第三話

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 「探偵クラブなんて無いわよ。私達は自主的に探偵活動をしているだけ」  大学で事件を解決してから、興味本位でやりたいという人は多かった。  ある日、どうしてもやりたいという熱意ある人に根負けして一日だけ見張りを手伝って貰ったが、その日の内に辞めていった。 「やらせて欲しい。無理だと思ったら、そっちが断っていいから」 「名前は?」 「野上 大介」 「なんだか目立つ容姿だから、今まで見かけなかったのが不思議ね」  こんなに端整なルックスなら、一度は女子の噂話にのぼってもおかしくない──いや。噂にならない方が、おかしいのだ。噂話に詳しいミキだって知らなかった位なんだから。 「俺、編入生だから。実は知り合いがほとんどいないんだ。よろしく頼む」  彼は、そう言って手を差し出してきた──握手? この流れで? そう思いながらも、手を差し出した。握手をすると、手に力を入れられ、引き寄せられる。 「この事件、キツネに(そそのか)されたんだよ」  耳元で囁かれて恥ずかしかった私は、思わず叫んでいた。 「ちょっと、耳元で話しかけないでよ!」  真っ赤になった私を、ミキは何を勘違いしたのか、生温かい目でこちらを見ていた。 「そうだ!! 私、先生から書類仕事を頼まれていたんだった────」  そう言うと、ミキはわざとらしい態度で部屋を出ていった。いらない気を使ったのだろう。 「はぁ」 「キツネがー」 「あー、はい、はい。分かった。キツネね。キツネがいたのね」 「違う。何も分かっていないんだな」 「何が?」  話の途中で研究室のドアをノックする音が聞こえた。 「あれ? 桜川と──田川は、いないんだな。桜川の知り合いか?」  見れば、ミステリー研究会の部長、上川健(かみかわたける)先輩が屋上から戻って来ていた。 「うそ!! もうそんな時間ですか?」  部屋にある時計の針は、午後八時を指していた。 「すみません。今、部屋を空けます。彼は、私達とサークル活動をする事になった野上大介君です」  こちらを見た上川先輩は、意外そうな顔をして彼を見ていた。 「そうなんだ。よろしくね野上君。良ければ今度、屋上へも見学に来るといいよ」 「ありがとうございます」  上川先輩は、奥にあるキャビネットへと歩いていき、ノートをしまいながら棚を整頓していた。 「桜川さん、今日はすでに解散したんだ。みんな『疲れた』って言ってね。ここへは、日誌を返しに寄っただけだから、まだ使ってて大丈夫。邪魔して悪かったね」 「ありがとうございます。でも、私達もそろそろ失礼します」  私が筆記用具をしまっているうちに、先輩は颯爽と部屋から出ていった。相変わらず、無駄の無い動きをする先輩だな。などと思っていると、野上君が急に叫んだ。 「桜川、来るぞ!!」  そう言った瞬間、廊下側にあるドアと壁が揺れ始めた。 「なっ、何?」  地震かと思って床に伏せてみれば、床は揺れていなかった。野上君といえば、ドアをジッと見つめていたかと思えば、ポケットから長方形の細長い用紙を取り出して、空中に五芒星(ごぼうせい)を描いていた。 「?!」  その用紙はドアのある方向へ投げつけられた。ドアにぶつかった途端、粉々になって床に落ちた。それと同時に壁の揺れも収まり、ホッとしていると、ドアが再び揺れ動いた。驚いた私は思わず身を屈めてしまったが、揺れたドアが開くと、そこにはミキが立っていた。 「ちょっとぉ、廊下を歩いてたら本当に先生に書類の整理を頼まれたんだけど~あれ妙子? 床にへばりついてどうしたの?」  ミキが帰ってきて安心した私は、床にへたりこんだ。あきらかに青ざめていた私を、心配そうに覗き込んだミキは、その場にいた野上君を睨んでいた。 「お、俺は別に・・・・・・」 「ミキ、違うの。ちょっと目眩(めまい)がしちゃって」 「えー貧血? 大丈夫?」  帰る途中、野上君と目が合ったが、口に人差し指を当てていた。どうやら、さっきの件は秘密らしい。秘密も何も、ミキに話したって信じてもらえないと思うんだけど。
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