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出て行け。今すぐに。お前のせいで私の人生は台無しだ。こうなると分かってたら、お前なんか産まなかった。
……いつもの言葉だった。
今更傷付きもしない。母のお得意の決め台詞。
なのに、なぜか今日はぷつりと糸が切れた。
本当に体内で音がした。
私はふらりと玄関へ向かった。
爛々と光る怒りの原石みたいな母の目に、一筋の動揺が走るのが見えた。
何も持って行くな、という怒鳴り声を背中で無視し、ショルダーバッグだけ掴んで私は家を出た。
家を出たのは初めてだった。
いつもなら土下座し、泣きながら念仏のように謝罪を繰り返している。
それでもなお蹴り倒され、日付を超えた頃帰ってきた父に「もう遅いんだからいい加減にしろ」と吐き捨てられて、ようやく暴力は打ち切られる。
耐えればいいだけの話だった。
別に殺されるわけじゃない。母に私は殺せない。
欄干に手をつく。
川の黒い流れに向かって、自嘲気味に微笑んでみせた。
誰もいないのに。
多分私は私に、大丈夫、と言いたいんだと思う。
父を待つことに耐えられなかったのかもしれない。
私を守ってくれない、ただ鬱陶しい争いをひたすら嫌う父を、待つということ。
あの、疎ましさで満たされた冷たい眼差し。
橋の向こうに目線を上げる。
猥雑に積み重なったコンクリートが放つ光の輪。
薄めてようやく闇と溶け合う外輪上に、星が見えた。
一つ焦点が合うと、もう一つ、また一つ星は増えていく。
細く長く息を吐いた。
寒くもないのに震えている。
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