14 きっとあなた修羅場じゃない

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「 ちょっと聞いてぇ!   私やっちゃったの ‼」 やっと、 順番がきて座る事ができたlunchで、 梨沙と茉由にmenuをみせる事もなく、 「ガンガン話してやる!」カンを出しま くって、いつも落ち着いているはずの咲 が珍しく、叫ぶ。 咲はあっさりorder を決め、野菜も一緒 にたくさん食べられる、ロティサリーチ キンサンドウィッチ。梨沙は、カルシウ ムやビタミンB1など豊富な栄養素のある パンとしておすすめの、十穀イギリスパ ンに、パンチの効いたパストラミソーセ ージを挿んだ肉系サンドウィッチ、 茉由は、この店の、ニース風サラダも、 気になったけど、二人がサンドウィッチ だから、優しい味のアボカドとツナと卵 のサンドウィッチにした。 で、断面からはみ出して、顔を見せたフ ルーツたちの存在感にワクワクする、 「魅せる」フルーツサンドウィッチは、 三人でshareするから、テーブルの真ん 中において、しばらく眺めながら、最期 に食べる。 でも、三人とも、それぞれが、沈んでい るのか、今日は、渋めの珈琲と合うメニ ューだった。 「どうしたの?   咲らしくないじゃん!」 梨沙は、このところ自分も悩む事があっ たから、半分、好奇心、と、食べるのに 集中できなさそうなのは嫌だから、半分 嫌味。 「そうね、咲が、  感情的になるの?   変な感じする…」 茉由は、自分も、blueだけど、先に爆発 した咲に向かい心配して突っ込んでみる。 「ごめん! でも、  誰かに聞いてもらわないと、  私、凹んだままになるし…」 「うん…」 「そうなのね…」 そんな事を言われても、私だって、沈ん でるのに…、な、二人。 梨沙は口数が少ない。 自分も気分を変えたいこの時間。だから、 今は食べる方を優先させる。でも、耳は 活躍してるし、眼差しは、握りしめたサ ンドウィッチに向けられているけれど、 眉をピクピク動かして、チャンと、咲の 話には相づちはうっているので、十分役 に立っている。 茉由は、不器用だから、 咲の話に集中すると、手の動きがギコチ ナク、サンドウィッチを口に運ぶタイミ ングが難しそうに、口は半開きのまま、 咲と梨沙に交互に視線を送っている。 皆、短い休憩時間なのに、咲の話は長く なりそうだ。 ここは、本社から片側三車線の車道を挟 んで、ちょうど、本社の建物を見渡せる、 オリーブ色のオーニングシェードがイイ カンジな、カフェ。社内にも、食べると ころはあるけれど、 三人とも、ストレスが溜まっていて、な んだか、今の場所から離れたい。 昼休憩時間は短いのに、サンドウィッチ なら時間内に食べられるからと、ワザワ ザ外に出ていた。 この三人の、ストレスが無くなるまでは、 「ランチはサンドウィッチ!」は、しば らく続きそうだ。 「あのね… 私、  駿のお母さんと、  ヤッチャッタ!の…」 咲は、口をへの字型にして、分かりやす い表情をする。サンドウィッチに大げさ に齧り付くと、不機嫌さをアピールした。 まだ結婚したばかり、それなのに佐々木 の「大事」なお母さんと衝突したらしい。 もう?って感じだけど。 「ぅえっ?電話で?  まさかぁ?駿のお母さん        出てきた?」 梨沙はもう、皿に魅せるようにキチンと 並べられていたサンドウィッチを、半分 も食べきったところで、珈琲を一口飲む と、未だ熱かったのか、冷やす様にベロ を出し、ようやく、役目を果たすように 顔を皿から離し、咲に突っ込みを入れる。 けれど、たった、一回、突っ込んだ後は、 べつに、突っ込まなくても、咲が勝手に、 独りで、「喋り捲りそう」だと分かると、 再び、 視線はまた、キレイに、半分、そのまま になっているサンドウィッチに戻した。 せっかくの、サンドウィッチが、崩れて しまっては魅力が半減、梨沙は、そっち の方がずっと大変! 「そう … 出てきたの …  い・き・な・り・だよ!」 咲は、恐怖体験を語るように、ゾワゾワ したカンジを出して喋る。 佐々木は新潟県の出身で、実家は伝統工 業の街、燕三条の郊外。観光客も集まる 海水浴場、魚のアメ横、寺泊も近いけれ ど、実家は長閑なところにあって、のび のび育った。 その新潟に、佐々木の母は居るわけだか ら、東京からは遠い感じはするけれど… だから、か、咲の方からみたら、 「突然、やられました…」な、カンジだ った。 「そんなに  強烈だったの?」 茉由には、経験がない事だった。茉由の 夫の両親は早くに他界していたので。 そうした、「付き合い」は経験がない。 「もう、  お手上げだった…」 咲は、両手の掌をあげて二人に見せる。 けれど、佐々木は、こんな「大事」に、 あろうことか、ノータッチだったらしい。 いつもストレートに物おじしない、正々 堂々とした佐々木なのに「らしくない」 し、これは、変。 一言でいえばよほど母親が怖いらしい。 だから関わりたくはない。咲は今回は、 放っておかれ、一人で頑張った。 「あれっ、駿って…  マザコンだっけ?」梨沙は首を傾げ、 「分かんない…」咲も首をかしげる。 「そうなの?  意外過ぎる…」茉由も首を傾げる。 梨沙と咲は首をかしげたまま珈琲に手を 伸ばす。茉由は皆より食べるのが遅い事 に気づきサンドウィッチを食べ続ける。 これは二人の事なのに…、咲は佐々木に も腹を立てている。急な佐々木の母から の訪問の知らせに驚き、焦った咲は当然、 真っ先に佐々木に連絡してみたが、それ なのに、 「電源が入って…」で、捕まらなかった。 これは佐々木が「逃げた」のだろうか… 咲の住所を知らせたり、仕事の休日を知 らせたりしたはずの、佐々木は、こんな 「大事」を知っているはずなのに、 まさか、の、佐々木の裏切り? 実は、佐々木は一人っ子だから、両親に、 かなり大事に育てられていて、なんでも、 ストレートなところは、甘やかされて育 ったから? (でも…梨沙以外は皆一人っ子だけど) あまり、人に対して気を使わない性格も、 実家にいる間は、常に、何事も、周りに、 護られてきたからで、佐々木が人に合わ せなくても周りが佐々木に合わせてきた。 そんなわけで佐々木は自分の結婚の事も、 咲と二人だけで決めてしまったのだが、 でも、今回は佐々木の想定外の速さで、 大事に発展してしまった。 先日咲の部屋で行われた「結婚報告会」 の飲み会の後、咲と二人っきりになるの を待って、 佐々木はなんとか自分の「母親」の気持 ちも込めて伝えようと、 ―  「なぁー やっぱり   一緒に暮らすかぁ?」   ― っと、二人で決めたことをひっくり返す 事を、咲に突然言い出したことが前触れ にあったが、その、佐々木の、ジレンマ のわりにはその態度が咲の事を大事に思 うがために、消極的であったのか、 そこから数日後には、もう、佐々木では、 母の勢いは止められず「お家騒動」にな ったらしい。 咲と佐々木は、二人で納得して、 「別居婚」を選択したはずだったのに… 二人だけの考えでは、 これは、やはり、 すんなりとはいかない? この「別居婚」は、二人で決めた事で、 咲は自分の生活を変えたくはないし、 佐々木は、自分の一人の時間は大事で、 一日中誰かと一緒とか、ベタベタと纏 わり憑かれたくはないらしい。     