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移動する途中、いくつもの横断歩道があり赤信号に阻まれた。
しかも不運なことに、テレビ放送の収録のようなものがやられていて、歩道は撮影関係者やカメラに映ろうとする人でごった返していた。
先を行く入職志望者達は強引に人混みをかき分け目的地を目指している。早い到着ほど評価が高いかもしれないが、どんなに急いでも最後尾は決まったようなものだった。
群衆をよけながらようやっと通り過ぎると、空のエコバッグを手にしたみすぼらしい老人が歩道にうずくまっていた。歩道にはオレンジが多数、転がっている。ひとつは踏まれたのだろう、潰れて汁があふれていた。
老人ははいつくばり、よたよたと転がるオレンジを拾い集めている。
逡巡は一瞬だった。坂崎は足を止め、オレンジを拾い集めて老人の持つエコバッグに入れた。
そして老人の手を取り立ち上がらせる。
「おじいさん、気をつけてくださいね」
「悪いねぇ、若いのに親切なお方」
「いえ、役に立てただけ良かったです」
これで合格の可能性が潰えたと思いつつも、むしろ潔いと自分を褒め称えたくなった。
坂崎は時間を過ぎて到着した。現地ではスマホを手にしたスーツ姿の係員らしい女性が待っていた。
「すみません、遅くなってしまって」
坂崎は胸のナンバータグを外して係員に返し丁寧に頭を下げる。係員は番号を確認すると坂崎にこう告げた。
「あのー、もう少しだけ待っていただけますか。全員を審査する義務があるって、面接官が言ってましたので」
「そうですか……」
絶望的な状況に閉じ込められると、時の流れがやけに遅く感じる。無意味に待つ時間は坂崎にとって苦痛そのものでしかなかった。
そして、ようやっと坂崎の番が訪れた。
「300番の方、お入りください」
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