星瞬く日の出会い

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星瞬く日の出会い

オレの住む鳥取は、自然豊かでのんびりとした町だ。 うちは兼業農家だから、米や野菜はいつでも豊富にあるし、家庭の水道から普通に名水が出てくる。名産品の大山どりや松葉ガニも食卓に並ぶことは別に珍しくない。 夏は海水浴、冬はスキーやスノボを楽しめるし、凶悪事件なんかは滅多に起こらず、生活するには恵まれた環境なんだろうなぁと思う。 だけど、大きな商業施設が少ないという点では、10代のオレたちには少々刺激が足りない。雑誌を見て欲しい服や食べたい物があっても、それを売る店が鳥取にはそもそもない。アーティストが全国ツアーをしても、鳥取には当然来てくれないし、さらにライブビューイングすら、外されることも珍しくない。 都会に憧れを抱きながら、いつもの平凡な毎日が、今日も終わろうとしている。 高台にある、見晴らしの良い一軒家の2階の角がオレの部屋だ。 外の風を入れたくなって、虫除けの網戸だけを残し、窓をカラリと開ける。 6月になると、うちの近所では蛍を見ることが出来る。うちから少し離れたところに川があり、その川沿いに行けば日によって無数の蛍が舞うんだ。一応『蛍の里』なんて呼ばれているみたいで、たまに地元外の人が見に来たりもしている。 そこからはぐれた蛍が、たまに窓辺にふわふわ飛んで来たりするので、そんな期待もしていた。 今日はいないな。 遠くの空には無数の星が瞬いているけれど、お目当ての蛍はいなさそうだ。 それでもどこかに飛んでやしないかと、目を凝らして、薄闇の景色を眺めていると。 あれ? 小さい頃よく遊んだ小さな公園。 そこの街灯の下のベンチに、女の子がひとり座っているのが見える。 遠目だけど、中高生くらいじゃないかと思う。近所の幼なじみたちとは別人のようだ。 マジか。 こんな時間に女の子ひとりで何してんだ? 部屋の時計を振り返ると、8時半を少し過ぎている。 彼女の周囲には、どう見ても連れらしき人はいない。 いくら田舎だからといって、こんな夜にそれこそ街灯も少ないところで、もし変なヤツでも来たらヤベーだろ。何してんだ? 彼女は何をするでもなく、ただ空を見上げている。 蛍を見に来たのか? それとも、星か? それにしたって、女の子がひとりだなんて、危機感なさすぎだろ。 見守らなきゃいけない気になって、オレはしばらく窓辺に留まった。 すると9時になる前に、何事もなく帰って行った。 帰り道も心配な気がするけれど、オレが声をかけたら、それはそれで不審者みたいだよな。 気を付けて帰れよ。 心のなかで呟いて、安心したら睡魔が襲ってきて、ベッドに横になる。 たかがこれだけの事でも、日常とは異なった出来事に、オレの胸は少なからず高揚していた。 さながら騎士にでもなった気分で、やりきった感すらある。 なんだか良い夢を見た気がする。 覚えてはいないけれど。 目覚めたら、数学の課題を忘れてた事に気付いて、青ざめる日常が待っているんだけどな。
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