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第十一話
数百件の新着メッセージ通知を見ただけで、由莉はスマートフォンをテーブルに置いた。
由莉が仕事で使う名刺には、メールアドレスと電話番号が書いてある。それが一部に流出したらしく、知らない人物から罵倒するような電話や嫌がらせのメッセージが届きはじめていた。
自宅の電話もひっきりなしに鳴るので音を消し、自動応答だけで切れるように設定してある。インターホンの電源も切ってあるが、マンションのエントランス周辺にはマスコミ関係者がしつこく張り込んでいるようだ。
これからのことを、朝からずっと考えているが、はっきりした答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。ワイドショーが気になってテレビをつけても、事実ではないことをわけ知り顔でコメントするタレントに辟易してすぐ消してしまった。
その朝、ずいぶん早い時間にカオルから電話があった。
「スクープされたわよ」
まだ半分寝ぼけたような状態だったが、由莉は一瞬で目が覚めて身を起こした。
「……どっちなの?」
「覚悟を決めてるような言い方ね。あなたとショーンの不倫報道よ」
カオルの声は硬かった。
「そっか、やっぱりね」
高宮奏も沢彩音も、それぞれ大手の芸能事務所に所属している。どちらも人気のあるタレントを多く抱えているため、業界内では力が強く、不倫や浮気の証拠をつかまれたとしても、もみ消すのは難しいことではない。
特に今は、二人とも小説ドラマという大きな仕事に関わっていて、スキャンダルなど絶対あってはならない時期だ。たとえ動かぬ証拠を撮られてすっぱ抜かれたとしても、あらゆる手段を駆使して記事を差し止めにかかるはずである。
だから由莉はすぐ、スクープされたのだとしたら、彼らの不適切な関係ではなく、自分たちの方だろうと思った。ショーンと密室ではないところで抱き合いキスを交わしたのは事実で、あれを撮られたのならどうしようもない。
「今日発売の週刊誌に載るから、今のうちにホテルかどっかに移動した方がいいと思う。あたしが手配しようか?」
「いいえ、大丈夫。ありがとう」
「ショーンは九段下のクラシカルパレスに隠したわ」
窓から日本武道館が見えるこじんまりとしたホテルだ。たしか、事務所の社長の古い友人がオーナーなのだと聞いた覚えがある。何かと融通がきき、マスコミに特定されにくいらしい。
由莉も、奏との熱愛報道で騒がれた時は、しばらく身を隠すのに滞在したことがある。もう遠い昔のことのようだ。
「教えてもらっても、会いに行くわけにはいかないでしょ」
由莉はあっさりと軽く言い放った。
「カオルさん、何か私に言うことない?」
「……あるわよ」
「でしょうね。私も言いたいこと、いっぱいあるけど、後にしてくれる?」
「後?」
「夫と話し合うのが先だから」
電話の向こうで、カオルが息を飲んだ気配がする。
「どうするつもり?」
「たぶん離婚すると思う」
由莉はきっぱり言って電話を切った。
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