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第5話
個人経営なクリニックはともかく、入院患者を抱える病院は盆休みも何もない。
だから8月15日土曜日の朝も俺はいつも通りに出勤した。
すると少し遅れて調剤室に入ってきたうちの相棒が、黙って2段脚立を組み立て始め、朝っぱらから盛大にため息をつきながら調剤棚の前に突っ伏したのだ。
「お前なぁ、そういうあからさまなおサボりが許されると思ってんのか?」
「ぎゃあああ、痛い! 暴力反対! パワハラ上司!」
「全然上司だと思ってねぇくせに適当なこと並べるな。で、どうしたんだ?」
頭をぐりぐりロックされて悲鳴を上げていたはずの彼女は、俺が話を聞く気だと分かると嬉々として顔を上げた。
「実はお友達から木曜の夜にメールが来たんですよ。今週の放送分は感動モノだったよ、と。それで昨日私も観たんですけど」
「おう、なるほど。自分が観る前に教えてもらったわけだな」
コイツ、薬剤師が主役なドラマを楽しみにしている割に、テレビの前に一時間座ってドラマを観るのが苦手だから、録画したままでほっぽっていることが多々あるのだ。
「でもお勧めされたのに、私は感動できなくて……そんな心の汚い自分がつくづく嫌になりました」
「ふうん、どこらへんが感動できなかったんだ?」
「亡くなった時に泣ける薬剤師ってところですかね。私、入院している患者さんがお亡くなりになりました、って報告を聞いた時にはいつも、薬の在庫のことが頭を巡っているんです。あぁ、この人のために買った薬がまだ90錠も残ってるのに、どうしよう。あれは1錠200円だから、18000円分も残る計算……」
「そ、そういうことを大声で言うな!」
この調剤室には二人きりだったが、俺は慌てて彼女の口をふさいだ。
「バカ! そこまで素直な感想をコメントすると、薬剤師が金の亡者なだけじゃなく人でなし、って思われるだろ!」
「でも、現実に患者さんがお亡くなりになった時に薬剤師が泣くとしたらその一点ですよね」
俺の手を払いのけながら彼女が訴えた内容を、俺は否定しきれなかった。
確かに、こその患者さんの為だけに取り寄せていた薬の封を切った直後に訃報を聞いた時なんて、立ち上がれないくらいの衝撃を受ける。
そりゃそうなんだけどさあ!
「どうして病院から他の病院や薬局に薬を売れないんでしょう。薬局→薬局は売れるし、薬局→病院も平気なのに、病院→病院や病院→薬局がダメって、辛すぎます。これで廃棄ロスを出すなって言われても無理ですって」
「法律的な問題だからな。こればっかりはどうにも」
病院は調剤によらない医薬品の販売をすることができない。
だから薬局ならば使わなくなった薬を他へ売買してロスを減らせるのに、病院は一度封を切ってしまえばその薬と心中するほかない。
「ドクターにも相談して使ってもらえないか依頼はかけるけど、まさか必要のない薬を患者さんに飲ませるわけにもいかないからな」
「もっと医療用の薬の移動を自由にするべきですよね。国だって医療費を下げたいなら、使いきれないで捨てている医薬品のロスを有効活用しなきゃ。あの90錠を他の病院やらに売ることができるなら、私だって患者さんのために心から泣けるのに……」
「そうだな。お前の綺麗な涙を取り戻すためにもぜひ、開封後の薬の移動は認めて欲しいものだなぁ」
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