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「他って何だ?」
「酸化マグネシウムの長期投与を止められなかった責任を感じちゃった、って話を忘れてますよ」
あぁそうだった。あんなことをドラマで言われてしまって、俺たちは明日からどうやって仕事をすりゃいいんだと思った奴だ。
「『酸化マグネシウム250mgを3錠分3で90日分』なんてのはどこにでも転がってる処方内容なのに、高齢者の腎機能低下による高マグネシウム血症を疑えって……そりゃ無理ですよ。酸化マグネシウムは安価で腸への刺激の少ない下剤としてたくさんの人から愛用されていますし、90日分で出され続けても実際にはお通じの具合に合わせて加減する場合が多いから、ハッキリ言って危険感ゼロで調剤してます」
大体、調剤薬局の薬剤師は患者さんの腎臓がどこまで悪いかも知らないから、気にすることもできないのに、と彼女は口を尖らせた。
そこで俺はいいことを教えてやったのだ。
「そんな言い訳をする薬剤師のために、福井の大学病院かどっかが血液検査のデータも処方箋に載せることにしてるらしいぞ」
「え……」
「検査値を見せられると、腎機能がどんなだか知りません、って言えなくなるんだな」
「うぎゃあああ。無理です。検査値を1つずつ確認してたら監査の時間が通常の3倍かかります。調剤薬局なんて特に時間との勝負なのに……そこはお医者さん、頑張ってぇ」
ガクガク震えながら全国の医師に向かって哀願していた彼女は、話のついでに、ちょうど空っぽになっていた薬棚へ酸化マグネシウム錠を補充しながら言った。
「そういえば、酸化マグネシウムで調剤薬局を辞めた彼女は、副店長まで務めてました、っていう経歴を言ってましたけど、副店長なんて役職、聞いたことないですね。大きい店だとあるのかな?」
「ただのナンバー2ってことじゃねぇの? 変な役職増やすと会社側も払わなきゃいけない手当てが増えるから、普通は任命しないだろうな」
「あの彼女も店のナンバー2くらいで偉そうな顔しなくてもねぇ。私ですら管薬やってたのに」
「え」
俺は目を丸くした。
管薬とは管理薬剤師のこと。薬務法規に関わること全般の責任者だ。
調剤以外の業務が多いドラッグストアだと、非薬剤師の店長が別にいることもあるが、調剤薬局では店長と管理薬剤師は兼任する場合が多い。
だから管薬をやっていたということは、店一つ任されていた、ということになる。
「お前って病院の前に調剤薬局で働いてたとは聞いてたけど、管薬までやってたのか?!」
「それくらい普通ですよ。大手チェーンだと、マネージャーがフォローするから、小さな店の管薬は3年目、4年目でもやらせちゃいます。つまり私みたいに20代で管薬なんて、ザラにいるってことです」
「う……そっか。一緒に働くパートのおばちゃん薬剤師に経験があれば、若い子でも平気なんだ」
でもそれって怖くないか?
「ま、ここの病院だって、年齢だけ食ってる誰かさんが責任者やってるくらいですからね」
「ははは。それでもなんとかなるところが、薬剤師業界の怖いところだな」
薬剤師の基本業務は医者の指示通りに薬をきっちり届けることだから、それだけならこんな経験の浅い奴でも成立するわけだ。
うーん。ドラマで活躍するさとみちゃんより薬剤師としてのレベルが低い俺たちは、ミスの少ない調剤で穴埋めするしかないなぁ―――。
「あらやだ!! 酸化マグネシウム《カマ》250mgの棚に330mgを詰めちゃった!!」
……うん、これからもしっかり頑張ろう。
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