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第4話
「それで、薬剤師になった理由って何なんですか?」
金曜日の朝、俺が薬剤部へ出勤した途端に、相方がすっ飛んできた。
「ドラマの後で話すって言ってましたよね?!」
「は……朝一番からそんな話をするなよ。まずは仕事しようぜ。俺たち薬剤師は患者のために働くものだろ」
「あー、そういうカッコつけはいらないです」
「い、いいじゃねぇか、少しくらい田中圭を気取っても!」
「はいはい。それでどういう事情があったんですか? まさか昨日のドラマの展開みたいに、医者の跡取り息子だったけど、どうしても受からなくて二浪した挙句、薬剤師に逃げたパターン?!」
あんまりせっつかれるものだから、俺は渋々口を開いた。
「いや……うちの家は薬局を経営しててさ。俺も長男だからって薬科大には一浪してなんとか入ったものの、この後、麻雀にドはまりしちゃって。おかげで二年生を三年やったのに進級できなくて放校処分になってさ」
「え……」
「その後、もう一回受験し直して大学に入って、何とか薬剤師免許を取ったってのに、その頃にはとっくの昔に薬剤師になってた弟が後を継いでて、俺は用済みだったっていう……」
「……」
「な? いろいろあっただろ?」
「じゃあ、もしかして、私より薬剤師歴は短いんですか?!」
「そうだぞ。でも年は俺の方が上だからな」
俺が堂々胸を張って先輩面するそばから「……今から敬語止めるわ、私」と彼女はぼやいた。
「うわ、ここからのタメ語はキツいからヤメロ!」
俺の懇願が胸に響いたわけでもないだろうが「まぁでも、ドラマん中の長身眼鏡君は医学部に入学もできなかったわけだから、あれよりは平和な人生歩んでますね」と彼女は感想をまとめた。
「あれは心の痛い話だったな」
跡取りにかけられるプレッシャーの大きさを知っている俺は、しみじみ頷く。
「実家が代々医者の家系なのに跡取り息子が薬剤師じゃ、そりゃあカッコつかないだろ。そういう人はせめて歯学部行くか、いっそ医療系と違う分野へ行くかしないと」
薬剤師だと医者の奴隷だから(いやマジで)、一族の恥さらしと言われても反論できない。
「実際のところ、私の周りにも医学部二浪してもう無理って薬学部来ている人はいましたけどね。でもそういう人って、医学部目指してたわりに成績悪いんですよね」
「そりゃあやる気も起きねぇよ。俺も二度目の受験勉強の時はどうしても勉強が嫌で、よく予備校の寮から逃げ出したなぁ」
「いや……麻雀やりすぎて退学になった人とは一緒にされたくないと思いますけど」
どれだけ頑張っても、あの難易度を攻略できる人なんて限られている。それはもう、努力すれば何でもできるっていう範疇を越えているんだから、本人を責めるのは可哀想だ。それでもドラマの中のように、何歳になっても「やっぱり医者を目指してみない?」と周囲から期待されてしまう。あの年齢からの受験勉強が高校生の頃以上にキツいのを分かってないんだろうか。
「でも医学部の入試は難しいわりに、入学後に受験勉強の知識を活かせるところが少ないから、あの試験って必要だったのかな、とは思います」
彼女は首を捻った。
「いっそのこと、入りたい人はみんな入れてあげたらいいのに」
「そんなことしたら世の中、医学部生だらけになるぞ」
「でもあの長身眼鏡君みたいに、入試で門前払いになる子は救われますよ。専門課程に入ってからの落第なら諦めもつくだろうけど、この先使いもしない数学なんかで落とされるのは可哀想だし」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」
「それに入学者が多ければ私立医大なんてのは初年度の学費1000万円強がガッポガッポと懐に入ってボロ儲け……」
「うわ。悪い目ぇしてやがる」
先週に引き続き、また金の話かよ。そろそろ、ドラマと違って現実の薬剤師は金勘定にうるさいってのがバレちまうな。
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