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行き先は決めていない。
逃げるということが重要だった。
身体がある以上は居場所が必要で、幽霊のように浮遊することもできないのだから、私はどこかへ行かなくてはいけなかった。
家以外の場所へ。
橋を渡り終えたところで、来た道を振り返る。
川向こうの一帯に、ビルの明かりが煌々と輝いていた。
光の海というよりは、無造作に重なったブロックのように見える。
私の家も、あそこに埋もれている。
頭が痛かった。
ずっと、ただ重いのだと思っていた。
けど、重さの芯には確かに痛みがあった。しくしくと収縮、膨張を繰り返す。
一度認識すると頭皮まで脈打っているように感じられ、痛みの範囲は更に広がった。
耳鳴りもしている。
断続的に通過する車の音より、脳にこだますわめき声の方が強かった。
記憶が蘇る時、私は音を二重に聞いている。
母と私の声が混ざり合う。
最初は冷静なのだ。
いかに理性的に振る舞えるか、互いを試しているとすら言える。
けど、その両方向からの無理が、緊張の糸を張り詰めさせる。
どうして、という言葉を母はよく使う。
どうしてこんなところで間違えたのか。どうして何度も確認しなかったのか。
私は母を刺激しないよう言葉を選び、それでいて隙が無いよう説明する。
でも、どんなに妥当な回答を提示しても、母は決して納得しない。
むしろ加速度的に苛立ちを募らせていく。
そして、よりによって。
この言葉が出たら、来る。ぐっと歯を食いしばる。
よりによって、最後の詰めで。よりによって、こんな大事なテストで。
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