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信号を待つ一人がたまりかね、赤信号を無視して横断歩道に飛び出した。細い側道にまたがる短い横断歩道だから、渡りきるのはほんの数秒のことだった。
そして、その一人を皮切りに、何人かが追うように後に続いた。
カメラはその様子をしっかりと捉えている。
人混みの中の一人が、電話を耳に当てたまま、通り過ぎてゆく若者の胸のタグを注視している。
「失格者、273番、15番、138番、57番……」
信号が青に変わると、足を止めていた若者達が遅れを取り戻すべく駆け出した。人がごった返す歩道に突進し、なりふり構わず人混みをかき分ける。一般人になりすました社員たちは押しのけられ、肩を弾かれ、足を踏まれていた。気づきながら謝りもせず去ってゆく若者は多かった。
「失格者、4番、78番、202番、90番……」
そして、その先に待ち構えているのは転がったオレンジと跪く老人だ。
老人は歩道にはいつくばり、転がるオレンジを拾いあげようとする。
すると若者の一人がオレンジを踏みつけ、汁が老人の顔に派手に跳ねた。老人は思わず目を塞ぐ。
気づいた若者はチッと舌打ちをして顔を逸らし、そのまま走り去っていった。
「…………ッ! 26番、大失格ッ!」
皆が心配して駆け寄ろうとするのを老人はすかさず制する。
地に伏した老人の見上げる強い眼差しは、ここからが肝心なのだと皆に伝えていた。
しかし先を急ぐ若者達は誰も老人に手を貸すことはなかった。集まっていた社員全員が、今年の志望者に失望していた。
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