2. チームメイトは同い年

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2. チームメイトは同い年

 まって。まってまってまって。  場所は東京の某ホテルの会場。時刻は朝の九時。  天井が高くて、しかも人がいっぱいいる部屋に案内され、わたしはものすごいパニックに陥った。  知らない人、人、人……! しかも、高校生や大学生の男性がほとんど!  まあまあ小学生とか同年代の子もいるけど、女子は少数派だ。  パパはそんなオソロシイ場所に、 「じゃあ、五時に迎えに来るね」 とかいって娘を置き去りにし、仕事に行ってしまった。  このシチュエーション、人見知りにはかなりキツいんですけど……。  あー、昨日徹夜でパパの会社のホームページを手伝ってあげたのに、こんな目にあわせるなんて許せない! データも消してやる!  そう思って一人でうなずいていると、 「ねぇ、キミ、朝宮つむぎさん? ドーナッツフォールの」  声をかけられてハッと顔を上げると、ポロシャツを着たラフな格好のおじさんが笑いかけているのが目に入った。  あれ、この人なんか見たことある……。 「あ、ああ、もしかして。増崎さんですか?」 「覚えててくれたんだ。うれしいよ。今日はキミも参加とあって、楽しみにしていたんだ。期待の大型新人だからね。いや、新人でもないか」 「あ、いや、わたしなんか、その……」  一年前にわたしが『ドーナッツフォール』というゲームアプリをコンテストに応募し、そのとき、選考委員代表として話していた人だ。  知らない人でもないのに、いきなり褒められて、どう答えていいかわからずにあたふたしてしまう。  そんなわたしを見かねて、増崎さんは優しく笑い、 「まあ、そう固くならないで。――あ、そうだ。キミのほかにももう一人期待してる子がいてね。キミも刺激を受けるんじゃないかな」 「もう一人?」 「そう。……ああ、もう始まるみたいだね。そろそろ席に着いたほうがいいんじゃないかな」 「あ。そ、そうします」  わたしは頭を下げてから、あの資料に書いてあった席を急いで探してすわった。  その席は、ステージ側の一番右端のテーブルで、Iと書いてある札が立っており、どうやらIチームみたいだ。  荷物を床に置いて、白いスカートのしわをひろげてから、恐る恐る目を上げてテーブルの仲間を確認する。  至近距離で初対面の人とあいさつするのはかなり苦手。  でもそこにはほかにも空席があるのに、なぜか反対側に突っ伏して寝ている男の子だけで、なんとわたしを含めて二人しかいなかったの!  勇気を出してほかのテーブルも遠目で見てみると、どこも4、5人の人が楽しそうに談笑している。  な、なぜこんなことに……? 「さぁ、お待たせしました。今回はなんと45名の将来有望な二十歳以下のプログラマーのみなさんにお集まりいただきました。それでは定時となりましたので、『U20 アプリ共同開発プロジェクト』を始めさせていただきます。まず開会をもちまして、主催者の増崎よりプロジェクトの趣旨、ならびに今後のスケジュールについてお話させていただきます」  九時十分、司会者の人が会場にそう呼び掛けて、会が始まった。  登壇したのは先ほどの増崎さんだ。  横に控えるスタッフさんもみんな軽装なのは、さすがIT系の人たちといった感じがする。 「よくぞお集まりいただきました。このプロジェクトは私の所属する八の字株式会社の社会事業の一環でして、世界の未来を担う若い人材を育てるお手伝いをさせていただく目的で、2005年から毎年行っています。しかも例年、頭の凝り固まった大人を驚かせる、アイディア溢れる作品が生まれております。今年も我々はこの日をたいへん楽しみにしておりました。  