咲は、あんなに、活き活きと、前向き に考えていたのに…、賢い咲でも、 上手くいかない事もある。 ― 「あのね、私は、  駿に向かう気持ちは  あるけれど…、  私たち、今のところ、  一緒に暮らすことは  考えていないから、  時間の使い方は、たぶん、  今まで通りだと思う」 「エッ?」茉由は首を傾げる。 「もしかして…」梨沙は見当がつく? 「うん!別居婚にする!」  咲は確りとした考えがある。 「エッ?」茉由は驚く。 「そうかぁ…」 あの… ぶっきら棒で合理的な物事の処 理を優先する駿なら「アリかぁ…」梨沙 は理解する。 …別居婚?… 茉由はゼンゼン考えたことが無いかたち。 どうやって成立させるのか、継続させ存 続させるのか、 でも、忙しすぎる咲と駿には向いている の?とも思うけれど…… 「うん、子供もしばらくは創らない!」 咲はハッキリさせている。 「そうなんだぁ~」      ― 咲は佐々木に対する思いは本気だけれど、 自分に「無理」はしたくなかった。無理 をすれば、やはり、今までできていた事 ができなくなる事もでてきて、 それでは、せっかく、 上手くいっていた事でも「ムラ」ができ、 なにかが、「無駄」になる。 それは、佐々木も、同感だったのに… ― 咲は今、 仕事が充実していて1日に仕事をして いる時間は12時間以上で、10時過ぎ に仕事を終えて、自宅に帰る。 でも、睡眠時間は、5時間はとりたい。 すると、 職場との往復と、食事や、入浴時間を 覗くと空いている時間はほとんどない。 それに咲の設計の仕事は自分で決めた 時間には終わりに出来る仕事ではない。 「いつまでに仕上げる」との期日まで に終わらせる必要があるから、 図面が出来上がるまでは仕事を終わる 事ができない。それに加え、設計変更 も何度もあって、その繰り返しになる。 自分の家庭、都合に合わせて生活をす るのは難しい。 佐々木は、ベタベタする関係は好まな いから、休日だけに向き合う時間があ れば良い。それならば別居をしていた 方が、平日は仕事を中心にした時間の 管理も楽にできる。だから… 「週末婚」「別居婚」が合っている。 佐々木も、 仕事も順調で、忙しく、時間が足りない くらいだから、仕事日には自宅に戻れば、 寝るくらいの時間しかない。 帰宅したら入浴を早く済ませ、少しでも 睡眠時間を確保したい。営業は、人と向 き合い、先方の都合で動くことが多い。 仕事日には、何時に仕事が終わるかなん てハッキリはしないから妻に帰宅時間は 伝えられない、 家庭で、妻に「待っていられる」のは、 それが気になってしまうから、困る。 佐々木は、 自分の為に「相手に無駄な時間を過ごさ せる」そんな事を、大切な人にさせたく はないと考えている。佐々木らしい優し さ、が、ある。 「好きな人のために…」は、咲にも、 佐々木にも、重いのかもしれない。 相手を最大限に尊敬し負担にならない、 無理をさせない、無駄なことはしない。 咲と佐々木は、二人とも、同じことを、 考えている。          ― 「二人とも同じ考えで、  上手くいくと思ったのに、  突然?  お母さんが出てきたの?」 マイペースな茉由の視線は、目の前のフ ルーツサンドを眺めてる。でも、ながら でも、咲に尋ねた。 茉由の頭の中は「ここのは、フルーツの 一つーつのカットは大きいね、美味しそ うだし、これ、カワイイ!」 だけど、チャンと咲の事だってもちろん、 心配している。 「うん、お母さんが、  急に、  電話してきたかと思ったら、  たぶん…  もう、なんでも、私の事を  駿がお母さんに  教えてたらしらしくて、  シッカリ、休みの日に、      私の処に来て…」 「咲の処って、あの部屋?  お母さん、知っていたの?  そりゃぁ、怖いね、     逃げられないね!」 梨沙は、突っ込みが早い。でも確かに、 咲は、佐々木の家族に、まだ、紹介も されていないのに、なぜ、咲の部屋に いきなり佐々木の母は訪れたのだろう。 皆、それぞれ?… 梨沙の突っ込みをちゃんと聞いていない のか、咲は、自分の考えを喋る。 「でも、お母さんの  気持ちは分かるけど、  私、今の生活、仕事、   かえたくないし…」 「そうだよね…、  咲、困るよね!  なんで?ダメじゃん!  駿は、どうして、  間に入ってくれないの?」 茉由は、自分も、いつも頼りにしていた 佐々木が「頼りにならない」なんて事が、 意外すぎるし、信じられないし、驚いた。 けれど、佐々木は、母親にだけは、 かなわない。子供の頃からも、今でも、 「絶対服従」だった。 「でもさぁ…駿は、  真面目で、  良いヤツなのにね!」 梨沙は心から思っていることを呟いた。 「……」「……」「……」沈黙。 今回の、咲の話の深刻さはとても分かる。 三人は、事の大きさが分かると、簡単に 言葉を選べない。ため息の後は、言葉が 出ずに、自分の珈琲の香りを確かめた。 咲は珈琲をキリマンジャロにした。 豆は強い酸味と甘い香りをもつ。 「スッキリしたい」時には爽やかな、 口当たりの軽さがイイカンジ。 梨沙は、 なめらかな舌触りと、苦味・酸味・ 甘味・コク、と、バランスの良い味 わいのブルーマウンテン。今日は、 香りの強めのものを選んだ。 茉由は、 モカブレンド。良く知られているが、 チョコレートのような香りと、フル ーツのような甘い酸味、女性的な優 しいカンジ。フルーツサンドの事も 考えて選んだ。 三人は「ズズズ…」っと、それぞれ 珈琲をゆっくりと味わう。休憩時間 は短いのに。 そうそう、これは、余談だが…、 咲と佐々木は、今まで付き合った相手と、 ホテル、ファッションホテル、アミュー ズメントホテル、 ブティックホテルなど に入ったことが無くAVも観たことが無い。 それが良い悪いとの事ではないが、 真面目な二人は「社会人になってから付 き合ったら、結婚!」と、付き合い出し てから、それ以外の選択肢はなく、あっ さり結婚した。 それはそれで新鮮なカンジは良いけれど、 それには勢いがあり盛り上がったままな ので自分たち以外の事には気が回らずに、 お互いの家族を全く考えていなかった? けれど、この二人には、今近くに居る、 同期の者たちだけではなく、遠くても、 親や親戚はいる。 「遠くの親戚より近くの他人」は、 今回の事では当てはまらなかった。 母親は、「我が家の王子様」が、よく 知らない女に奪われてしまったなんて、 絶対に、 「許せない」気持ちが収まらない。 そう…もともと、 この佐々木の母の性格も、これに関係 なく?一度気分を害したらゼッタイに、 受け入れられない、そんな性格の人で もある。 厄介な事に… 今回、突然登場した、佐々木の母は、 見た目は派手さもなく中肉中背、メガネ はまだ必要としない61才。 (年齢は関係ないが…) まだまだ、ゼンゼン、元気な、健康体! の體を保ち、頭もキレて、回転も速く、 家の中の事は全てパーフェクトにまとめ てきた女性「自分に出来ない事は無!」 そんなカンジ。 これは… 気が強い咲と、佐々木の母… 佐々木は、母に似た人を選んだ… 「あ~、もぉ~!あの、  お母さんから生まれて  きたなんて、許せない!  駿とは、もう、  kissする、の、も、嫌‼」 「おぉ~!」 