第6話

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第6話

 月曜日の朝一番、俺は相方の顔を見た途端に尋ねた。 「おい。今週分のドラマ、もう観たか?」 「はいはい、見ましたよ。毎日、早く観ろってせっつかれるからしゃあなしに」  不貞腐れたような顔をしているのは、俺に強制されたのが気にくわなかったからだろう。でも、今回のはとにかく早く観て欲しかったのだ。 「だって、ツッコミどころ満載だったから早く喋りたくてさ。なのにお前は相変わらず放送日にすぐ観ないから、俺はもう、どれだけうずうずしていたか」 「まぁ確かにツッコミどころ多かったですね」  しみじみ頷きながら、彼女は愛用の椅子である2段脚立を持って来て座った。つまり、この話題は座らないとできないくらい長い話になるってことだ。  俺は朝一で片づけなきゃいけない仕事を手早く仕上げると、自分のデスクの椅子を引っ張ってきた。 「今回のさとみちゃんは暴走しすぎ。医者がユナシン(これは先発品1種類しかないからユナシン以外で呼ぶはずが無いのに、何故だか作品中では一般名のスルタミシリンと呼んでいた)を処方していることに対して『どうして必要も無いのに処方したのか』って詰め寄ってたけど、あれはヤバい。なんでユナシンが必要ないって薬剤師が決められるわけ?」 「ありえないですね。患者がひっくり返っているっていう切迫した状況で、医師に薬を聞きに行くためにわざわざ病院を訪問しちゃうのと同じくらいヤバい話です」  そこは電話すりゃ済むとこじゃん!それが一番速くて正確だよ!、ってテレビ観ながら俺も叫んでた。  そりゃまぁ、どうしても診察時間外で電話に出てもらえなかったとか、そういう事態ならしょうがないかもしれないけど、あれは普通に診察時間内みたいだったし。 「医者に向かって、この薬必要ありましたか?っていう質問は無礼すぎるからなぁ。必要だから向こうは書いている。例えクロストリジウム・ディフィシル腸炎が副作用として発生していても、それはユナシンの処方自体を疑問視する理由にはならない」  薬が必要かどうかは医師の判断だ。  結果的に副作用が出ても、治療のために必要であればそれはやむを得ないことになる。  だからこそ、たとえ抗生剤の連用を不安に感じても、薬剤師が口を挟むのは難しいのが現状だ。 「抗生剤の使い過ぎを止めさせたい、っていうさとみちゃんの熱意は分かるけど、さすがに今回のストーリーは無理があるよな。じゃあ、この病状に治療をせず放っておけって言うのか、って話になってくるんだ。医者だって過剰投与は分かってる。それでも薬を出さなくて症状を悪化させた場合、非難されるのは医者だから止められないだけなんだ」  俺が熱弁をふるうのを聞いていた彼女は、ところで、とおずおずと手を上げた。 「クロストリジウム・ディフィシル腸炎って名前、すぐに理解できました?」 「う、うん?」 「大学では抗生剤の使い過ぎで生じる腸炎のことを、偽膜性大腸炎っていう名前で習ったんですよね。それか菌交代症とか。だから長ったらしいカタカナで言われると分かりにくくって。小池都知事の会見でもいつも思うんですけど、ここは日本なんだから、なるべく漢字で話をしてもらえないものですかねぇ」 「おま……薬剤師がカタカナ語弱くてどうするんだよ」 「だって、漢字なら意味まで想像つくけど、カタカナはヒントが無いから覚えきれないんだもん……」
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