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ラストチャンス
手術の前日、つまり願い事を言える最後の日。
日中からずっと曇っていて、そのまま夜になった。雨こそ降ってはいないが、星はあまり見えそうにない。
今日は部活が長引いて、いつもより遅く帰宅した。猛スピードで夕食をかきこんでいると、母さんが後ろで『よく噛みなさいよー』と言っていたが知らんぷりだ。それから速攻でシャワーをして、髪を乾かす暇もないので、タオルを首にかけ、濡れ髪のまま公園に走った。
「リュウくん、髪濡れてる」
月子が驚いている。
「おう。今日部活長引いてさ、ちょっと前に帰ったばっかだから、飯食ってシャワー浴びて速攻で来た」
首にかけたタオルで髪を拭きながら答えると、月子が申し訳なさそうな顔をする。
「リュウくん忙しいのに、私のためにゴメンね」
言いながら、またいつものトートバッグから紙コップとお茶を出して、注いでいる。
「お風呂上がりだから、喉が渇いたでしょ?ここ置くね」
タオルで頭をガシガシ拭いているオレを見ながら、月子がその横に紙コップを置いてくれた。
「サンキュ。気が利くなぁ、月子は」
無事に飲み物を受け取り、早速喉の渇きを癒す。
「おばあちゃんがね、いつもお風呂上がりに用意してくれるの。だからつい」
「優しいおばあちゃんだな」
「うん、そうなの。今までずっと離れて暮らしてたし、滅多に会うこともなかったんだけど、だから一緒に住めて嬉しいって言ってくれてる」
月子とおばあちゃんのやりとりをなんとなく想像して、ほっこりする。うちのばーちゃんも、オレには甘いからなぁ。いつも味方してくれるし、いろいろ世話やいてくれる。オレもばーちゃんは好きだ。
「おばあちゃんとね、今日お母さんに会いに病院に行ってきたの。明日が手術だし、お母さんに頑張ってねって言いたくて」
「うん」
車で30分程のところにある大学病院に、月子のお母さんは入院しているらしい。
うちのひいばーちゃんもそこに入院していたことがあったから、オレもよく知っている。
「お母さん『明日頑張るから、月子は心配しないでいいのよ』って笑ってくれたけど、やっぱり少し不安そうだった」
月子が素直な気持ちを話してくれているのを感じて、オレは単純に嬉しかった。
「だから、『私、毎晩流れ星にお母さんが早く元気になりますようにってお祈りしてるんだよ』って言ったの。それから『親切で優しいお兄さんが、一緒にお願いしてくれてるんだよ。2人で一生懸命お祈りしてるから、絶対大丈夫だよ』って話したの」
うっ。
それはお母さん、逆に心配されていないだろうか。突如現れた親切なお兄さんて、怪しまれてもおかしくはない。
「お母さんは何て?」
決して不審者ではないものの、清廉潔白かと言われれば、そうでもないのは事実だ。
「今度そのお兄さんに会ってみたいなって。お母さんからもお礼言わなくちゃって言ってたよ」
とりあえず、警戒されてはいないようだけれど、うん、ちゃんとしよう。
「オレも今度会ってみたいよ、月子のお母さん。元気になられたら、挨拶に行かせてもらうな」
「うん!ありがとう」
嬉しそうに、月子は笑った。けれどすぐに、その顔から笑顔が消えた。
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