「えぇぇ~?」 咲の剣幕に二人は、ひいた。 でも…茉由は… …駿とkissするのが、咲、嫌なの?… あれ?…私…、いちご狩りの時にkiss したっけ?…GMとkissしたのは… えぇ~っと… …山下公園?…だけ?…でも、私は、 GMとのkissの事… この二人の前では、 言えない … 咲が急に叫んだことで、ゼンゼン関係な いのに、茉由は自分の下唇に左手の人差 し指をあてて高井とのkissを思い出す… …なんで、私、kissし、      ちゃった、んだろ… 咲の目の前に居ても、違う自分がでて きて茉由だけここからfade outした? その、噂の佐々木の母は… その日… ガ〰!っとスーツケースを引きずり、 ズンズン!っと、新潟から真っすぐに、 東京駅に来て、か、ら、taxiに乗って… ドライバーさんには事前に、東京駅から、 その時間帯の道路状況も下調べした最短 時間で最短距離を考えたルートを、 mapを見せながら説明し、 咲の住むマンションまで、迷うことなく、 体力も十分に残したまま、無事に到着し、 戦闘モードマックスに、のりこんできた。 もぉ~すでに、かなり出来上がっていて、 『 怖い‼ 』 「こんにちは、お邪魔しますぅ…、  あら?いけない、 『初めまして‼』でしたわねぇ~」 開口一番の、先制攻撃! 咲は、佐々木の母の「大荷物」に驚く、 …こわ…えっ?   なに、このスーツケース!  まさかぁ? ここに『泊まる』  な・ん・て、こと?ウソ!  ゼッタイに!や・め・て~‼ … 出迎えた咲は、顔が引きつる。     「 イラッシャイマセ。いえ、       スミマセン、       『 初めまして 』です…」 咲は、玄関に、チャン、と正座して、 佐々木の母を迎えた。佐々木の母は大き なデパートのペーパーバッグと、スーツ ケースを玄関にダン‼っと、入れると、 デパートのペーパーバッグ方だけ、その まま、バサッ!と咲に手渡した。 「これ!どーぞぉ!   何がお好きなのかは  分かりませんけれど…」 …これは? 「アンタのこと知らないから、何を 買って善いのか分かりませんでした!」 なの、だ、ろうか…ホントに、怖い… 「いいえ、そんなぁ~、       お気遣い       戴いてしまいまして…」 咲は、 おもいっきりひいたまま、一言一言、 探りながら、柔らかく、返事をする。 猛獣を 「興奮させない様に」との事らしい。      「 失礼しました。       お待たせしてしまって、       どうぞ、        お上がり下さいませ 」 咲は真新しいスリッパをキチンと揃えて、 お出しすると、スウッと、立ち上がり、 リビングドアを開けて、お待ちする。 「はぁ~い、はい、  待たされました。いつ!  新潟に来るかと  思っていましたのに…         ねェ... 」         ... ゲッツ!           そうきたかぁ … イチイチ、 一言一言、こうなっちゃうカンジ? 咲は笑顔が引きつったまま、口が ポカンとあいたままになる。 佐々木の母は先手をかまし、目を細め、 まだ、そんなに暑い季節でもないのに、 扇子で、首のあたりを仰ぎながら、リ ビングへ進んできた。 咲は慌ててエアコンを入れた。 …まさか、  その扇子は凶器にならないよね?… 咲は、扇子に目がいく。       「素敵な、         お扇子ですね!」 「はい、  アナタのモノだけ買うのが  嫌!だったから、  同じデパートで  買ってみました。さすが!  東京のデパートですね、  いい『お品』ばかりで、     迷ってしまって…」 「そうそう、キレイな、  娘さんたちも、東京には  イッパイいらして、  ビックリしました。  あんなに、たくさん、  美人さんが居るのだから、  そんな、女性たちも、駿には、  眩しいでしょう、に、ねぇ…」            …どういう意味?別に、     『アンタじゃなくても』           ってことか…    「そ、うなんですね…      さぁ、どうぞ、      おかけになってください、        狭いところですが…」 咲は直接は云い返さないで、穏やかに、 穏やかに、と、自分に言い聞かせている。 佐々木の母は登場したばかりだが、 やっぱり、 長居はしてほしくはないので、ここでも、 「着火」しない様に、できる事なら、ス グに、いつでも話しを終わらせられる様 に言葉を選んで刺激しないようにする。 「まぁ~!  素敵なお部屋ですね、流石、 『建築家の先生』だわ~、  ソファも立派な事、これ?  ドコノなんですか?やっぱり、  有名な、  デザイナーさんのですか?」 佐々木の母はすすめられるまま腰かけて みたものの、キョロキョロと周りを鋭い 目で「チェック」している。   「とんでも!ゴザイマセン、     ファニチャー量販店の物です」 咲は「どうせ分からないでしょ!」との カンジで、適当に答えた。別に、バカに は、していませんが… 「はぁ~?ファニチャー?  まぁ~、咲さん!  お茶は宜しいから、どうぞ、  アナタも腰かけて、よく、  お顔を見せてください。  田舎から出てきたので、  都会の、  エリートさんの娘さんの顔?  あら?娘さん?じゃぁ、        失礼かしら?」            …どうせ、       若くはありませんが、       息子さんだって       同じ年なので、       若くはありませんよ!…    「いえいえ!私なんて、       『何者』でもありません」 嫌味の言い合いにはしたくない、 咲は仕方がないので、お茶だけをサッ サとお出し、自分も腰かけた。佐々木 の母は軽く会釈しただけで喋り続ける。 「まぁ、本当は、  アナタのご実家に、先ずは、  ご挨拶なのかもしれませんが、  なんだか、  順番がグジャグジャに  なっているでしょ?だから、  私も、先ずは、  アナタの処になんて考えて  しまいました。ここには、  駿も、  住むのかもしれませんしね!」      「えっ?あ~、はい…        駿さんが、そう、         仰ったんですか?」      …えぇ~‼       駿は「ここに住む」って、       言っちゃったの?それは、       困る!駿は?       なんで居ないんだろう、             どうしよう… 佐々木の母は出されたお茶をゴクッと 一口だけ飲むと、今度は、急に立ち上 がり、咲にことわる事もなく、ウロウ ロと自分であちらこちらの扉を開けて、 物色しだした。 リビングでは、キャビネットの扉や、 クローゼット、廊下では、飾り棚の ニッチの棚板の裏まで覗き、洗面室 からバスルーム迄、頭を突っ込んだ。  …うっ、オッ、えぇ~?ナニ、   この人!な・ん・で、こんなに、    チョコマカ、してるのぉ~!…    「お母さん〰!あの?      どうぞ、リビングに     お戻りください。私、     昨日まで、仕事が、     忙しくて、帰宅が、     遅くなったものですから、     片付けなんかも、チャンと、       しておりませんので…」 なにを言っても無駄!ゼンゼン、佐々木 の母は止まらない。