第7話

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「でも、もう一つのテオフィリン中毒の方はオープニングの段階でピンときましたよ!」  名誉挽回、とばかりに彼女ははしゃいだ声を上げた。 「というか、普段ヘビースモーカーな人が入院を機に禁煙させられてテオフィリン中毒になるのは、かなり有名な話ですから」 「そうだな。大学でもそこは習った気がする」 「だけど、テオフィリンだったら、すぐにTDMをやったら良かったのに」  TDMとは薬物血中濃度モニタリングのこと。これを英語で言ったときの頭文字がTDM(どんな英語なのかは聞かないでくれ。覚えてないんだ)  薬の効き目は血中濃度で大体決まるものだが、有効域が狭すぎて副作用が出てしまう危険域に入りがちな薬剤や、個人差が大きくて常用量を服用しただけでは有効域に達しているか判断がつかない薬剤は、薬の血中濃度を測定して効き目をきっちり確認することになっている。 「あれは主治医が整形外科の先生だから、テオフィリンでTDMをやるって発想がなかったんですかね」 「いや。先生に無くても、最近はレセコンが指摘してくれるらしいぞ」 「え?」 「だから、薬をパソコンに入力すると『これはTDMの加算が取れる薬剤ですけど、TDMやらないんですか?』って聞いてくれるらしい」 「すごっ!」 「併用禁忌のチェックとかもパソコンがやってくれる時代だもんな」 「でも、そうなると薬剤師の存在意義が……」 「うん。それは俺も思う。ドラマの中で薬剤部長も言ってたけど、調剤業務の機械化も進んでるし」 「確かに。私も調剤薬局では水剤を調整してくれるシロップ君と、軟膏の混合をしてくれるネリネリマシーンを使ってましたから」 「そりゃ、すげぇ商品名のロボットだな」 「私がそういうあだ名をつけていただけです。本当はもっとまともな名前がありますよ」  そう言った彼女はこの後、はぁ、と深いため息を漏らした。 「そうですよねぇ。将来必要が無くなる職業として、薬剤師って真っ先に名前を挙げられちゃってるくらいですもんねぇ。存在意義ってめちゃくちゃ薄いです」 「そだな……」  その通りだ。将来不要な職業と呼ばれるのは寂しいものだが、自分でやっていてもこの仕事の専門性が、いまだによく分からない。  ドラマに出てくるくらいのデキる薬剤師はともかく、その他大勢がやってる一般的な薬剤師業務なんて、小学生にでもできるようなことばかりだ。  これで給料もらってていいんだろうか? 「ま、うちの病院は電子カルテだってまだ導入されてないくらい機械化が遅れてるから、少なくとも俺たちが働いている間は仕事を干されることも無いだろ」 「だといいんですけど」 「じゃあ、専門性を高めるため、成田凌みたいに救急認定薬剤師の資格でも取るか?」 「む、無理です! そんな気力ありません!」  そこは即断しなくてもいいのに。  まぁでも、そうやって勉強するのを嫌がってきたツケが、薬剤師業界にじわじわ影響を及ぼしてきているんだろうな。  それは分かってる。でも俺なんてトータル10年も大学生をやってきた身。これ以上勉強するのは嫌だからなぁ。
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