天の川を泳ぐ

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 スタッフと協力し、信吾の遺体をベースキャンプに下ろし、そこから先はヘリコプターで町へ移動させた。エベレストの頂上まで、あと少しだった。あと少しで、世界の頂点を望める筈だった。それは小さい頃からの夢だった。けれど―― 「ソー、リョー、ノムカ?」そう言って、ラマはシェルパティーを二人に淹れてくれた。「シンゴ、ヨロコブ。オレ、ワカル」 「ありがとうございます」と、西崎は言った。エベレスト頂上の風景が頭に焼き付いていた。信吾の身に起きた事は不幸だった。けれど結局、彼は死よりもエベレストの頂きに執着してしまったのだ。  尾上は雪を頂くエベレストにふと顔を上げ、呟くように言った。 「どうして、あの山はあんなに遠いんだろうな」  予感がした。自分も尾上も、再びエベレストを登る事は無いだろうと。あの途方もない無音と、生き物一つの匂いを感じない荒涼とした大地、夜空に広がる天の川。子供の頃のように、ただ無邪気に遊んでいられたらそれで良かった。三人で、昔のように山を森を、無垢な獣のように走り回るだけで、それだけで。 「信吾、ごめんな」と、西崎は言った。  幻想と夢想の向こう、三人の子供達がオーロラのように輝く天の川を、無邪気に泳いでる姿が見えた。                                  完
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