咲は、両腕を広げて 止めようと、佐々木の母の前に出るが、 見事にスルッと、かわされてしまったの で、なぜか、咲は、そのまま、空振りし た両手で耳をふさいだ。もう、どうしよ うもなく、ため息しか出ない。 「構いませんよ!   お仕事、大変なのは、  知っていますから‼ 『先生』ですものね!  家の中の事なんて  できませんよねぇ!」 初めて訪れた処でも、云いたい事を言い ながらスタスタと進み、とうとう、寝室 まで入ろうとしたところで咲はダッシュ して、必死に阻止する。       「お母さん!         ここは、ダメです!」 咲はさすがに顔が真顔になり、鋭い目つ きで佐々木の母の前に立ちふさがった。 「そうなの?寝室なのね?  でも、  部屋が一つしかないから、  確かめたいわぁ~、    見せてチョウダイ!」 佐々木の母も譲らない。廊下で、二人は にらみ合いになった。      「お母さん、        ここは、無理です!」 咲も譲らない。寝室のドアが開けられな い様、ドアにしがみつく、凄い形相で、              「怖い」 「まぁ~、怖いぃ!   咲さん、  そ・ん・な・顔!  されるの?  駿がかわいそうだから、  そんな顔、  駿、には、見せないでねぇ、        お願いします!」 佐々木の母はペコリっと頭を下げた。 佐々木の母も、気が強い、自分の事を棚 に上げて駿をもちだしてきた。不敵な笑 みを浮かべている。   「お母さん、もう、     勘弁してください。     リビングに戻りましょう…」 咲は、佐々木の母の背中に手を当てて、 押し出してみる。佐々木の母は、バツが 悪そうに、でも、抵抗しながら? のけ反り、咲に押されても、本当は不自 由ではない足を引きずりながら、スリッ パでスケートをして、リビングに戻され ると、諦めたのか、再び、もうすっかり 馴染んでしまった、       ソファにゆっくり腰掛ける。 「まぁ~、ねぇ、さっきも、  いったけれど、アナタは、  仕事が忙しいから、  家の中の『事』は無理よね?  なんで、ワザワザ、  結婚、ナンカ、したの?」 佐々木の母は、マイペースに自分の云い たい事、聴きたい事を、なんの遠慮もな く話し続ける。 「お仕事、  これからも頑張ったら、  イイじゃない?アナタは、  建築士さんでしょ?ずっと!  『好きなお仕事』  されてたら良いじゃない 」 失礼すぎる佐々木の母にも、表情を崩さ ずに、微笑みながら、咲は、大きくため 息をついた後ゆっくりと話してみる。     「お母さん、私は、      仕事をやめません。      でも、駿さんとも、      上手く、      やっていきたいです。      駿さんの事、大切に、        思っていますから 」 佐々木の母は、表情が曇る。 「あら? 大切に思うなら、  駿の事、チ・ャ・ン・と!  アナタに     出来るのかしら⁉」 佐々木の母は飲みかけの、もうすっかり、 冷めたお茶をズズズゥっと飲みながら、 リビングの大きな窓の方を向いて、不機 嫌さを出した。      咲の方を見たくはないようだ。      「お母さん?       『チャント』とは、       どのような事ですか?」 あ~、咲も、そこ、は、 突っ込まなくても良いのに、 聞き返してしまった。 「アナタでは、駿は、  無理!なんです!  あの子は、『一人っ子』なの、  知ってるでしょ!   二人、だけ!では、ダメなのよ!  『子供が産める人』でないと!  アナタ!母親になる気は、  ないんですってね!      駿から聞きました!」 もう、いきなり、 『ドカン!』と、バズーカ砲が 飛んできた。このダイレクトな攻撃は、 佐々木とソックリだ、いや、母親似か、 なんで、佐々木は余計な事を…             「……」 咲は顔が真っ赤になり見開いた眼から、 大粒の涙がボロッと、膝の上に構えた、 堅い握りこぶしの上に落ちた。 咲の目は大きく、開いた、まま、だ。        「 スミマセン、          いまは …          創れません … 」 咲はそれでもユックリと「いまは」と、 期限をつけて云い返した。 「 ... ... 」 今度は、佐々木の母がため息をつくと、 歯を食いしばり、ソファの背もたれに、 ドカッ!と音を立てて、小さな背中を 強く圧しつけると、そのまま咲を睨み つけ、しばらく重い沈黙を、           咲に押し付ける。 咲が「いまは」と、つけ加えても、 あまり意味はなかったようだ。 二人は、黙った。          咲は、諦めた。     「駿さんに電話しますか?      こちらに来られるのか、          確認しますか?」     咲は涙声のままもう話しを纏められな いので、佐々木に委ねようとポケット からスマホを取り出した。 「 いいえ、今日は、   あの子は仕事だから、   邪魔をしてはいけません。  『 男の人 』は、     仕事が大事ですから!」 それでも、 佐々木の母は、嫌味を言い続ける。          「そうですか…では、       私も、今日は、       これから、出かける、       用事がございまして…」 咲はもうどうしようもなく、お手上げだ った。嫁としても大人としてもチャンと した対応が、できない。 ありもしない用事を盾に、佐々木の母に、 「帰ってほしい」と伝える。 「そうなの?お邪魔なのね   電話、を、してから        訪ねたのに」 佐々木の母は立ち上がると、咲の表情 も確かめる事もなく、サッサと、玄関 に進む。 とりあえず、 云いたい事は云えました、      なのだろうか…             「 急がせてしまって、       申し訳ありません。       今度は、       駿さんも一緒の時に、              ぜひ …」 最期の言葉は濁したまま、咲は佐々木の 母を送り出す。 マンションの廊下に出ると、そこで立ち 止まって、頭を下げた。佐々木の母は、 一人で、エレベータに向かう。 咲は、動かなかった。 一緒に下りようとは思わない。玄関ドア の前にとどまり、遠く離れた、エレベー タの扉が閉まるまで頭を下げ続け、もう、 佐々木の 母を見ようとはしなかった ... ― 「 怖いよ、咲も!   駿のお母さんも、      二人とも!」 梨沙は、両方の気持ちが分かる。でも、 それを咲にも言えないから満腹の後の 冷めた珈琲をズズゥっと流し込むと、 目を細め、眉に力を込めて、咲の顔を 覗き込む。      「どうするの?        最悪じゃない?        そのままなの?」 茉由は単純に、怖がった。 茉由なら、何も言い返さないまま、 きっと、 佐々木の母の前で固まったままになって いるだろう。それに、いま、ここでも、 自分の分のフルーツサンドを、握りしめ たまま食べられないほど、ビックリして 固まっている。あんなに、楽しみにして いたフルーツサンドなのに、せっかくの、 クリームが、 下に落ちそうなくらい、手元がアブナイ。  「どうしよう…」 咲は珈琲を飲みながら、ボォ~ッとする。   「あっ、もう時間だよ!咲!      駿にこの事、言ったの?」 