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第8話
9月最初の月曜日、俺が調剤室へ顔を出すと、今日の相方は鼻歌を口ずさんでご機嫌だった。
それも新世紀エヴァンゲリオンのオープニングソング。
「昨日の夜、人気アニメソングのランキング特集やってたんで、そこからずっと盛り上がってるんです♪」
「そんなことより、ちゃんとドラマ観たのか?」
別に薬剤師ドラマを観るのは義務じゃないけどな。でも俺たちは病院薬剤師なんだ。だからこそあのドラマから逃げちゃダメだ……って、俺までちょっとエヴァっぽくなってるし。
「観ましたよ。そっちは昼間のうちにちゃんと」
彼女は楽しんでいた鼻歌を中断すると、いつものようにドラマで気になった点を語り始めた。
「人ってあんなにコロコロ倒れるもんですかねぇ」
「お前はしょっぱなからそんなラストシーンを話すのか!」
「いや、前から思ってたんですよ。あのドラマって、いきなり倒れる人が多すぎませんか?! 腎性貧血で目眩がして倒れるとかは分かりやすいですけど、その他にも毎度毎度、いきなり倒れる人が出るのは変ですって。病気発覚のきっかけが倒れることからばかりでワンパターン過ぎ!」
「そこは……うーん、薬剤師ドラマの限界だろうな。急変を知らせるのがナースコール、ってパターンだと薬剤師は割り込めないから、倒れてもらうほかに手が無いんだろ」
「そうなんですかねぇ。じゃあ今回の田中圭君のいきなり吐血も他にやりようがなかったってことですか? あそこまで吐血するなら、その手前でもうちょっとリアクションがあってもいいかな、って私は思ったんですけど」
「俺、癌になったこと無いから、あれが正しいのかは分かんねぇけどな。だけど、俺が逆流性食道炎で吐血した時は、確かにその前に胃の中ひっくり返るみたいな違和感があったのを覚えてる」
「え、逆流性食道炎で吐血までしたんですか?!」
まだ若いのに?!、と彼女が言葉を付け加えたことに気を良くした俺は、吐血した時の状況まで詳しく説明してやった。
「あぁ。たらふく唐揚げ食ってビール飲んで、その後体育座りしたまま麻雀やったら、牌に手を伸ばした瞬間、膝がしらがみぞおちに食い込んでおえってなってさ」
「え……何、そのしょぼい理由」
急に風船がしぼむようにがっくりと肩を落とすから「な、なんだよ。そんなに蔑んだ目をするなよ。吐血だぞ。苦しかったんだぞ。まだ20代の時だぞ。もう少し同情してくれてもいいだろ?!」と、俺は思わず縋り付いてしまった。
「だって、それってみぞおちの圧迫で物理的に胃と食道の間にある噴門がこじ開けられてしまって、そのせいで食道が胃酸で荒れてしまっただけの話ですよね? しかも油っぽいものとビールっていう胃に負担をかける食べ物ばっかり食べて……これのどこに同情の余地が?」
「理由はどうであれ、苦しかった事に違いはない」
「あーかわいそーつらかったですねー」
「ちったぁ心をこめろ!」
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