3人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章 白と黒が交わり、
「おい、着いたぞ」
でっぷりと太った雇い主が私たちに呼びかける。
数人、怯えきった瞳をして牢屋の隅で震えているのは年端もいかない少女たちだ。
きっと、これが初めての仕事なのだろう。
怖くて当たり前だ。
だってここは、戦場なのだから。
血の匂いと土埃の狭間に、戦場に生命を賭する戦士たち。
そんな必死で生き抜こうとする男たちの執念が、虚しくもその命を散らしてしまった男たちの思いが、とてつもなく大きな熱量となって私たちに襲いかかってくるのだ。
とはいえ。
それは、こちらとて同じこと。
私は袂から紅を取り出し、唇に弧を描いた。
艶やかに、耽美に。
貴き生命さえも、この肉欲の前ではなんと無力なことであるか。
私はそのことについて、身を持って知っていた。
故に、涼し気な顔で微笑んで魅せた。
自らをこれ以上ない程に美しく、艶めかしく、在る為に。
そうして、私もまた数々の兵士たちと同じように、生きていくためだけ、たったそれだけのために一足を踏み出した。
牢屋という陳腐な控え室から降りると、そこはもう舞台だ。
私たち娼婦が主役の舞台なのだ。
夕暮れ時、男たちが野営の準備を始める中、私たちは雇い主である商人の後に続く。
男たちの欲望に染まった眼差しが私たちを捕らえるも、私たちは決してここから逃げられはしない。
無論、逃げるつもりも毛頭ないけれど。
彼らの囁き声が私たちを歓迎する証だ。
「おい、今回は上玉ばかりだぜ」
「大将のおこぼれになるだろうけどな」
「……にしても、あの白い髪の女はなんだ?」
「異国の奴だろうよ」
「捕虜にされたところを、身体でも開いて命乞いしたんだろうな」
がはがはと下品な笑いが、白い髪を持つ私に向かって投げられる。
そんな言葉で私が傷つくとでも思っているのだろうか。
だとしたら、滑稽である。
私は、私の容姿を笑う者たちに視線を向けた。
ごくりと、男の喉が鳴る音が聞こえた。
「私、白雪と申しますの。もしお相手していただける機会がございましたら、どうぞ優しくお願いいたしますね」
どこを見ているのか分からないと評される、薄青の瞳を細めた。
すると、彼らはまるで手の平を返したみたいに、へらへらと照れ出した。
なんと、御しやすい男たちだ。
呆れた失笑を心のうちに留める。
彼等は既に、私の毒牙にかかっていた。
生かすも殺すも、私次第だ。
最初のコメントを投稿しよう!