さてさて趣旨説明はこのくらいにして、今回のチーム分けですが、事前のアンケートをもとに、技術のレベルが均等になるように割り振らせて頂きました。実は今回、数々のコンテストで賞を取っている子が二人も参加してくれましたので、特別にその二人でチームになっていただきました。みなさん、ぜひ打倒Iチームを目指して頑張ってください。勝負のプレゼンの日は一月十日! さあ、優勝するのはどのチームかな」  そう力強く一気にまくしたてると、増崎さんはパラパラとおこった拍手に見送られてステージから降りた。  へー、チームIって、どこの……。 「あ、」  わ、わたしのチームじゃん!  見れば、ほかのテーブルから興味津々な目線をこれでもかと向けられていて、わたしは思わず首を縮めた。  うわー、やめてよ。めちゃくちゃハードル上がったって。  しかも、このチーム二人だよ? 多勢に無勢だよぉ……。  頭痛のしそうな感じさえしてきて、絶望した気持ちで正面を向くと、なんとすでに起き上がっていたチームメイトとバッチリ目が合ってしまったの! 「うわわっ。あ、あ、えっと……」 「……あの、自己紹介まだだったよね? ボクは一条檜(いちじょうかい)です。よろしく」  めちゃくちゃ美青年!  それが第一印象だった。同じチームだったのは、年の近い男の子のようで、なんと、優しくほほえみかけてくれている。  髪はグレーがかった白で、顔立ちがどこかハーフっぽい。服装はシンプルな黒いパーカーだけど、そのコントラストが芸術品みたいだった。  ええっと、わたしにあいさつしてくれているんだよね? じゃあ、あいさつを返さないと……! 「あ、あの、朝宮つむぎです。中学校二年生です。よ、よろしく」 「へぇ、驚いたな。もう一人の人はてっきり男子かと思っていたのに、同い年の女子だったとは。朝宮さんも、受賞経験あるんだ?」  話し方はフレンドリーだけど、なんだか、自身に満ち溢れているような感じがする。  わたしとは正反対だな……。 「あ、うん。まだまだ学ばなきゃいけないことはたくさんあるけどね。ええっと、一条くんはいままでどんな作品を作ってきたの?」 「――あ、一条くんか。そうだった、まだ慣れないな」  突然一条くんは、頭に手を当ててあちゃーという表情をした。  え、一条くんだよね? 「あの、なにか違った?」 「いや、それであってるよ。でもボク、日本に昨日帰って来たばかりで、日本の苗字がいまいちピンとこないんだよね。なにしろ一年ぶりだし」 「海外にいたの?」 「うん、そう。アメリカでプログラミングとかに力をいれてるボーディングスクールに留学してた。ま、いろいろ学べたのはよかったけど、日本語が結構危うくなってて、帰国1週間前に慌てて練習しなおしたんだ。ちなみに父がフィンランド人で、母が日本人。これ、地毛ね」  そう言って一条君は美しい髪の毛をつまんでみせた。  いいな。日本だと珍しい髪色だし、動くたびにきらきらしてて憧れる。 「髪、すごい綺麗だね」 「はははっ、ありがとう。朝宮さんは、可愛いね」 「……!」  か、可愛い?  人生で初めて、しかもこんなカッコいい人に可愛いと言われるとは!  わたしは顔が真っ赤になりそうだったので、急いでほかのことを考えて気を紛らわせた。  一方、爆弾級の言葉を放った張本人はひょうひょうとして、 「朝宮さんも、地毛なの?」  ……ん?  あ、もしかして、わたしが一条くんの髪を綺麗って褒めたから、お返しに髪色が可愛いって褒めてくれたのかな。  考えれば考えるほどその可能性が高まってきて、頭がパンクしそうになる。  は、はずかしー! 勘違いもいいとこだよ。 「あははは、そう、これ地毛。同じだねー」  もはや、やけくそみたいになって無理やり笑顔を浮かべた。  まあでも、盛大に勘違いしちゃったせいで、緊張がどっかに吹き飛んじゃったからよかった、のかも……。 