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 足音が止まる。  振り向くと、道のど真ん中でぜえぜえと息をしながら、真っ直ぐに彼は私を見ていた。  ……やっぱり、知らない人。  夜道でもはっきり分かるほどぎらりと鋭い目付きをしていた。  Tシャツの肩で口元を拭う。その間もずっと私を見ている。  そして何かを封じ込めるように一層眼光を鋭くしたと思うと、急に片足を上げ、履いていた靴を脱ぎ始めた。  ギョッとして固まる私をよそに、両方脱いで裸足になるとくるりと背を向け、片方を遠くへぶん投げた。  あまりに豪快なフォーム。  ナイキのしゅっとしたマークがほんの一瞬空中で止まって見えた。  静止画のように焼き付いたそれは回転の残像を描き、バタリと本でも閉じるような音を立てて車道に着地した。  そうしてまた走り出した。  来た方とも靴を投げた方とも別の路地へ。ためらうことなく裸足で。  闇へ消えていく。  さっきまでが嘘のように足音はしなかった。  あまりにも静かに走り去ったから、錯覚か、幽霊を見た気さえした。  私は再びスニーカーへと視線を戻した。  目の前には、捨て置かれた方。  そしてだいぶ遠くに、投げ捨てられた方。  どちらも捨てられたものなのに、靴底が行儀よくコンクリートに接地しているのを見て、めちゃくちゃ足の長い走り幅跳び選手のようだと思った。  ストライドの模型。  その先の巨大な黒い川を、飛び越えていったのですよと示すジオラマ。  夜道の底で、ナイキの白抜きマークはやけに光っていた。  流れ星の軌道。  乗せられたイメージこそ本体なのかもしれない。
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