第5話

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 俺たちのくだらない話はまだ続く。 「患者さんが亡くなった後に家族が病室でぼおっとしている暇なんて無いのに、どうして医療ドラマはあれをやりたがるんでしょうね」 「そりゃだって、葬式にまで医療従事者が顔出すわけにはいかないから、思い出を語るなら、亡くなった後の病室でやるしかないからだろ。でも今はコロナのことがあるから、患者さんの家族には以前にも増して速攻で病室から出てもらってるな」  悲しむ暇も作れないなんて、申し訳ない限りだが仕方ない。 「あの胃ガンのおじいちゃんの場合は、下手に治験やって延命だけするんじゃなくて、最後の希望に寄り添えたので安心しました。幸せな人生だったって患者さん本人に言ってもらえるのが一番うれしいです」 「あれを言える人は少ないからなぁ。亡くなる寸前だと苦しいことだらけだし、意識がおかしくなってる人も多いし、あぁやっておだやかに最期の時を迎えられるのは宝くじに当たるくらいの奇跡なんだろうな」 「それを薬剤師がフォローしたっていうのが、ストーリー的に無理はありましたけど……大体、あの野球は何なのですか」 「落ち着け。所詮ドラマだ。あれくらいの演出は許してやれ」  俺は広い心で野球シーンを観ていたのだが、こいつは違ったみたいだ。 「でも、対戦相手がドラッグストアの成田凌君が連れてきたご近所の薬剤師チームでしたよ。入院患者さんのための試合なら、薬剤部VS病棟ナース・ドクターチームでやるべきでしょ。薬剤部が病院内の他の部署からハブられてるのを、あんなにアピールしなくてもいいのに」 「お前、そんなひねくれた見方をしてたのか?! 成田凌は単に中華料理屋の常連客として協力してくれただけだろ」 「違いますよ。薬剤部があんな無謀な依頼をできる相手は、院外処方箋を受けている町の薬局さんだけだからです。病院の中では薬剤師なんて他部署に名前も覚えてもらってない存在だから、野球の相談なんてできっこないです」 「う……」 「野球をやりたいなんて言い出したら『薬剤師さんって暇なのねぇ』って鼻で笑われるのがオチですよ」 「そ、そんなことは……」 「でも、この前私が病棟からの依頼で服薬指導に行ったら、お話が盛り上がってベッドサイドでついうっかり話し込んじゃって。それを見ていた看護師さんに後で言われましたもん。『薬剤師って暇なの?』って」 「それはキツい一言だな……」  それは心の折れる一言だが、ナースは雑談を吹っ掛けられる確率も高くて、それだけにその相手をしない人ほど優秀、という暗黙のルールがあるのだ。  その点、薬剤師は滅多に病室へ顔を出さないから、たまに行った時くらいは話をしなきゃという妙な気持ちもあり……うん、無駄と言われればそこまでなんだけどさ。  でも、コロナのせいで今は家族にも滅多に会えないんだから、少しくらい話をしてもいいんじゃないかねぇ。
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