「あ、そうだ。せっかく同じチームなんだし、ボクが慣れてないこともあるから、お互い下の名前で呼ばない?」  ええええ、いきなり名前呼び!?  混乱するわたしをよそに、一条くんは天使みたいな笑顔をうかべると、 「決まりだね! じゃ、つむぎちゃん。なんかあっちにワークシートを取りに行くみたいだから、ボクが行っていいかな」 「あ……、お、お願いします。カイくん……」  わたしの言葉を聞き終えると、一条くん改めカイくんは、満足そうに向こうに歩いていってしまった。  対して、残されたわたしは顔がついに真っ赤になって、ぷしゅーと机に突っ伏してしまう。  よ、呼んじゃったよ……。男子の名前を呼ぶなんて心臓に悪すぎる。  確かに、中学以前までは榊のこと下の名前で呼んでたけど、そういうテンションじゃない。もっとなんか、くすぐったいようなそんな感じ。  わたしはカイくんが戻ってくるまでに頭を冷やすため、元から置いてあった水のグラスを額に押し当てて目をつぶった。  ひんやりしてて、気持ちいい……。 「――あれ? どうしたの。それ、なんかのおまじない?」 「え? あああ、そうじゃなくて!」  ちょうど戻って来たカイくんがおかしそうに話しかけてきたので、わたしは目をすぐに開けて、すごい勢いでグラスを机に置いた。  そのままグラスの水がわたしにバシャッと降りかかる。  あぁ、いまここで消えてしまいたい……。 「はははははっ、おもしろっ」 「うぅ……、そんなに笑う?」  結構傷付くんですけど。  でも、すねた表情のわたしにおかまいなく、着席したカイくんはめちゃくちゃ大笑いして、 「いやー、うん、コントみたいだった。まあ、でも困ってるのに笑ってごめん。あんまりそう思ってないけど」 「……」  こ、この人、結構いじわるだ……!  こっちは結構はずかしいし、落ち込んでいるんですけど?  そう心の中で悪態をつきながら、ジト目でカイくんを睨みつけていると、 「ほら、そんなに怒らないで? おわびといったらなんだけど」  そう言ってカイくんは黒パーカーから白い綺麗なハンカチを取り出して、机を綺麗に拭いてくれた。 「服はどうしようもないから……、うーん。ま、ちょっと大きいけど」  言うが早いか、カイくんはなんと自分のパーカーを脱ぎだしたの! 「え、ちょ、ちょっと、それは――」 「大丈夫。中に普通の白いTシャツ着てるし。濡れたままだと、冷えるよ?」 「えええ? でも、なんというか……」 「――ほら、これでよし。いいね、似合ってる!」  驚くほどの早業で、わたしは無理やり黒パーカーを着せられてしまった。  まあ、黒いパーカーに白いスカートが出てる感じだからおかしくはないんだけど、問題はそこじゃない。  だって、だ、男子から服を貸してもらうって、どうなの!?  ふわっとパーカーからシトラスの香が漂ってきて、余計に頬が紅潮する。  このイケメン、匂いまで完璧って、羨ましすぎるんですけど。  それはともかく、お礼を言わなくちゃと思って前を向くと、 「あ……」  ハッとした。  息をのむって、きっとこういうことなんだ。  照明の光を受けてきらきらと輝く白い髪に、真っ白なTシャツ。  ただそれだけなのに、もうなんというか、さっきより天使感が増している。  もはや、カイくんの周りにだけ光がさしてるんじゃないかと思うほどだ。 「ん? どうしたの?」 「あ、いや、ありがとうって、言おうと思って……」  不思議そうな顔で見つめられるだけで、ドギマギしてしまう。 「いやいや、そんなものでいいなら気にしないで。――じゃ、さっそくだけど、イマージマップにとりかかろっか」 「アプリの?」 「そう。この紙にアイディアを書いていくみたいなんだけど……」  そう言ってカイくんが机に一枚の紙を置いた。  