梨沙は椅子から腰を少し浮かせてスマホ の画面で時間を知らせると、咲を現実に 戻させた。 「まだ…言ってないし、    駿から連絡もない…」   「マッタク、駿のやつ!     じゃぁ! まず!      そっちでしょ!もぉう、     仕事に戻らなきゃだから、        ほら!咲、立って!」 梨沙は、咲の後ろに回り背中を押した。 確かにこの場では何も解決できそうもな いくらいに拗れている。これは、こんな に短い時間では、聞き役になるくらいで、 中途半端でもしようがない。   「うん、そうしようよ、    咲が大変なのは分かったけど、    これは、簡単じゃないもの…」 茉由もそういうのが精いっぱいだった。 フルーツサンドはあきらめた。挿んで あった、 🍓だけ、摘まんで食べるだけにした。   「この、    クリーム美味しかったね!」 苺、に、ついたクリームが一緒に茉由の 口に入ったみたいで、それが気に入った のか、茉由は梨沙に思ったことを素直に 振ってみた。 けれど何も言ってもらえない。梨沙は、 サッサと食べてしまったから、もう、 クリームの味も忘れていた。なにも、 ピンとこない。 しかし、これは… 佐々木は、どう、するのだろう… こんなに拗れると、大変そうだが、 なんでも、ストレートに、スグに 結論を出したがる佐々木、に、は、 珍しく、なにも、しないなんて… けれど、いまは、たしかに、この二人の 間に入っても、無理、ムラ、無駄。 自分迄取り乱したくはないし、間に入っ て、それぞれに向かって、グダグダと、 言訳や、弁明などをしたくはないし、 何を云っても、なにをしても、この状態 では、咲も、佐々木の母も、きっと、他 人の謂う事なんて聴かない。 状況は最悪でもとりあえず、咲と佐々木 の母は、いったん離れたのだから、少し、 落ち着かせるのも、善いのかもしれない。 ここは分かりやすく、「fade out」を、 佐々木は、夫、息子、の立場でこの手法 を実行した… 佐々木は当事者だけど、徐々に、二人か ら、距離を置いた。 これを、公の「権利」として、 認めてほしい? 佐々木は、 これを、正当な事だと分かってほしい。 けっして卑怯だとは思わないでほしい、 これは… お互いのぶつかり合いから、 事件に発展しない様に、 自分も巻き込まれて、 この二人を犯罪者にしないために、 そして... 巷の、平和の為にも。 結局… 誰もスッキリとはしなかったけれど、 どんなときにも、仲の良い、咲と、 梨沙と茉由の三人は揃って立ち上がり、 本社へ戻ろうとする、と、 突然、咲が思い出したように振り返り、 最後尾にくっ付いている茉由に、 ゼンゼン関係ない話を、急ぎ、伝えた。 「あっ!そうそう!茉由?  翔太が心配してたよ…、 『茉由は、怖がりだから、  親知らずが痛くても、  冷却剤ジェルシート貼って  ゴマカシテルけど、  チャント、  歯医者に往けって!』  少し、  私に視てやってくれって  言われたけど、大丈夫?       往けるよね?」    「えっ?なんで、咲に?」    ...なんで、また、     親知らずが痛み出したの       翔太が知ってるの?… 「うん、昨日、翔太から、  メッセージが入って、  心配してたから、でも、 『茉由のスマホに入れれば  いいじゃん⁉』って、  送ったけどけど、  返してこないから、私から、  伝えたけど…」         「そうなんだ…」 「なに?なに? 翔太?   茉由の心配?       へぇ~!」 梨沙は、何か、感じたようだった。 茉由には分からないけれど、梨沙の 言葉の意味も、翔太の言葉の意味も…         「なんでだろー」 茉由は念のためスマホを確認したが、 翔太からのメッセージはなかった。 短い昼休憩が終わった… 茉由は、仕事に戻った。 午後の研修会場は、 見知らぬ社員が何人か、もう、来場して いた。 なんだか、ザワザワしている。その社員 たちに会釈しながら、茉由は、ソソクサ ト自分の deskに向かって進む。 午後は、研修会場で広報の取材がある。 この研修会場に高井が創った新しい部署 ができたから、社員たちに紹介する社内 報に載せるために… 茉由がモヤモヤした気分のまま deskに 戻ると、間もなく、 広報の亜弥が、撮影担当の男性を従えて 颯爽と来場した。 「 茉由さん!   お久しぶりです 」    「 あぁ~!亜弥さん?      お久しぶりでございます 」 茉由は、亜弥が登場すると駆け寄った。 亜弥にやっと逢えたので、旧友に逢った、 同窓会の時の様に、驚いてみせた。 「本社はどうですか?」   「はい、私は、ここの勤務は、     新人の時以来なので、     浦島太郎?みたいな感じです」 「そうなんですね?こちらに、  異動になったのは  知っていたのですが、  なかなか、  お逢いすることができなくて、  でも…、  今日は、やっと、  茉由さんに逢えたので、  私、少し明るめの、  ルージュに変えてみました、     気分も変えたいし…」     「とても、お似合いですよ、       亜弥さんには、明るい       お色が似合いますね!」 「 ありがとう   ございます 」 亜弥は、茉由には分からない嫌味を入れ、 挨拶をした。とても落ち着いていて貫禄 がある。 その、身なりは、センスの良い、フェミ ニンなビジネススーツでまとめているが、 これは、 高井の好み? 亜弥は、茉由に満面の笑みを向けながら、 ジャケットのポケットに、手を突っ込み、 大事なアイテムの 「クリーニングの伝票」       が入っているのを確かめた。 営業経験者は、社交辞令の挨拶も長い。 それに、亜弥は、茉由よりも3つ下だが、 茉由は、5年ほど仕事を離れていたので、 亜弥の方が出世が早く、 同じ係長になっても、マンションギャラ リーの仕事での、元上司でもある亜弥に、 茉由はいまでも、やっぱり、従うカンジ。 「 本日は、皆さんの、  ご紹介用のお写真と、  この会場の各boothの  写真を撮らせて下さい 」 「 それと、  皆さんの自己紹介のために、  明日ぐらいまでに、  私の方へ、  ご挨拶文をご提出ください。  後で、私の方から、  テンプレを送信しますので、   よろしくお願い致します 」   「 良かったです!     私、緊張していたんですよ。       もし、動画だったら、          ガチガチです!」 茉由は安心した。写真なら一瞬だから、 営業用のスマイルで、大丈夫だから。 「 いえいえ!   こちらの皆さんは、  美しい方ばかりと、  もう、  本社で噂になっていますよ!  研修で、こちらに入れる社員は、  ゴクゴク、一部の社員なので、  その人たちを、羨ましく  思う社員もいるくらいです 」 「 本日こちらにお邪魔する担当も、  私を置いて、サッサと、先に、  何名かは登場していると思いますが、  スミマセン、彼らは、       楽しみにしていたんです」 亜弥は会場内を見渡して先に来場して いた社員たちに、目で合図を送った。   「そうだったんですね!     こちらこそ、まだ、皆、     慣れない仕事にジタバタで、     本日も、皆さまに、     失礼のない様にとは、     思っているのですが、      よろしくお願い致します 」 「こちらこそ、   どうぞ宜しくお願い致します 」 亜弥は上手に、 ここの staff 達をリラックスさせる。 