1 今村家

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 虎の子の預金通帳と実印、銀行印と印鑑登録証を兼ねた市民カードを左右の内ポケットに入れたダウンコートを羽織り、真島は身の回りの品を入るだけスーツケースに詰め込んで、とりあえず家を出た。近所の学習塾の冬期講習会に行っている一人娘の芽衣に、取り急ぎ夕飯として大好物のキーマカレーを作り、皿に移しラップを張って、  ――もしママの帰りが遅かったら、冷凍庫に入ってるご飯と、それぞれチンして食べといて。  と脇に書き置きを残してきた。今日中に電話で家を出る理由を伝えるつもりだが、どこまで話をすればいいのか、まだわからないでいる。  ――そっちの言い分はわかった。竜次と多美の家にしばらく厄介になりながら考える。  と年末の休日を返上し出勤している弥生のデスクにも書き置きを残してきたが、もう結論は出ているに等しい。あれほど思い詰めた妻の顔を見たのは逆プロボーズを受けた日以来だった。突然言い出すところは弥生らしいと思う。溜め込んでおいて、いったん言い出したら引かないタイプの女だ。結婚前、付き合いはじめたころからそうだった。
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