イメージマップっていうのは真ん中に何か主題をおいて、そこからあちこちに線を引き、関連する語句を書いていくものだよ。  こうすることで斬新なアイディアが生まれたり、新たな視点を発見出来たりするの。  カイくんは一緒に借りてきたと思われるボールペンをクルクル回して、 「真ん中の丸は、アプリって書いていい?」 「あ、うん。それが定石だと思う」  わたしがうなずいて、カイくんが真ん中の丸に『アプリ』と書き込む。  カイくんの字はしっかりしてて、お手本みたいなんだ。 「字、綺麗だね。でも、一年間書いてなかったのによく書けるね」 「あぁ、いや、向こうでも書道の教室があって、そこで週一回習ってたんだよ。日本語を忘れないためにね」 「一年間で忘れちゃうものなの?」 「うーん、人による。留学しても、ほかの日本人とつるんでるヤツは忘れないと思うよ。でもその分英語は上達しないけど。ボクの学校は日本人がボクだけだったから、必死で慣れない英語で話すしかなかったんだ。書道を習ってなかったら、今こうして書けてないかもしれないね」 「へぇ……」  そういうものなんだ。  身の回りに留学した子がいないから、そういう話を聞くのはおもしろい。  自分の知らないことって、すっごくワクワクする。 「じゃあ、もう一つペンがあるから、つむぎちゃんも書いてくれる?」 「あ、わかった」  そう言ってボールペンを受け取ると、しばらく二人とも無言で書き込んでいった。  それからしばらくして、 「そろそろ十二時となりましたので、みなさんいったん休憩なさってください。また、食べ終わった方からお好きなタイミングで再開してくださってかまいません。このあとは終了時間までアナウンスはいたしませんので、お配りした紙に沿って、各チームで進めてください。それでは、お疲れさまでした」  司会の人が聞き取りやすい声で案内をして、会はいったんお昼休憩ということになった。  ほかのテーブルの人はその場でお弁当を食べたり、外食にチームで行っている人達もいる。 「つむぎちゃんはお弁当?」  お弁当をリュックの中からひっぱり出したわたしを見て、カイくんが声をかけてくる。 「うん、ママが作ってくれたの。えと、カ、カイくんは……?」  よし、言えた。えらいぞ、わたし! 「ボクもだよ、ちょっと量少な目だけど」  そう言って紺色のお弁当箱を取り出し、パカッとフタを開けた。 「わぁ……」  それはたこさんウインナーに卵焼き、お花型のかまぼこなどが並んでいて、すっごく可愛いお弁当だったの。 「すごい! お花畑みたいだね。お母さん、上手だね」 「――あ、いや、ボクが作ったんだ」 「えっ、今日、結構朝早かったのに。自分で作ったの!?」  イケメンって、何でもできるんだなぁ。対して、わたしは……。  よくわかんないけど、なんだか無性に落ち込んでしまった。 「まあ、見様見真似で、あんまり人に見せられるものでもないけど」 「いやいや、十分すごいって。この、卵焼きとかもおいしそうだし」 「そう? じゃあ、食べる?」 「えっ」  それはなんというか、いろいろしてもらい過ぎて申し訳ないんだけど……。 「この箸、まだ使ってないからいいよね。ほら、」 「あ、いや、その――」  あわあわしていると、タイミングよく口に突っ込まれる。  これじゃあ、動物園の餌やりだよ。  でも、口に入れられてしまったものは仕方ないので、せっかくだしもぐもぐといただいてみる。 「……すごい。おいしい」 「ホント? ありがとう。人に食べてもらったことないから、正直、まずいって言われたらどうしようかと思ってた」 「まずいは、さすがに言わないって」 「それもそうだね。あ、じゃあ、お礼につむぎちゃんの卵焼きもちょうだい?」  お礼って、普通自分で要求するものなの?  まあでも、ここは気前よくお返ししたほうがいいよね。  そう思ってピンクのお弁当箱をずいっとカイくんの方に寄せる。 