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最後の5分
「待って! お願い……あと五分だけ……」
弱々しい声が静かな空間に響いた。私から、この言葉を言ったのは初めてだ。いつもは夏香が言う方だったのに。
「もう……仕方ないわね。これで最後よ」
あと五分が、渋々許された。夏香はいつもこんな気分だったのだろうか。
「……夏香……」
目の前には夏香が横たわっている。うるさいほど明るい夏香が嘘みたいに静かに、目を閉じて白い衣装に身を包んでいる。それが、どうしても受け入れられなかった。
「なんで……どうしてよ。また明日って、言ってたのに……」
この時間が終わったら、私はもう二度と夏香と会えない。頼むから、終わらないで。あと五分……なんて、そんな短い時間で永遠の別れを覚悟なんてできない。時間が止まってくれればいいのに。
胸の奥が痛い。目頭が熱くなって、温かいものが目から溢れてくる。雫が手の甲に落ちて、流れていった。
「あと、五分だけ……」
「ダメよ。……いつまでもそこに居たら夏香ちゃんも困るわよ」
もっと夏香とこれからを過ごしたかった。生きて馬鹿みたいに笑っていたかった。こんなことなら、五分と言わずにもっと話しておけばよかった。
あと五分。夏香の口癖がもう一度聞きたいとこんなに強く願うことなんて今までなかった。もう一度、言って欲しい。そしたら今度は絶対に私も返すのに。あと五分って。
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