覚悟

1/1
前へ
/149ページ
次へ

覚悟

手術当日。 オレは朝から月子がどうしているか気になって、授業なんて頭に入らない。まあ、頭に入らないのはいつものことだけれど、いつも以上にだ。 お母さんの手術は午後イチで、月子は朝は学校に行って、早退して病院に行くと言っていた。 昨夜はちゃんと寝られたかな。また泣いてないかな。食欲はあるのかな。何だかまるで親にでもなったみたいに、心配で心配で落ち着かない。 「リューウー!1年にまた可愛い子見つけたから、見に行こーぜー!」 昼休憩。 いつもならよく行動を共にしている、(てつ)耕平(こうへい)礼於(れお)が、オレの席にやって来た。 「あー、そーなん?オレはいーわ。お前らで行ってこいよ」 今日のオレは…というより、ここ最近のオレは、そういうことにすっかり興味を失ってしまった。原因は、もちろんひとつだ。  いつもなら、『よーし!行こーぜー!』とそのまま肩を組んで行くものの、意外な反応を示したオレに、3人は目を丸くした。 「どしたんお前。最近何か違くね?」 「腹でも痛いのか?」 「そんなんじゃ、ただのイケメンになっちまうぞ!面白くねーぞ!」 腕を掴まれ、無理矢理連れて行かれそうになる。 「わりぃ、ホント無理。そんな気分じゃねーんだ」 冗談じゃなく深刻な様子に、3人はゆっくりとオレを解放した。 「悩み事か?」 礼於が急に心配したように問いかける。 「まあな、悩んでたって仕方ないことだけど」 「赤点…とかじゃ今さら悩まないだろうし、何だ?まさか女絡み?」 耕平はいつも鋭いところがある。 「リュウ、そんな悩むほど好きなヤツ出来たのか?」 哲は中1から付き合ってる彼女が他校にいるが、それと可愛い子捜しは話が別らしい。 隠したって、言うまで納得してくれないだろう。ここは素直に話すしかない。 「まあな。かなりムリめの相手なんで、正直悩んでる」 「マジかよ!オレらの知ってる人?」 「ムリめって何だよ!お前黙ってりゃイケメン王子だし、頑張れよ!」 ワイワイ騒ぐ3人に、隣りでずっと黙っていた祐介がボソッと呟く。 「お前ら、そっとしといてやれ。言いたくなったら、自分から言ってくるだろ。代わりと言っては何だが、その1年の可愛い子とやらは、オレが一緒に見に行ってやるよ」 一瞬間があって。 「はあ?祐介のくせに生意気だぞ!」 「かっこつけてんじゃねぇよ!」 「お前2次元にしか興味ないんじゃねーのかよ」 今度は祐介が絡まれ、何だかんだ言いながらも4人で楽しそうに教室を出ていく。祐介は弄られキャラでもある。本人もそれは自覚している。おかげでオレの周りは一気に静かになった。 祐介、庇ってくれたんだよな。ちょっと感動したかも。あとでジュースでも奢ってやろう。 3人に言ったことで、オレはますます自覚した。 こんなに僅かな期間だけれども、月子への思いが、もう消すことは出来ないものになっていることを。 冗談じゃなく、辛い恋愛になることは間違いない。クラスの女子を好きになるのとは訳が違うから。 それでも今オレの心を満たすのは、月子のことだけだった。 どうか彼女のお母さんの手術が成功しますように。 星の見えない昼間の空に向かって、オレは小さく呟いた。
/149ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加