「どうぞ」 「あ、なんだ、食べさせてくれないのか」 「え、えええ?」  わたしに食べさせろと? いやいや、ムリムリ。 「自分で食べてさい……」 「えー、そっか。まあ、冗談だよ。じゃ、遠慮なくいただきます」  そう言ってお箸で卵焼きをつまむと、口にぽいっと放りこんだ。  しばらくもぐもぐと口を動かしてから、こっちをびっくりしたように見て、 「え、めちゃくちゃおいしいじゃん! 今まで食べた中で一番おいしい」 「それはよかった」  まあ、ママが作った卵焼きなんだけどね。  自分で作っていたら、おいしいって言われてうれしいんだろうな。  わたしも早起きして自分で作ればよかった。  あ、でも、そもそも料理つくれないんだった……。  また若干しょんぼりしてしまったが、気を取り直して提案してみる。 「あ、あのさ。イメージマップの中から、使えそうなアイディアを抽出してみない?」 「あ、いいよ。時間の有効活用になるし」  了承を得たのでさっそく気になった単語を指さす。 「これ……、日本の伝統って、例えばどんな感じ?」 「あー、それは何となく考えてみただけだけど。でも、せっかく日本にいるわけだし、なにか和を生かしたアプリを作れば、海外の人とかにも興味を持ってもらえるかなって」  さすが、帰国子女。発想が世界に開いてる。  その説明を聞いて、わたしの頭の中にもくもくとイメージが広がっていく。 「あ、それだったらさ、アプリを使うのは若い人が多いし、日本の若者にも改めて伝統文化のよさを発見してもらえるかもね」 「そう! そうなんだよ。綺麗に作れば、教育現場とかでも使ってもらえるかもしれない。国語の授業とか」 「いいね。これをベースに進めてこうよ!」  霧が晴れて道がだんだん見えてきた感じ。  なんか楽しいな。  普段誰かと作ることはないから、話し合いで構想を広げていくこともない。でも、今回カイくんと一緒に作り始めてみて、なんだかいつも以上にワクワクする。しかも、同じ世界で活躍している子と相談できるから、いろいろわかってもらえるし、進むスピードもすごく速い。  新しいステージを発見したような、そんな感じだ。 「でもまだ抽象的だな。ほかに混ぜられるものはない?」 「混ぜられるものって?」 「ああ、たとえばこの、カーレースゲームとか。こういうのって一見日本の伝統文化には関係なさそうだけど、でも奇抜でおもしろい。ボクだったら……、そうだね。レースはレースでも、観光名所が舞台のレースとかね」 「なるほど! 東京だったら、スカイツリーとか雷門とか。そこをレースするんだね。おもしろそう。あ、東京だけじゃじゃなくて、都道府県それぞれがレース会場で、コンプリートを目指してもらうのもありかも」 「しかもゲームの中だから、何でもやろうと思えばできる。例えば、あまり車で通らないとこ……、荒川の中を通過するとか、鎌倉の小町通を走り抜けるとか。車体も、お寿司型とか、人力車とか」  おもしろそう! って思ったけど、そこでわたしはあることに気付いた。 「んー、でもまって。グラフィックとか凄い大変そう。わたし、絵はあんまり描けないから力になれないかも」 「そっか。ボクもそこまで得意じゃないよ。平面図形をパソコン上で処理することはよくあるけど、さすがにお寿司を図形と同じように描くのは違うしなぁ。かと言って写真を張り付けるのは安っぽいし、そこのところは考慮しないといけないみたいだね」  そう、考えるだけならタダだけど、それを実現させるのは結構大変なの。  だから、自分たちの力とかをしっかり把握するのがとっても重要。  人の力を借りられる場合もあるけど、そのときはしっかり期限とかイメージを明確にする必要があって、いろいろ大変。友達ならまだしも、プロに頼むときはお金が発生するからより厄介なんだ。