営業を経験してから、異動になった 広報では、その実力が活かせている。     「あっ、そうなんです!       ここの staffは、       とても美しいぃ~          人ばかりで…」 茉由も staffたちを喜ばせようとする。 でも、茉由は、 「キレイでいたい!」と思うのは、 べつに、男性の為じゃない… 茉由自身は「美しい女性」でいる事を、 この会社では上の人、その男性目線から、 営業部の者に、そう、求められているこ とを知っているが、それよりも、 茉由は、病気と闘っているから、それに 負けたくはないと、強がっていて、また、 病人には、見られたくないので、いつも、 気合を入れて、ピシッと、身だしなみを 整えている。 そのためにも、外に出て仕事をすること にこだわり、この会社が、接客担当用の スーツを7号9号とサイズの決められた 物しか支給しないのならば、それに合う 様、体形を維持するために、 ビジネススーツでも、私服でも、ウエス トがゴムのモノは選ばないし、メイクも、 接客の為にと考えている。だから、男性 のために、 美しくなろうとしているわけではない。 だけど… 人それぞれの考えはあるし、仕事上でも、 こうした事にいちいち言い返しても… なんて、カンジで、サラッと流す。         「マリンさん!」 茉由はさっそく一番頼りになるマリンを 呼んだ。マリンは茉由に単独行動をさせ て、高井の逆鱗にあってからは、すっか り、茉由の行動を監視するようになって いて、いまも、茉由に呼ばれなくても、 静かに、茉由の近くに控えていた。 「お疲れ様でございます。  主任の田中真凛です。  本日は、  宜しくお願い致します」      「ほら!       チャンとしているんです、       マリンさんは、        ここの責任者なんです」 茉由は、アッサリ、 ここの責任者のposition をマリンに譲っている。 「そうでしたか、本日は、  突然お邪魔致しまして、  お騒がせ致しました。  マリンさん? あぁ~、  主人からも、  伺っておりました、  どうぞ、  宜しくお願い致します」      「 はい?… ご主人様は?」 亜弥の挨拶にキョトンとしたマリンに、 茉由は、亜弥の胸につけている名札に、 キチンと指先までまっすぐに伸ばした 右手の掌を向け、得意げに説明をする。            「そうなの!こちらの、      亜弥さんは、高井GMの      奥様なの!あの、      強面のGMには、こんなに、      優しく、柔らかな笑顔の、      そう!      ラナンキュラスの様な      美しい、亜弥さんは、      とても、必要な人なの!」    「 亜弥さんは、GMに大切に      されていますか?         怖くないですか?」 茉由は、思わず本音を言ってしまう。 全く、 考えもなしに、言ってしまう。 「 いえいえ!高井は、  怖い人間じゃないんですよ、  茉由さん、止めて下さい!  皆さんが誤解してしまいますよ 」 亜弥はすかさず茉由の失言を訂正する。 でも、遅い、 先日、ここの皆は高井の豹変ぶりを 味わってしまったのだから…  「 … … 」 マリンは、 これ以上話しには入ってこなかった。 再び少し下がって、この二人とは距離 を置く。マリンは、賢い。 茉由は気にせず staffたちの紹介を 続ける。  「 亜弥さん? こちらのお二人は、    派遣社員の、    奈美恵さんと、沙耶さんです。           美しいでしょ?」 二人は茉由の横に並んだ。この場が一気 に、華やかになる。この会社の、接客担 当や営業担当の社員は、皆、容姿端麗の 者ばかりだが、外に出ない仕事の者でも、 営業本部に居る者たちはやはり美しい! この二人は、街中でも、きっと、人の眼 を集められる美しさがある。 奈美恵は、幼さの残るアイドル顔で、ス タイルも、若さをキープしたままだ。 日本人なのだが、どこかハーフ顔の、目 鼻立ちのハッキリとした、どのパーツも 大きめな顔だし、 長身のスレンダーだから、ひざ丈のスカ ートから伸びる脚はながく、左の膝の外 側にある5ミリほどのホクロはスカート の裾からチラチラと見えるので、動くと セクシーポイントになる。 沙耶は、まったく癖がないストレートの、 腰まで伸びた艶やかな黒髪が美しく、ま るで、 壊れやすく繊細な「陶器人形」のような 小柄な色白和美人。肌は透き通るほど白 く、きめ細やかな柔らかさがある。 高井が、この会場を監視しているのなら ば、当然、この二人の姿も、高井の目に は映っている。 「えぇ~?」 「いえ…そんな…」 奈美恵と沙耶は、自分に自信があるから、 茉由の紹介でおだてられても、そんな事 にも慣れていて、サラッとかわす。 「はい! お二人とも、     お美しいです」 亜弥は、気高く、凛とした笑みを見せる。 「本部長夫人」としても、「本社の花形、 広報担当 」としても、魅せつける。 続いて、結奈と乃里を呼び、茉由は紹介 をする。 結奈は、ポジティブな内面を持っていて、 いつまでも学生のような透明感もにじま せる。 それは、元気すぎるとか、キャピキャピ しているわけではなく、化粧があまり得 意ではないのかそこに興味がないのか、 真純朴な娘なので、ゆるキャラ的な存在。 乃里は少し大人で、したたかなのか、器 用にちゃんと、どんな役目もこなしてし まうので、 使われようによっては厄介でここに居て も、高井側の人間になるかもしれない。       「 この二人!         カワイイでしょ?」 茉由もこの二人を可愛がっている。並ん だ二人の間に割って入ると両腕を広げて、 二人の肩に回すと、年上のイイ女ぶりを 出してみる。 でも、美しくても綺麗でも可愛くても、 そう云われて、喜ぶ者ばかりでもない。 「嘘ですよ!」 「でも、茉由さんは、     お綺麗です!」 結奈は、ここでもこの会社の建設部のユ ニフォームの、グレーの作業着を着用し ている。 真面目だから、外見で判断されるのは、 「嫌っ!」っと、たとえ、女性から云 われてもそんな事は不愉快とばかりに、 ハッキリ否定する。 実際は、かなり、可愛いのに… 乃里はすかさず、茉由をオダテル。 それにしても、 女性だけだとなかなか話しが進まない? まぁ、今日は研修日でもないから、この 広い会場はのんびりとした空気にはなっ ているけれど… それに、 亜弥が来るのだから、夫でもある GMの高井は、そんな事も気にして、 cameraでチェックはしていても、 ここへ貌を出さないだろうし。 今日は、平和な一日になるかもしれない。 っと、茉由、だけ、は、思っていた。 ここの会場は広々としていて、 環境も良い。 この研修会場には、各 sectionが設けら れている。ここでマナー研修が行われる 時には、 この各 sectionはとても有意義に活用さ れる。 接客 boothやミニキッチン boothでは、 接客担当のお茶出しや、営業担当に引継 ぎをするまでの事が設定されたり、 展示boothでは、 各物件のご説明や、オプション品の商品 説明の設定がされたり、 entrance、通路、elevatorなどが配置さ れたところでは、 お客様のご案内の仕方や、ご挨拶などが 設定されたりする。 