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 しゃがんだまま、どーもと手を伸ばして受け取ると、彼はそれを頬に当てた。 「あー気持ちいー」  冷やすためだったのかと腑に落ちる。  少し離れて隣に座った。別にスカートが汚れてもいい。  何も言ってこない。  いてもいい、と勝手に判断する。  首をほんの少し傾け、きらきらした緑の缶を頬に当てながら、彼はずっと目を閉じていた。  眠る時もこんな顔をするのだろうか。  外界の蓋を閉じ、痛みに潜水するように。  その横顔を見つめていたら、私は雷に打たれたかのようにハッとした。  あの子だ、と思った。  いきなり、いなかった。  始業式の自己紹介。修学旅行の班決め。席替えで浮つく列。  教室に発生する大小の塊に、その空白は鎮座していた。  先生の、○○くんはお休みです。から、今日もいないのね。になるまでの、声のトーンの下降、消滅。  部活帰り、夕闇の公園にたまる不良の群れ。  ほらアレ、と肘で小突かれて見た先に、小さな背中が在った。  アイツやばいらしいぜ。別の誰かがこそっと付け足す。  けど具体的に何がやばいのか誰も言わない。誰も知らないから。  そういう全てが束ねられ、目の前で像を結んでいた。  何一つ確証が無いのに、そうだと思った。  思い出せないのは、名前だけ。
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