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第9話
「ははは。あたしゃ昨日、ようやくドラマを観ましたよ……」
月曜日の朝。
俺の相方の顔と言ったら、一勝二敗一引き分けで同率二位、ただし得失点差において1点だけ上回ったから強豪ぞろいのサッカーワールドカップ1次リーグを突破しました、って時みたいな感じだった。
疲れ切ったドヤ顔を朝っぱらから見せられた俺は呆れた声を上げた。
「お前って、相変わらずドラマ観るのが苦手そうだな」
俺は木曜の放送と同時に観てしまうけれど、彼女は時間のある時に、なんて言って録画したままほったらかしにしてしまうから、なかなか観られないのだ。
「時間があるとき、なんて言い出すと、逆に時間をみつけられないんだろ。いっそつけっぱなしにして何かほかの用事でもやっとけばいいんじゃないのか?」
「いやそれが……実は今、先々週のアニソン特集の流れで、懐かしのアニメをいろいろ観てしまってて」
「なんだよ、そりゃ。じゃあ、お前の頭の中は、先週に引き続きアニメ大会真っただ中ってことか」
「まぁそんなとこです。そんなわけで、肝心の薬剤師ドラマは観たと言っても、最初の15分だけなんです」
「う……その状態で今からドラマについて語る気か?」
「でも今回は最初の15分だけでも語るところがありましたよ。何なんですか、あのプラセボの扱い」
彼女は強く握った拳をわなわなと震わせていた。
プラセボとは、偽薬のこと。
信頼できるお医者さんから処方されたら、小麦粉だって効き目が出るっていうアレ。
以前登場した、薬を飲みたくて仕方ないおばあちゃんみたいな人や、薬に心身とも依存してしまっている人、すでに常用量の上限まで服用しているのにさらに薬が欲しいと言い出す人には時折出される。実際、俺も調剤した経験は何度かある。
でもそんなときにこれがプラセボです、とは絶対に教えてあげない。
だってプラセボは患者さんが騙されてくれないと効き目が出ないから。
それなのに、薬袋にガッツリ「プラセボ」と印字するのはあり得ない。
「『これは全く効き目がないんですけど、口さみしいだろうから飲んでおいてください♡』なんて話の流れで、患者さんにプラセボ効果なんて出るわけ無いじゃないですか!」
「うん……俺もドン引きした。監修の人、何やってんだろうな。確かに薬剤師には患者に薬効を説明する義務があるけど、それは治療を手助けするためで、真実を片っ端から語ればいいってもんじゃない。だから、副作用の情報だって相手の状況をみて詳しく説明するか、さらっと流すかは加減するし、癌の告知を受けていない人には、抗がん剤であっても医師と相談の上、別の薬効をお伝えすることもあるくらいだ」
事実を受け止めきれない人もいるし、情報がありすぎてパニックになる人もいるという事。最終的により良い治療に結び付けばいいだけで、なんでもかんでも語るのはインフォームドコンセントとは別次元の話だ。
「ちなみにですけど、乳糖の錠剤なんてありませんよね」
「そりゃ、乳糖は本来賦形剤としてつかわれるものだからな。粉以外の形状はありえない。あんな錠剤どっから持ってきたんだよ」
ありえないと言ったけれど、正確に言えば乳糖の錠剤というのは世の中に存在するらしい。
でも、保険診療では使えない。薬価収載されてないから。
まぁ、薬効がないものに医療費を払えないのは当然のことで……ということはドラマの中で調剤されていたあの乳糖の錠剤はどういう扱いだったのか疑問に思う。
まさかあの乳糖は病院からの無料配布?
うーむ。以前、お薬カレンダーを無料でお渡ししていた時にも思ったけれど、太っ腹な病院だな。
うちの病院なんて、糖尿病患者が低血糖になった時のためのブドウ糖(一回分が約5円)代ですら、なんとか患者負担にできないものかと策を練ったくらいなのになぁ。
(注:昔はブドウ糖をメーカーさんがタダで配ってくれましたから、ブドウ糖にお金を払うイメージというのが医療従事者側に無いのです。ところが最近はいろいろ厳しくて、そう簡単には譲ってくれなくなりました)
「ところで乳糖の味って知ってます?」
「そりゃあ甘いんじゃないのか? 糖っていうくらいだし」
「ブー。甘くないんです。ドラマでは患者さんが『これって甘いだけ』みたいな言い方をしていましたけど、それは間違いです」
「ふうん、そうなんだ」
「そして苦くもないし、刺激も粘り気も臭いも無いし、口の中に入っても存在感が何も無い……そう。まるで無から作られた人造人間16号みたいなやつなんですよ」
「な、なるほどな。お前がどんなアニメを観ていたか、よーく分かったよ」
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