もちろん、しっかりとしたアプリを仕事で作るときはプロに頼むのがいいと思うんだけどね。  わたしたちは別に仕事じゃないし、趣味だから、できるだけ自力でどうにかしたいところ。  わたしは少し残念に思いつつも、さっきまで頭の中に描いていた綺麗な街並みを走り抜ける車のイメージを消した。 「……じゃあ、カイくん。できるだけ文字とか図形中心でなんとかなる作品にしよっか。無理してイラストかいても、ぼろが出そうだよね」  はぁーっ、とため息をつきながらカイくんに目をやると、なんと彼は、がっかりするどころが嬉しそうに笑っていたの! 「な、なんで、そんなに笑顔なの?」 「いや、だってつむぎちゃん、ボクに自然に話してくれるようになったでしょ。もう慣れた?」  言われてみれば、もうだいぶ緊張しなくなったかも。 「慣れた……はよくわかんない。プログラミングの話をしてるからあんまり緊張しないのかも」  得意分野の話だと、するする言葉が出てくるってことはよくあるよね。  わたしがあんまりパッとしない答え方をしたにもかかわらず、カイくんは柔らかく微笑んで、 「そっか、じゃあ、あともうちょっとってとこだね!」  にっこりとガッツポーズをされた。わたしはいまいちついていけなかったけど、なにはともあれ喜んでくれてよかった、かな。  でも、カイくんってすごいボジティブな人だなぁ。  わたしはよく人から言われたことに対して否定的に捉えがちだから、もっと明るくすんなり受け取ってもいいのかも。そしたら、カイくんやハルみたいに、みんなと分け隔てなく話せる人になれるかもしれない。  それからイメージマップを綺麗に並べたり、日本の伝統文化についてパソコンで調べたりして多少の方向性が見えてきたところで、五時になってしまった。 「五時になりました。区切りのいいチームから片づけをして、増崎に進行状況の報告をし、それが終わり次第解散してください。次に集まるのは本番の一月十日です。それまでにアプリを完成させていただきますが、スタッフに相談したい場合は、八の字株式会社の社会事業部にメールでご相談ください。今日は本当にありがとうございました。みなさんの作品を楽しみにしております」  このアナウンスを聞き終えると同時に、わたしはぐっと伸びをした。 「あー、あっという間だったね。疲れたー、でも楽しかった」 「ボクも。こんなに頭を使ったのは久しぶりかもしれない。でもやっぱり、アイディアを出すのが一番疲れる。ボク、こういうのちょっと苦手なんだ」  へぇ、カイくんにも苦手なことはあるんだ。それにしては結構アイディアが出てたけど……あ、苦手のレベルが違うのか。  また暗い気分になりかけたところでハッとして、わたしは首を横に振った。  違う違う。ポジティブに考えなくちゃ!  優秀な人にも、苦手ことがある。はい、これでよし。  わたしは気を取り直して話を続けた。 「確かに疲れるよね。けど、逆にわたしは一番構想を練る時が好きだなぁ。作ってる時もたしかに楽しいけど、よく途中で心が折れるよ……」 「そうだね、それは同感。でも、できた時が一番うれしい。誰かが褒めてくれればなおさら、ね」 「あー……、やっぱりわたしも出来上がったときかな。アイディア段階はその次。その瞬間は格別だから」  やっぱり理解してくれる人がいるのって嬉しい。  増崎さんが、刺激を受けると言っていた意味がよくわかった。  プログラミングって基本的に一人相撲かと思ってたんだけど、こういうチーム戦も結構いいなって、今日は勉強になった。  「じゃあ、つむぎちゃん、増崎さんのところに行こっか」 「そうだね、えっと、見せるのは最後にまとめた紙でいいよね?」 「たぶんそうだけど、一応いままでのイメージマップとかメモ書きも用紙しておいて。必要かもしれない」 「どうして?」 