第3話

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「ところで、アダラートCRの半錠割りは薬剤師的にヤバかったですね」 「あれは常識で考えてやらないだろ。24時間かけて効くものが一瞬で流出なんて、考えただけでもぞっとする。低血圧でひっくり返るぞ。レナジェルの食後服用に疑義かけないってのも、ありえないし」  レナジェルは体内の余分なリンを外へ出すお薬。腎臓が悪い人にとってはかなり重要なお薬だ。  今回の患者さんが倒れた原因は腎性貧血という事みたいだったけど、実はレナジェルが効いていなくて体に溜まってしまったリンがカルシウムと結合、結果的に低カルシウム血症で筋肉が痙攣でもしたんじゃないかっていう気もするくらい。  あれだけ残薬がある患者なら、その日は薬を渡さず、翌朝問い合わせ結果が判明するなり新しい薬を入荷するなりしてから調剤するべきだった。『不足薬品をまた取りに来てもらうような暇がない人なんです』って偉そうに言ってたけど、そんなもんは用意してない薬局の責任だから郵送するなりしろ!  いくら夜間のワンオペだからって、常識的な薬剤師ならあそこまで手は抜かない。  だってあんなことをして万一のことがあった時に責任取らされるのはヤダ……じゃなくて、患者さんの体調が悪化したら申し訳ないから。 「夜間の院外調剤がいい加減っていうストーリー展開は、夜でも一生懸命働いているところからクレームが出そうです」 「だからこそ、舞台をわざわざ調剤併設型ドラッグストアにしたんだろうな」 「え?」  俺は手を腰に当てて、不敵な笑みを浮かべた。 「ふふふ。いいか、よく聞け。あのドラマのスポンサーは調剤薬局チェーンが3社も入っているんだ。さっきのバイエル薬品がスポンサーなんじゃないかってのは半分冗談だけど、調剤薬局がスポンサーっていうのだけは間違いない。あの舞台設定はな、調剤薬局を悪者にしたくないからわざわざドラッグストアでの出来事にしたんだよ」  こざかしいマネをするもんだぜ、ドラマの作者も。  俺はこの見事な自分の推理に酔っていたが、賛同の声は得られなかった。 「えーっと……スポンサーとか以前に、今回の話は原作漫画の時からドラッグストア設定なストーリーでしたけどね」 「え?」 「ドラッグストアなのは、奨学金を返すために給料の良いところで働いているっていうだけの理由じゃないですかね」 「あ……そっちの事情か」 「病院も安いですけど、調剤薬局は大手チェーンになると特に給料安いですもんねぇ。いっそMRの方が稼げるのに」  しみじみと言った彼女は「ちなみに姪っ子のメイちゃんは今回のドラマの感想を『あの小学校の先生、安月給なのに一生懸命働いて偉いね』って言ってました」と言葉を付け加えた。 「な、なんで小一がそんなこと知ってんだ?!」 「うちのメイちゃん、なりたい職業ランキングじゃなくて、各職業の生涯平均収入ランキング表を持ってるんですよ」  ちなみに薬剤師は初任給こそ高いけど、その後の伸びが悪くて、上位に食い込みませんでした、と彼女は言った。 「収入から将来の職業を考えるって……なんか世知辛い話だなぁ……」 「夢だけに生きて稼ぎが無いより、堅実に稼ぐ方がいいですよ。薬剤師なんてそんな感じでなった人ばっかりでしょう」 「いや、俺の場合はそういうつもりで薬剤師を選んだわけじゃないからさ……」 「え? 何ですか、突然のそのニヒルな目は? いかにも面倒臭……じゃなかった、重たそうな話の前振り感満載じゃないですか?!」 「俺もここまで来るには、いろいろあったんだよ。まぁそれは来週のドラマの時にでもな」 「えええ?! 何をそんなにたそがれてるんですかぁ?! 気になるから教えてくださいよぉ!」
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