これらが全てこの会場にはsettingされて いて、茉由たちのdeskは、これを見渡せ る、ように配置されている。 ここは、マンションギャラリーとも環境 は似て、広い床面積に配置される staff は、茉由を入れて6名だ。 亜弥は、仕事を始めた。カメラマンを従 えて、テキパキと会場内を動き回る。先 ほどの営業用スマイルは消え、キリっと した表情になる。 撮影の担当社員は男性だが、亜弥の指示 に従い、口数は少ない。 当たり前の事だが、仕事上のbuddyは、 同性とは限らない。 そして仕事をしている時間は、一日の 中で、かなり長時間で、家族よりも、 その、buddyと一緒の時間の方が長い。 亜弥も、高井との時間よりも、この男性 社員と、居る時間の方が長い。これも、 仕事をしていれば当たり前の事。 だから、亜弥は… いままでも、夫の高井と、 茉由の関係が気になるところだった、 以前、高井が創った、亜弥の為の女性だ けのマンションギャラリーでも、茉由は 居たし、 そこから考えてもずっと高井と、同じよ うに、異動しているのは茉由だけだった。 亜弥は、気高く、プライドが高い。だか ら、あまり、感情的に動かない。なので、 気になってはいてもそんな二人を、静観 していたのだが、 夫がワイシャツに、 口紅をつけて帰って きたら、さすがに、 どうにかしなければならない。 亜弥が、クリーニングにワイシャツを出 したのは、高井が、口紅をつけて帰って きた日の翌朝。その朝に、 亜弥は、まず、日付と時間付きでワイシ ャツの写真を撮り、一番早く出せる、 住んでいるマンションの、フロントに、 クリーニングを出した。 そこで出せば、受付伝票が起票されるが、 その伝票には受付日時と内容が記される。 「とても重要な」 日付と Yシャツ  1点 シミ抜き 1ケ所(右襟、口紅) これを、 大事なアイテムとして、亜弥は、今日、 自分の着ているスーツのポケットに忍ば せている。 それに、この、前日には、 亜弥は、高井が帰宅した時に居たので、 高井が口紅をつけて帰ってきたときに、 出迎えた玄関で、スグに、襟の口紅に 気づいてしまった。でも…、亜弥は笑 顔のまま、表情を変えない。 「お帰りなさい」 「 あぁ 」 「どうぞ、そのまま、  シャワーを…、  疲れもとれますよ」 「 あぁ 」 亜弥は、高井に付き添い、他の部屋には 往かせずに、そのまま、バスルームに向 かわせる。 高井は、そこで、スーツを脱ぎ、ワイシ ャツもそこに脱ぎ捨てる。そして、その まま、バスルームに入った。 亜弥は、日時付きで、バスルームの高井 のシルエットと、脱ぎ捨てられたままの 状態をいじらずに、そのワイシャツの写 真を撮っておく。高井は、シャワーの音 で、洗面室での、亜弥のそんな状況が分 からないままだった。 亜弥は、クリーニングに出したワイシャ ツの前日の状態もちゃんと残しておいた。 だから、 「これは、いつ、の事だ」とか、 「これは、俺の、物じゃない」とか、 云わせない。 そして…、 広報担当としての仕事を利用し、茉由に 近づいて、その様子を探るために、今日 の、この「取材」を考えた。全く、自然 なカンジに、ゴクゴク普通の仕事として、 茉由に近づく。 それに… 亜弥が、茉由と交わした挨拶の中で、 ルージュの事に触れたのはワザトだった。 もし、「ルージュ」と聞いて、 茉由が動揺したら、茉由は、高井のワイ シャツの襟に口紅を残したことを分かっ ているとの可能性が高いし、反応が無か ったら、茉由ではない別の女性か、茉由 が気づいていない事になる。 茉由は反応はしなかった。けれど亜弥は、 茉由の今日の口紅の色を気にする。その 色は、 ワイシャツについている口紅の色と同じ だった。亜弥はそれでも表情を変えない。 茉由が、亜弥のそうした変化に気づかな い様に警戒されないようにする。そして、 その口紅を変えられない様に、そのまま、 写真を撮る。今日の茉由の、口紅の色が、 分かるように。 これを、皆に紹介するために。 これを、写真に残しておくために。 言い訳できない様に… あとは、どの様に、何をして、 口紅がワイシャツについたのか、 だが … 単純に考えれば、先ずは、 その日の行動を追ってみるのが早い。 亜弥は、その日、夫の高井と茉由が、 「一緒に会社を離れた」のを、もう、 知っている。 ここの社員は、毎日、自分の仕事内容の 日報をPCに入力するのでそれを見れば わかる。 それは、社員は共有できるもので、亜弥 も自分の deskの PCで確認がとれる。 あとは、その時に、何をしたのか… だが、 やっておきたいのは、高井と茉由の、 スマホのチェック。そこまでできれば… ところが、 ここで、茉由の天然、天真爛漫さ、 が、でる。 写真を撮り続けるカメラマンの立会いで、 その作業の邪魔にならぬように佇んでい る亜弥に向かって、茉由が無防備に話し かけてきた。 亜弥は、このチャンスを利用する。     「 亜弥さんお疲れ様です。       お茶のご用意を        いたしましょうか?」 「 ありがとうございます      大丈夫です…」      「 なんだか、私、        とても緊張しました。           写真なんて… 」 「 いいえ、  とてもお綺麗に撮れてましたよ、  のちほど、どの写真を使うのか、  ご一緒に、  確認していただきますから   少しお持ちください 」     「 ありがとうございます。      亜弥さんの様に、          華やかなメイクに      すればよかったのですが…」 … メイク?… 亜弥は聞き逃さない。 「 あのぅ …  先ほど、私のルージュを  お褒め戴きましたが、  茉由さんの、  その、上品なお色?   もしかして… 」         「 これですか?」 茉由はキョトン顔で、自分の顎に人差し 指を当てて、唇の色が目立つように口角 をあげる。 亜弥は、胸のポケットから出した、自分 のリップスティックを見せながら、誘導 尋問の様に突っ込みを入れる、 「 はい!たぶん…、  私のと…、一緒ですか?  いま、  このリップスティック、  エングレービング  できますよね!それは…、    何番のお色ですか?」   「 ほんと!一緒ですね、     私は、№91ですけれど、     名前は刻みませんでした。     私、よく、忘れ物するし、     落とし物もするんです、     だから、恥ずかしいし、      …なので、☆だけ2つ、      3つの人も居そうだし…          に、しました 」 茉由は、リップスティックを見せずに指 の数で、サインを出した。きっとここに はないのだろう、実物は見れなかったが、 亜弥は、ちゃんと情報収集はできた。 「そうなんですね、  よく似合って…、  良いお色ですね…」 亜弥は、 柔らかな笑顔のままだった。 けれど、ここからが、 茉由の天然記念物なところで…     「 そぉ…だぁ! 亜弥さん?     『 いちご狩り 』って、     往ったこと有りますか?」 