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いつものように、窓辺にもたれ彼女を見守っていると、公園に彼女以外の人影が現れた。
『蛍の里』とは言えど、公園は蛍スポットとは少し離れているし、こんな田舎の、こんな時間だし、今までは一度もなかったことだ。
男は彼女に気付き、近寄って何か話している。
ひょろっと背の高い、30~40代くらいの男だ。
これ、ヤバいんじゃねーの?
その男が、変なヤツとは限らない。
だけどそれにしたって何かマズイ気がする。
こんな時間に何してるんだって通報されたりとか?
とにかく、助けなくちゃいけいんじゃないか?
腕っぷしにさほど自信のないオレは、玄関に置きっぱなしになっているバットを持って、玄関を飛び出した。
小学校低学年から野球を続けていて、素振りをするためにいつもそこにバットを置いている。といっても最近はその回数もめっきり減った。
高校では軟式野球部に入ったが、人数ギリギリの弱小チームで、これまで負けっぱなしだった。練習も怠けて来ないヤツらもいて、当然モチベーションは下がりまくり。
まあ、そんなことはどうでも良くて。
オレは自慢の足であっという間に公園に辿り着いた。
まだ彼女と男は会話を続けているようだった。
「あのっ!」
着くやいなや、乱れ気味の呼吸を整える間もなく声をかける。
「どうかっ、しましたかっ?」
突如ものすごい勢いで現れたオレに、2人は驚いた様子で振り返る。
「いやね、うちの子が昼間ここで遊んでて、大事なオモチャを忘れたって泣くから取りに来てみたら、こんな時間に女の子がひとりでいるもんだから、どうしたのかって聞いてたところなんだ」
口を開いたのは男の方で、やはり30代くらいに見える。手には戦隊ものヒーローの人形が握られていて、言ってることは嘘じゃなさそうだ。
変な人には見えないけど、大人が絡むといろいろ面倒くさいことは、オレは日頃の経験でよーく分かっている。
「スミマセン!妹は理科の宿題で星の観察をしてて、オレもひとりじゃ危ないと思ったんで、素振りでもしながら隣りで待ってようと思って、今来たところなんです!」
嘘の苦手なオレは、ここに走るまでの短い間、必死に考えた設定を一気に告げる。棒読みだったかもしれないと心配になり、駄目押しに呆然と立ち尽くす彼女に声を掛けた。
「な、ユウコ!北斗七星は見つけられたか?」
ユウコは母の名前デス。
だって彼女の名前知らないから。
でも名前くらい呼んだ方が、信用度高まる気がしたんだ。
街灯の薄暗がりの中とは言え、初めてこんなに近くで彼女を見る。
すらっと長い手足に、胸のあたりまである長い髪。大きな瞳が、動揺でキラキラ潤んでいるように見える。
これは、予想以上じゃね?
かなり可愛いじゃん。
こんな時さえ邪な感情を忘れない、高校生男子に幸あれ。
同意の返事を、目で合図を送りながら待つ。
すると彼女は声を出さず、コクコクと首を縦にふった。
「さあ、にーちゃんが素振りしてる間にさっさとやっちゃえよ」
ビュン、と、バットを振りを始めると、男性はまんまとオレの話を信じたようだ。
「それならいいけど、君も高校生くらいだろ?あんまり遅くならないうちに帰りなさい」
「ハイ!ご心配ありがとうございます」
好青年さながらの、さわやかな受け答えをし、深くお辞儀をすると、男性は安心したように公園を出ていった。
少し離れたところでブルンとエンジンがかかる音が聞こえる。近くに路上駐車していたんだろう。やがて走り去って行く音も消えていった。
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