「ボクたちの見落としているところを大人の目線で見つけてもらえるかもしれないから。しかも、あの人は審査員だし、なにかいいヒントがもらえると思うよ。全部で四枚くらいだから、そこまで負担はかけないし」 「ああ、確かに。わかった、持っていくね」  帰りの準備をして、もう一度忘れ物がないかを確認すると、ステージの横にいた増崎さんに全ての資料をお渡しした。  増崎さんは黒ぶちのメガネをかけ、資料をゆっくりと丁寧に読んで、しばらくしてから顔を上げた。 「いいね、さすが君たちだ。既存のものの模倣に走らない、新しいものを開拓していく姿勢は感心するよ。この、日本の観光名所カーレースはやめたのかい?」  増崎さんが二枚目の資料を指して質問する。  すると、すぐにカイくんが、 「はい。二人の力だけでは綺麗なグラフィックを描くのは無理だと思い、断念しました。しかし、日本のよさを生かすという方向性は変えていません」 「なるほど……。だが、昔のゲームのようにドット絵でもよかったんじゃないか。それなら普通のイラストより描きやすいし、昭和レトロな感じもしていいと思う。別に、みやびな和風のものだけが日本文化じゃないからね。まあ、ザ・和風ってほうがわかりやすいが」  あー、たしかにその選択肢もあったな、と若干悔しくなった。  でもやっぱりカイくんの言う通り、全ての資料を持ってきてよかった。  ここで得たアドバイスは全部を活用しなくても、きっとどこかで助けてくれるかもしれない。とにかく、いろいろな視野があるのはいいことだし。 「まあまあ、とにかくお疲れ様。君たちIチームには期待してるからね」  増崎さんが資料をわたしに返して、パンパンと二人の肩をたたいた。  すると、ふとわたしは思い出して、 「あの、そういえば、なんでステージ上であんなプレッシャーをかけるようなことをおっしゃったんですか」 「ああ、それね。まあ、期待してるのは事実だし、それにちょっとくらい危機感があったほうがいいものが作れると思ってさ。二人はなんだかんだいって完成させそうだけど、それだけで終わりっていうのは、ちょっと二人の成長につながらないかなって」 「……そういうことだったんですね」  わたしたちのことをしっかりと考えていてくれたんだと、ありがたい気持ちになった。  けど、 「――場を盛り上げたくて口から出ちゃった分もあるけど……」  ……ん? なんか今、ぶち壊しにするようなことを聞いたような。  まあ、まさかね。 「とにかく、期待してるから。ほらほら帰宅帰宅!」  最後はかなり適当にあしらわれて、わたしたちは流れのままに会場から外に出されてしまった。 「じゃ、ボクは電車だから。あ、そうだ。最後につむぎちゃんのアカウント、メッセージアプリに登録していい?」 「あ、うん。なにかとお世話になると思うし」  お互いのスマートフォンをかざしてQRコードを読み取る。  数秒後、画面にぴょこんと、何か大きな大木のアイコンが追加された。 「これ……、何の木?」 「(ひのき)。でも、音読みはカイって言うんだ。ボクの名前の漢字。つむぎちゃんのは……、猫のイラスト?」 「そうだよ。あれ、知らないかな。のらり・クラリスっていうの。ノラ猫だけど、近所の人々に可愛がられすぎてのんびり屋になっちゃって、のらり・クラリスって呼ばれ始めた、っていう設定のキャラクター」 「最近のキャラクターなら知らないよ。ていうか、シュールだな。しかも駄洒落なんだ」 「しゅーる……まあ、言われてみればそうだね。でもかわいいでしょ、画風もほんわかしてて」 「確かに。なんか、つむぎちゃんと似てる」 「え!? そ、そうかな」  かわいいって紹介したキャラクターに似てるって言われちゃった!  お、落ち着け、つむぎ。別にあなたは、かわいいって言われてないから。  また勘違いしそうになったけど、ぎりぎり平常心でいられた。  