから上手く弾けたのか、はたまたお客さんを前にして実力以上のものが引き出されたのかはわからないが、いままでで一番上手く弾くことができた。  最後の音を丁寧に弾き終えてアンカが顔を上げると、目の前のお客さんが笑顔で大きな拍手を送ってくれた。  アンカはとても誇らしく温かい気持ちになった。 「いやぁ~、よかったですね。感動もんですよ、若いのに素晴らしい」  先ほどのおじさんがまたマイクを握って、お客さんにしゃべりかけた。  賞賛の言葉に合わせて、もう一度パチパチと拍手がおこる。 「我々がこの子の素質を受け合いますよ。将来性がある。コンサートホールでこの子を見る日も近いでしょうね。なにしろ、感情移入できている。この曲をよく理解していると思いますよ」 「え、本当ですか」 「もちろんです。たくさん練習されたんでしょうね」  先ほどの練習の成果が出たんだろうか。  アンカはとっても嬉しい気持ちになった。 「よし、じゃあ、いきなりだったけど本当に素晴らしい演奏でした。ありがとう。もう一度、彼女に拍手を!」 (夢の中だけど、バイオリンも上達させることができてラッキーだったな)  また拍手をしてもらい、アンカは満足感を覚えながら広場を後にした。
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