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「もう行く」  ふらりと私は立ち上がった。  打ち棄てようと思った。川がいい。  目蓋に焼き付いた、光るナイキのマークに乗って。  踏み出したその時、突然膝に冷たいものが当たった。  ひゃっと叫んで、スカートの裾を払う。  蛙か何かだと思ったけど、違った。  マウンテンデューの缶が、押し当てられていた。 「返すよ」  無表情で彼は言う。  私は脱力し、ため息をついた。 「要らない。私炭酸飲めない」  ゆっくりと首を振って、違う、と彼は笑う。 「お前も、ボコられてんのな」  赤目の充血が、私の視界にまで染み入った。  息ができない。  見抜かれていた。  隠していたのに。裸を見られるより屈辱的だ。  誰にも知られたくなかった。  世界中の、誰にも。 「ごめん。オレ、暴力にはビンカンだから」  瞬間、痛みが舞い戻った。  殴られた頬。引き摺り回された頭。赤黒く腫れた膝。  痛みの地層。身体の全部。  痛くないわけがないんだ。  たいしたことのない傷なんて一つも無い。  打ちのめされたのは、身体だけじゃない。  ヒリつく頬に、熱いものが流れ落ちた。  全然大丈夫じゃないのに。  次から次へと。  こんなにもつかえが取れるのはなぜ。  くずおれ、そのまま嗚咽した。
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