溺れる嘘

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◆  次に目を覚ませば、部屋は外から射し込む日光によって明るく照らされいて、昨夜のことなど何もなかったかのような清々しい朝だった。  扉を一枚隔てた向こうから、料理をする音が聞こえてくる。  怠さの残る頭に腕を置き、塁は、はあ、と一息つく。  昨夜のは、夢だったのだろうか。いや、夢に違いない。だって、純血の家系の自分が、オメガであるはずがない。  キッチンの方にいるであろう周に自分が起きたことを知らせようと、塁が体を起こそうとした。 「いっ──!」  途端に下半身に走る激痛。痛みに息が止まり、起こそうとした体は再びベッドへと倒れ込む。 「塁?」  塁が放った短い悲鳴に気づいたのか、周が扉を開けて部屋の中を覗き込む。その顔が深刻そうな表情に変わり、慌てて塁の元へと駆け寄ってきた。 「大丈夫か?」 「い、た……」 「……すまん。本当に、すまなかった。理性が、飛んだ」  暗い周の声に、塁は昨日の出来事を鮮明に思い出す。 「周っ、俺、こ、こども、どうしようっ」  あれだけアルファの濃い精液を直接最奥へ注がれれば、間違いなく子を宿してしまっているはずだ。塁はまとまらない脳内にパニックを起こし、周へと縋りつく。周は驚いたように必死な表情の塁を見ながら何度か瞬きをして、やがて見開いていた目をすう、と細くして塁の身体を抱き締めた。 「塁、落ち着け。大丈夫だ。アフターピルも飲ませたし、中も全部掻き出した。だから、大丈夫だ」  大きな手が塁の背中を優しく撫でる。何度も大丈夫だという言葉をかけられて、塁はやっと気を静めて深い息を吐き出した。  そして新たに別の問題に気付く。アルファしか敷居を跨げないあの家に、オメガである塁が戻れる訳がない。オメガどころかベータすら許さない、純血の家なのだから。  かたかたと震え出した塁の体を抱き締める周の腕の力が、強くなる。 「……俺、アルファだったのに。アルファだったはず、なのに。オメガになったら、もうあの家に居られない……っ」  弱々しく放たれた言葉に、周は塁の耳元へ口を寄せ、ゆっくりと語りかけた。 「ここにいればいい。俺とお前はもう番だ。俺がお前を──塁を、守るから」  ぽろ、と塁の目から涙が零れた。じくり、と項につけられた番の痕が疼く。いつも傍にいてくれた親友の、誓いの言葉。声もなくただ頷くだけの塁を守るように、周はこれでもかと抱き締めてきた。  さらに近付いた為か、周の首筋から漂う、先程まで感じなかった仄かに鼻腔を刺激する甘い匂いに微かな違和感を抱きながら、塁は目をゆっくりと瞑り、周の腕へ体を預けた。 <完>
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