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「飲み物、昨日はもらったから、今日はオレが持って来た。どっちがいい?」
月子の方をなるべく見ないようにして、ジュースを2本差し出す。
「え、いいの?」
「いいよ、どっちか取れ」
オレの予想どおり、月子はいちごオレをとった。
「私これ大好きなんだ。ありがとう」
「おう」
クラスの女子たちが、よくこれを飲んでいるのを見かける。きっと女子はこういうのが好きなんだろうと思って買ってみて良かった。
500mlのペットボトルは、無事に手を触れずに渡すことが出来た。
いつものように願い事を唱えて。
休憩時間には、今人気のあるお笑い番組の話とか、朝が弱いクラスメートの田中が、今日はペンケースの代わりにテレビのリモコン、弁当箱の代わりにボックスティッシュを持って来たこととか、とにかく笑える話題を喋り続ける。間違ってもオレが変な気をおこさないように。
途中で月子がいつものトートバッグからグミを取り出した。星形のグミを。オレはそのことに、昨日のようには触れなかった。当然『流れ星ごっこ』もしようとは言わない。もうあーんはこりごりだったから。
レモン味のグミの、周囲に付けられているすっぱいパウダーが、オレの酸っぱい思いと重なって、情けなくなる。
いっぱいいっぱいじゃんか。
オレが小学生の頃、近所の高校生の恭平にーちゃんは、オレにとって憧れの存在で。背の高さとか、ファッションとか、美人の彼女を家に招いてることとか、全部がカッコ良く見えて。オレも高校生になったらあんな風になれるって勝手に信じてたけど。
今のオレがあの時の恭平にーちゃんみたいになれているとは到底思えない。なったとしたらせいぜい身長くらいだ。やっぱオレは何かが欠けているんだ。ちょっとばかり顔が良くて、背が高くても、彼女が出来ない原因はそれだ。欠けてるのが何かは、自分では分かんねーのが致命的だけど。
「今日ね、クラスの男子が休憩時間にふざけてて膝を擦りむいたの」
唐突に、月子が話し出す。
「おう」
今まで聞いたことのない、月子の学校での話に興味深く聞き入る。
「血が出てたけど、保健室行くほどじゃなくて。誰かバンソーコー持ってないかって聞いてきて、私が持ってたのね」
うん、と頷いて、そのまま続きを待つ。
「持ってるよーって言ったら、その男子が私のとこ来たから、貼ってあげようと思ったんだけど…」
言われるまま、そのシチュエーションを思い浮かべる。
「やめたの。『ハイ、どうぞ』って手渡した。だってこういうことでしょ?昨日リュウくんが、『他のヤツにはすんな』って言ってたのって」
言われた瞬間、顔が真っ赤に火照るのを感じる。月子にだって、絶対にバレるくらいに。
「ね、私合ってたよね?リュウくんの言うとおりに出来たよね?」
オレは…。
オレはなんて自分勝手なことを言ったんだ。
月子の純粋な親切心まで奪ってるじゃないか。年上の人間として、これでいい訳ない。
けれど、もし月子がその男子にバンソーコーを貼ってやっていたら…。
想像してみて、やっぱりモヤッとする。しかもそれをきっかけに、そいつが月子に惚れる可能性も無きにしもあらずだ。いや、もしかして、もう既に好きってこともある。ヤバイ、モヤモヤが止まらない。
「そういうこと…だな」
オレは狡い人間です。もう、それでいい。
「良かった!」
嬉しそうに笑う月子の顔を見て、胸がギュウっと締めつけられる。
オレの言うとおりにしてくれた月子。
オレにだけ、何かをしてくれるつもりの月子。
それが不謹慎にも嬉しくて仕方ない。
「さあ、願い事言うぞ!」
赤い顔と、嬉しさと罪悪感で最早どんな表情になっているか分からない自分の顔を見られたくなくて、また夜空に逃げる。
月子のお母さん、すみません。
オレはこんなに年上なのに、それらしい態度もとれず、身勝手にも月子に惹かれまくっています。
ただ心の内で思うだけにするので、隣りにいることを今だけ許してください。
闘病中の月子のお母さんに心の中で謝って、それからは必死に、心を込めて手術の成功と回復を祈った。
その日流れ星はひとつ流れた。
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