星降る夜のジョーズ氏

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星降る夜のジョーズ氏

 星が自分の手のひらに降ってくる確率なんて、生きている内にはないだろうくらいの確率。  万が一、億が一降って来たとしても、金平糖みたいな黄色の可愛らしい星が降ってくる事はない。  ないはずだった。  七夕の日。  家の庭先に竹を飾って、短冊を吊るしていた時に、ふと空から何かキラキラしたものが落ちてくるのが見えた。  シャボン玉がふわりと落ちるくらいの速度だ。  あれは、何だろうか。  思わず私は、くるくると回転しながら落ちてきたそれを、両手で受け止めた。  黄色で、キラキラと光っていて、かわいい何か。  それは絵本やイラストで良く見るような星だった。 「お姉ちゃん、そのキラキラしているのどうしたの?」 「…………何だろうね」  妹の疑問に、私はそう答える。  星っぽいというか、正に星という言葉に相応しい星だが、何でこれが降って来たのか。  そんな事を思いながら、手の中の星を見ていると、それはとたんにモゾモゾと動き出した。  ひい、虫か!  そう思って、私は星を放り投げた。  申し訳ないが虫は昔からどうしても苦手だ。  私が放り投げたそれは空中でくるくる回転し、地面に落ちる――――と思った直後。  ポンッ、  と音を立てて、マッチ棒みたいな手足を生やした。 「ナニヲナサイマス、オジョウサマ」 「ひい!」  何かしゃべった!  星のような何かは、カタコトでそう話すと、両手を腰(があるかどうか分からないが)に当てた。 「ハジメマシテ、ワタシ、コンペイトウセイカラキタ、ジョーズデス」 「ジョーズの要素まったくないけどかわいいね、お姉ちゃん!」 「かわいいかどうかは分からないけど、得体のしれないモノがしゃべっている事に疑問を持とうか妹よ」  しかし妹は楽しそうにジョーズ氏に近づくと、しゃがむ。  するとジョーズ氏は手で顔(らしき部分)を覆った。 「スカートノ、ナカミガミエルノデ……スコシハナレテイタダケルト……」  紳士だな、おい。  良く分からない物体ジョーズ氏への印象がちょっと良くなった。  まぁ、それはともかくとして。 「ええと、始めまして、ジョーズ……さん?」 「ヨビステデケッコウデス、オジョウサマ」 「何でお嬢様って呼ぶの」 「アナタハ、コンペイトウセイニ、エラバレタカタ」 「お姉ちゃんすごいよ! ファンタジーだよ!」  妹は興奮気味だが、私は怪しい商品を売るような営業マンにしか見えない。  見た目ファンシーだけど。 「選ばれても困るのでお引き取り下さい」 「シカシワタシハアナタニ、コンペイトウセイニ、コノホシノジョウキョウヲ、オシエテイタダカナクテハナリマセン」 「他の人を選んでください」 「アナタガワタシヲ、ソノテデツツミコンダジテンデ、ケイヤクガカワサレマシタ。テノヒラヲ、ミテクダサイ」 「手のひら?」  そう言われて私は自分の手のひらを見る。  するとそこには、淡い金色で星のマークが、まるでスタンプのように押されていた。 「何これ!」 「ノロイ」 「さらっと怖い事言われた……」 「キュウジュウニチノアイダ、ワタシトハナレルト、アナタハホシノウミノ、モクズニナリマス」 「具体的に怖いね!?」  空から降ってきた星を受け止めたら呪われた。  どういう事だ、こんな綺麗な夜なのに。  七夕の夜に出会うのは、もっとロマンティックな何かが良かった。 「お姉ちゃん、藻屑になるよ! 頑張ろうよ!」 「楽しそうだね妹よ」 「だって、こんな事、一生に一度あるかないかだよ!」 「ないと思う!」 「ホントウニ、ソウイイキレルノデスカ?」 「張本人が混ざってきた……」  思わず頭を抱えると、ジョーズ氏は目の前にちょこちょこやって来て、 「…………ワタシハ、シリタイノデス。コノホシガ、ホントウニ、ホロボスヒツヨウガアルノカドウカ」 「ジョーズさん……いや待って、不穏な言葉が聞こえた気がするんだけど」 「コトトシダイニヨッテハ、ホシガホロビマス」 「何で悪化してるの? 星の海の藻屑の対象が個人じゃなくて全体になっているんだけど?」 「サキニイッタラ、ヤバイトオモイマシテ」 「後でも先でもやばいものには変わりないよ……」  ジョーズ氏の言葉が本当かウソかは分からないけれど、これは断ってはまずい案件の気がする。  目まいをを感じながらも、私も妹と同じ様にしゃがみこんだ。 「……分かった。分かりました、やります」 「アリガトウゴザイマス! ヤッター!」 「やったー! 夏休みの自由研究にちょうど良いー!」  ジョーズ氏と妹がそれぞれ喜びながら、両手を挙げる。  世界の危機とか、自分の命の危機とか感じられない平和な光景に「まぁ、大丈夫か」などと、肩の力を抜いた直後。  ふと見上げた夜空で、先ほどまで強く輝いてた星の一つが、パッと消えた。 「ア、ホロンダ」  まるで猫で見つけたように言うジョーズ氏。  その言葉を聞いて青ざめた私は、本気でやらねばと決意したのだった。
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