第5話

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「あのドラマでは実在の薬を偽造したり、商品名を一般名に置き換えたりして、本物をあえて使わないようにしているのかと最初は思ってましたが、時々ガッツリ本物を商品名のまま撮影したり……そのあたり、製作者の意図がイマイチ分からないんですが、とりあえず、今回のエンシュア・Hは思いっきり本物で並べてましたね。しかもフレーバー違いで7つ全部!」  うん。俺もあのラインナップには感動した。  あの状況って、実はものすごいことなのだ。  何せ、液状の栄養補助剤であるエンシュアシリーズの期限は錠剤なんかより大分短くて、入荷した時点で10ヶ月くらいしかないのだ。そんなものを7種類も揃えると、簡単に期限切れを連発してしまう。  え? そんなの、一番期限の短い奴から出していけば余らないじゃん?、と思われるんだろうが、患者さんだって味の好みがあるから『私は黒糖味はヤダ』とか『俺は抹茶以外飲まないからな!』とかみんな勝手を言うのだ、マジで。  そんなわけで人気フレーバーのばかりなくなるから、うちの病院はいっそのことエンシュアリキッド・コーヒー味のみ採用!  万一、他の味も試してみたいんだけど、なんて言われたら『じゃあ試してみて口に合わなかった場合、残りの23本はどうしてくれるんですか? 他の人に服用してもらう予定はあるんですか。使用期限めっちゃ短いですけど本当に大丈夫なんですね?!』って俺たちが全力で脅して阻止している。 「お味見セットとか、メーカーの方でも無料で配ってくれたらいいんですけどねぇ」 「いいなぁ、それ。俺もHは飲んだこと無いから味見したい」  エンシュアリキッドのコーヒー味は期限切れになったのを一度飲んでみたことがあるけど、エンシュア・Hは経験がない。濃さがエンシュアリキッドの1.5倍。エンシュアリキッドでも大分な甘ったるさなのにあれがもっと濃いってどんなだろう?  俺がエンシュアの味を呑気に想像している隣で、彼女は感慨深げな吐息を漏らしていた。 「あぁでも、エンシュアを見るたび、私は東日本大震災を思い出します」 「ん?」 「あの時はエンシュアの流通が止まっちゃって大変でしたから」  ちょうど調剤薬局と病院の両方で実習やってた頃だったんですよ、と彼女は9年前のことを語り出した。 「地震で製造工場も卸さんの倉庫もぐちゃぐちゃになって……缶が凹んでるから出荷できませんとかも言われましたけど、当時はそれでもいいから分けて頂戴ってくらいに現場は切迫してました」 「そうか。災害があると大変だな。ものによっては命に関わるものもあるしな。俺はあの地震の頃っていうと、再受験のために入ってた予備校の寮を出て大学の寮に引っ越してたはずだけど」  俺が首をひねりながら記憶をたどると「……あー、なるほどねぇ」と白々とした目を向けられた。 「な、なんだよ」 「軽いジェネレーションギャップを感じてただけですよ。そっかぁ、あの地震を知らない世代なのかぁ」 「う……そんな言い方すんなよ。地味に傷つく」 「大丈夫ですよ。この病院での勤務年数は私の方が短いんですから、これからもちゃんと先輩として敬ってあげます。だからこのエンシュアリキッド、4階まで運んどいてくださいね」 「あっさり言うなよ。3箱もあるじゃねぇか」  250ml×24本でどう少なく見積もっても、1箱で6kg以上はある。 「先輩なら持てますよ。きゃあ、ステキ! 頑張れ先輩! カッコいい!!」 「……あぁ、なんか納得いかねー」  ぶつくさ言いつつ、結局俺はこの後、エンシュアリキッドの箱を3つ重ねて階段を上がる羽目になったのだった。
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