1 今村家

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 市役所の退職金は手を付けずに定期貯金にしておいて正解だったと、真島は改めて思う。現金化して姉と等分した両親の遺産の大半も同様だ。当座の生活資金に充分な額を持っていたのは幸いだった。焦って職探しをする必要はない。  真島は、とりあえず自分を加えた五人分の今夕と明朝の食事の買出しに、最寄りのスーパーマーケットに向かった。十数年にわたり、今村家とは家族同然の付き合いをしている。竜次や子どもたちの食事の嗜好は承知しているつもりだ。料理の腕は多美に到底及ばないが、残された四人の家族の食欲を満たすことはできるだろうと自負している。  この日から、真島は事実上、今村家の無給だが賄い付きの住込みの家政夫、というよりも主夫となった。朝、竜次の弁当を含む昼、晩の一家の食事を作り、散らかったリビングダイニング、キッチンのシンクともども黴や水垢の目立つ浴室やトイレ、脱衣場、廊下、階段、玄関を掃除して回った。大晦日には買出しに行った後に、おせち料理作りに励み、今村家の迎える正月の体裁を整えた。      〼
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