第10話&最終回

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 さて、最後くらいちゃんと薬の話をしようか(放っておくと、俺たちはすぐアニメの話になっちゃうからな) 「デパケンを服用する妊婦の話は、薬の説明不足を感じたな。催奇形性の副作用に触れなかっただろ」  抗てんかん薬は胎児に異常が出る可能性がある薬だ。  製薬メーカーさんが訴訟沙汰を恐れて、根拠も無いのになんとなく書き加えている『妊婦や授乳婦の服用は控えてください』という注意書きとは次元が違う。本当に胎児への影響の報告が上がっている。  だからあの妊婦さんが服用しているのがデパケンと知った時には、彼女が催奇形性の副作用を案じて服薬拒否しているのかと思ったくらいだ。  でも実際には『私も普通の妊婦になりたい』とかいう中途半端な訴えで誤魔化されていた。そこら辺、俺としては少々消化不良な気分なのだ。 「抗てんかん薬の服用はまさに有効性がリスクを上回る事例。服用しないでてんかんを誘発してしまう方が胎児にとって危険だって報告もあるからな。そういうとこをきっちり説明して服用につなげることこそ、薬剤師の任務ってもんだろう。ドラマのシナリオライターさんも普通の~とか言ってないで、真正面からその課題にぶつかれば良かったのに」 「そりゃそうかもしれませんけど、催奇形性に触れなかったのは、世の人たちに抗てんかん薬が恐ろしいものだと思い込ませたくなかったからじゃないですか?」  彼女は首を大きく傾け、持論を語った。 「てんかんの薬を飲んでいても副作用の生じる可能性はごく僅かです。でも下手に催奇形性を知ってしまうと、その僅かな副作用を口実に結婚や妊娠を拒否する、拒否させる人も出てくるかもしれません。そういうところの責任をドラマ製作者側は取れないんだと思いますよ」 「うん……まぁ、そりゃそうだよな」 「いろんな人が観ているドラマだからこそ、伝えるべきじゃないこともあるってことなんでしょうね」  そこがドラマの限界であり、良さなのかもしれない。  いろんな立場の人が観ていることへの配慮も必要なのだと思う。 「なるほどなぁ。じゃあ、もう一つ薬の話。最終回で出てきた喘息治療薬のテルブタリンはどうよ。あれこそ、あっぱれさとみちゃん!、って感じだったな」  これが最後だから、ということもあり俺が手放しで褒めると、相方も大きく頷いてくれた。 「あんな適応外での使い方は私も知りませんでしたよ。あぁやって代替薬の提案を瞬時にできる薬剤師ってのは、カッコいいですね」 「医者の方も理解早かったよな。あれ、そんなに有名な話なのか?」 「どうなんでしょ。私たち、産婦人科の専門じゃないから分からないですね」 「まぁ、産婦人科に限らず特に専門が無いってのが俺たちだけどな」  俺たちは無駄に胸を張って笑い合った。  ホント、お気楽薬剤師ですみません。 「あぁでも、私はリトドリンならほんのちょっと関りありますよ。リトドリンって先発名が『ウテメリン』ですけど、ちょうど私が調剤薬局にいた頃、メテナリンとウテメリンの取り違え事故が話題に上がって」  メテナリンはウテメリンと全く反対の働きをする。  ウテメリンが子宮を弛緩させて妊娠を継続させる薬であるのに対し、メテナリンは子宮を収縮させて出産させる方に働く。 「妊娠初期の患者にウテメリンの代わりにメテナリンを渡しかけたとか何とかって話で、もちろん流産しますから絶対やっちゃいけない調剤過誤です。でもメテナリンもウテメリンも婦人科系の薬という事で、薬効別の薬棚だと同じ辺りに置いてあるし、名前もよく似ているし、危険な割に間違えやすいんですよね。それで取り違え事故防止を考えようっていう社内コンクールがあって、その時の私ったら金賞貰ったんですよ」 「へぇ。やるなぁ」 「間違えないために私の作ったキャッチコピーが『妊婦にはやめてなりん♡』」 「え……それ、ガチの話か?」 「ガチですけど、何か?」  平然と返答されたから、それ以上は俺も何も言えなかった。  なんつうか……まぁ、それで取り違え事故が無くなるなら、いいのかな?
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