「 はい? えぇ…  随分と前の、もう、  子供の頃、    です、ケレド 」       「 そうなんですね?」            「 ウフフ!」 茉由がニヤニヤしているので、 亜弥は不可思議な感じに包まれる。 この人って… 「 どう、  されたんですか?」      「 実は!あの、GMが、       『 いちご狩り 』に         往ったんです!        ビックリですょね!」 「 えっ!」 亜弥は、キョトンとした。 予測できなかった。 この、人は、この、茉由は、 この、亜弥には理解できない。 「 高井が   ですか? 」   「 そうなんです!あの、     強面の、あの、GMですよ!」 「 はい …」    「 ゼッタイ! 変でしょ!      私、おかしくって、でも、      勤務時間中の事だったし、         誰にも言えなくて…」        「く、く、ぅ、くっ!」 茉由は、必死に笑いをこらえながら、 亜弥ならば分かってもらえると、一緒に、 笑って、もらえると、そう思ったようだ。 でも、亜弥は、笑えない。 「 … … 」 茉由は、まるで楽しかった、遠足?校外 授業?の事を話すようだった。そして、 もっと 亜弥を驚かせる。             「そうそう!GMと一緒に       写真を撮ったので、       亜弥さんに       送っておきますね?        ス・マ・ホ!          貸してください 」 「 エッ?高井と、   一緒の写真 …      ですか?」 茉由はなにも悪ぶれずに手を出して、 亜弥のスマホを預かると自分で撮っ た写真をサクッと、送った。それを 確かめたい亜弥は自分の手に戻った スマホを覗き込む。 「 本当… ですね …   高井と… 一緒の …      写真ですね … 」 亜弥は茉由を前に戦闘モードだったのに、 あれだけ、色々考えて、準備して、ここ に居るのに… これにはもう「モード解除」           する、しか、ない。 … この人って … あの人の、こと、を 「 思って 」いないの?…    「 はい ! そうですよぉ、      送れましたよネ、      これ、どうですぅ?      🍓とGM ! これ、      ゼンゼン!      似合わないですよね!」 亜弥の手に握られたままの、スマホに入 った写真を見ながら、茉由は、また、 屈託なく笑った。亜弥は、その笑顔につ られて、躰から、力が抜ける。 「 フッ … 本当ですね、  ゼンゼン    ニアワナイ … 」 … あの人は、こんな、   この人のことを、      判っているの … 亜弥は茉由のことを何も判ってはいなか った。自分よりも3つ年上だけど、この 人は、「大人の女」じゃ…ない、ように 感じる。 ちなみに亜弥は、用心深いから、外に持 ち出すスマホやタブレットに写真を入れ たままにはしない。 だから、いま、茉由のスマホにこの写真 が入ったままになる事も気になる。 これを、亜弥はどうするのだろう…   「 ウフッ!そうですよね!     それに、私たち、     勤務時間中に、     往っちゃったんです!     だから、皆にはダメですよ、     怒られちゃいますから!     でも…、それでも、     私、あんまりおかしくって、     この『 証拠写真 』     誰かに見せたくなっちゃっ     たんですケレド、やっぱり、     亜弥さんにしか、       見せられませんから!」 「… そうですネ!高井の …  イメージが壊れちゃうから、    ヒミツにしましょう、ね …」 そして… 亜弥は、茉由がちゃんと聞き分けられる ように、穏やかな表情で、茉由の顔を覗 き込み、 ゆっくりとした口調で、茉由を説得する。 「それに… 茉由さん、  やはり、これは、  もし、  茉由さんが、スマホを、  どこかに、  置き忘れたり、したら …  茉由さん、も、  困る事、に、     なりませんか?」 亜弥は、とっさに、この写真が広まるの を恐れた。それは、高井の為でもあるし、 ここでの、本社での、自分の立場の為で もある。 この亜弥の言葉に … 茉由は、ハッと目を大きくして驚いた。 確かに、自分は、よく、モノを置き忘れ たりするし … それに… それだけじゃない、 茉由がこんなに驚きをみせたのには… この亜弥の言葉で、自分の、愚かさに 気づかされたから … 亜弥はここ、「 本社 」での事を心配し、 茉由は「 自宅 」での事を心配する … 茉由が、このところ、とくに、心配して いた、気にしていた、夫の不気味な行動。 茉由の留守中に、茉由の物を、勝手に、 弄っていることがあったのに… これは … 迂闊だった。 もし、茉由がスマホを、家に置いたまま 出かけてしまったら、その留守中に、 夫は、茉由のスマホを見るかもしれない、 賢い夫は、 茉由のスマホの画面ロックも解除できる かもしれない … 茉由は、背中がゾクゾクっとした。この 写真がスマホに残っていることに、不安 が大きくなる。    「 そうですね …      私、ドジだから、      よく、スマホ、      置き忘れる し …      これは、不用心でした。      亜弥さんに教えて頂いて、      良かったです。私、      この写真、今、消します 」 茉由は、亜弥が見守る中で、この写真を 削除した。亜弥は、安堵した。 「 ふぅ~」っと小さく息を吐く。 茉由は、また、ヌケテいる。 この時、 亜弥のスマホに、写真が残った事に は、気が回らないままだった。 ここでは… 全く違う事を考えているのに、 この、二人は、同じ笑顔になった。 … この人は、あの人を、 「 男 」として、  みて、いないの ?    でも、あの人は … 亜弥はここではポケットのアイテムを 最後まで出さなかった。 でも… 亜弥は、まだ、気が済まない。まだ 納得できない事がある。 … あんなに、   無邪気に話していたけど、     じゃぁ、なんで、襟に … 亜弥はこの日の夜、 夕食後にリビングでくつろいでいる、 高井に、珈琲を出して … そのまま隣に座り、その横顔に、 ストレートに問いただした。 「 … 先日、  貴方のワイシャツの襟に  口紅がついていたので、  クリーニングに出しましたが … 」 ... 時間は戻って、この日の夕方、 茉由は、lunchの時に、咲から、親知ら ずの事を言われたものだから、なんだか、 気になって、痛み出さない様に、静かに 歩きながら、 今日も、本社から真っすぐに帰宅した。       「 あれ ? いない … 」 家の前には今朝まで何度も停まっていた、 なんだか、ずっと、気になっていた、 白い車は、いつの間にか、消えていた。        「 気のせい ? 」 茉由は首を傾げ、思い出したように、 頬に手を当てて、親知らずの状態を確か めると家へ入っていった。 でも … 今朝まで白い車が停車していた同じ場所 には、黒いワゴン車が停まっている … それに、心配なのは、あっちも … あの日、佐々木の母は咲の処を出てから、 スーツケースを転がしてどこに行ったの だろう …
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