プロローグ

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プロローグ

 ふと目覚めた時、白っぽい光が視界の隅にうつった。  フットライトの仄かな灯りしか点いていないはずなのに、と思って横目で見ると夫がスマートフォンをいじっていた。 ――こんな夜中に何?   高宮由莉(たかみやゆり)は、そういうことを素直に聞けるほど無邪気な性格ではなかった。  薄目を開けて観察されているとも知らず、夫の(かなで)はしきりに画面をタップして文字を打ち込んでいるようだ。弛緩(しかん)した無表情からは何も読み取れず、ふだん見慣れた顔と全然違う。同じベッドに寝ていながら、遠く感じた。 ――今度はどんな女なの?  聞かなくても答えはわかる。 ――また私に似た女?  由莉は息を殺し、寝返りをうつふりをして夫に背を向けた。  俳優という派手な職業についている夫の浮気相手は、いつも由莉に似ている。若いころの由莉に。 ――どうして?  同じタイプの若い女ばかり選んで裏切る夫は、愛妻家という名の巧妙に作った仮面を、由莉の前でも外そうとしない。だが、そのことを責めたら「容姿しか取り柄がないくせに老けて魅力がなくなった」と言われそうで怖かった。  由莉の閉じた目から流れる涙に、夫は気付かない。やがて白い光は消え、寝息が聞こえはじめた。  もし泣きわめいて夫に迫り、どうしてと問い質せるような性格だったら、夫婦の関係は今とは違っていただろうか。臆病な自分は、黙っていることしか選べないでいる。そのことが情けなく、口惜(くや)しくもある。 ――大丈夫、大丈夫。  妻という立場の重みを考え、愛されていないわけではないと自分をなだめ、気持ちを落ち着かせ、彼女はそのまま目を開けることなく眠りに向かった。
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