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覚悟
手術当日。
オレは朝から月子がどうしているか気になって、授業なんて頭に入らない。まあ、頭に入らないのはいつものことだけれど、いつも以上にだ。
お母さんの手術は午後イチで、月子は朝は学校に行って、早退して病院に行くと言っていた。
昨夜はちゃんと寝られたかな。また泣いてないかな。食欲はあるのかな。何だかまるで親にでもなったみたいに、心配で心配で落ち着かない。
「リューウー!1年にまた可愛い子見つけたから、見に行こーぜー!」
昼休憩。
いつもならよく行動を共にしている、哲と耕平と礼於が、オレの席にやって来た。
「あー、そーなん?オレはいーわ。お前らで行ってこいよ」
今日のオレは…というより、ここ最近のオレは、そういうことにすっかり興味を失ってしまった。原因は、もちろんひとつだ。
いつもなら、『よーし!行こーぜー!』とそのまま肩を組んで行くものの、意外な反応を示したオレに、3人は目を丸くした。
「どしたんお前。最近何か違くね?」
「腹でも痛いのか?」
「そんなんじゃ、ただのイケメンになっちまうぞ!面白くねーぞ!」
腕を掴まれ、無理矢理連れて行かれそうになる。
「わりぃ、ホント無理。そんな気分じゃねーんだ」
冗談じゃなく深刻な様子に、3人はゆっくりとオレを解放した。
「悩み事か?」
礼於が急に心配したように問いかける。
「まあな、悩んでたって仕方ないことだけど」
「赤点…とかじゃ今さら悩まないだろうし、何だ?まさか女絡み?」
耕平はいつも鋭いところがある。
「リュウ、そんな悩むほど好きなヤツ出来たのか?」
哲は中1から付き合ってる彼女が他校にいるが、それと可愛い子捜しは話が別らしい。
隠したって、言うまで納得してくれないだろう。ここは素直に話すしかない。
「まあな。かなりムリめの相手なんで、正直悩んでる」
「マジかよ!オレらの知ってる人?」
「ムリめって何だよ!お前黙ってりゃイケメン王子だし、頑張れよ!」
ワイワイ騒ぐ3人に、隣りでずっと黙っていた祐介がボソッと呟く。
「お前ら、そっとしといてやれ。言いたくなったら、自分から言ってくるだろ。代わりと言っては何だが、その1年の可愛い子とやらは、オレが一緒に見に行ってやるよ」
一瞬間があって。
「はあ?祐介のくせに生意気だぞ!」
「かっこつけてんじゃねぇよ!」
「お前2次元にしか興味ないんじゃねーのかよ」
今度は祐介が絡まれ、何だかんだ言いながらも4人で楽しそうに教室を出ていく。祐介は弄られキャラでもある。本人もそれは自覚している。おかげでオレの周りは一気に静かになった。
祐介、庇ってくれたんだよな。ちょっと感動したかも。あとでジュースでも奢ってやろう。
3人に言ったことで、オレはますます自覚した。
こんなに僅かな期間だけれども、月子への思いが、もう消すことは出来ないものになっていることを。
冗談じゃなく、辛い恋愛になることは間違いない。クラスの女子を好きになるのとは訳が違うから。
それでも今オレの心を満たすのは、月子のことだけだった。
どうか彼女のお母さんの手術が成功しますように。
星の見えない昼間の空に向かって、オレは小さく呟いた。
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