もう、カイくんってほんと危険な人だ……。 「じゃあ、そういうことで。また今度、バイバイ」 「うん、またね!」  お互いに手を振って、カイくんは信号を渡って行ってしまった。  わたしはしばらくその後ろ姿を眺めてから、パパにメッセージを送って、ふぅと息をはいた。  いろんなことがあったけど、カイくんと仲良くなれてよかったな。  わたしはもう一度ヒノキのアイコンを見つめて、ふふっと一人笑いをうかべた。 「あれ、お前、今帰り? なんかあった?」  パパに家の前で降ろされて車を見送ったあと、ちょうど部活帰りの榊に出会った。パパはもう少し仕事をしてから帰宅するらしい。 「あ、榊。うん、プログラミング関係でプロジェクトに参加してきた」 「相変わらずプログラミング三昧だな。文字の羅列を作るのって、そんなに楽しいわけ?」 「楽しいよ。作ろうと思えばどんなものでも作れちゃうんだよ!」 「へぇ。じゃあ、昔の人物を蘇らせるとかできる?」 「う……、それは難しいかもしれないけど不可能じゃないよ! そういう映画とかってあったよね。そのためのシステム作りとかは、プログラミングが欠かせないと思う。コンピューターに命令しなくちゃいけないから」 「命令?」 「そう。でもコンピューターは英語も日本語も話さない。0と1の組み合わせ、つまり機械語の文を理解するの。でもそれはめちゃめちゃ長かったりして、覚えるのも入力するのも大変だから、より人にわかりやすくしたプログラミング言語を使うんだ」 「コンピューターはそのプログラミング言語も理解すんの?」 「うんん、それはしない。正確にはコンパイラーっていう通訳さんみたいなのがいるの。コンパイラーが、コンピューターに翻訳してくれてるわけ」 「そんなのあんのか、ちょっとそれは面白いかも。それに、なんか現実世界みたいだな」  確かに、言われてみればそうかも。  社長がいて、通訳さんがいて、日本語がわからない社員さんがいる。  いままで考えたことなかったけど、ミクロの会社みたいで楽しい。  しかも、機械と間接的におしゃべりしてるなんてちょっと不思議じゃない?  そう考えると、愛用のパソコンがなんだか意思を持っているようで、変な感じがした。 「まぁ、楽しそうでなによりだよ」 「うん。あ、そうだ。榊はどうだったの、軽音部」  榊は洋楽好きが高じて軽音部に入部し、そこでギターをやっている。でも本当はベースやドラム、キーボードまでできるらしい。まったく、どんだけ万能なんだか。  そういう点では、カイくんに似てるかな。  でも、性格は天使と悪魔って感じで正反対だけどね。 「あー、ま、普通。今は特に大会も近くねぇし、それぞれバンドの自主練がメインって感じ」 「そっか。あんまりやりがいがないのね」  だてに幼馴染じゃないから、榊が楽しいか楽しくないかはだいたいわかる。  今の榊は目があんまり輝いてなくて、どちらかというと退屈そうだ。 「なんか、自己喪失感が凄い」 「じこそうしつ?」 「そ。五月の演奏会までは結構波に乗っている感じだったのに、なんか今は張り合いがなくて、何のために今を生きているんだろうって気になる。あー、なんでかなぁ」  そういって、榊は自分で髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。  すごくむしゃくしゃしているみたいだ。  でも、自己喪失ってことは、自分のアイデンティティーだったり、力を発揮できたりする場を見失っちゃったってことだよね。 「――じゃ、探そうよ!」 「は? 何を探すんだよ」 「だーかーら、新しい自分を探すの。できることが増えるって楽しいし、のちのち役に立つよ。ねぇ、なんか始めてみたいこととかないの?」 「始めてみたいこと……?」  榊は整った顔をしかめて、わたしの言葉を反復した。  わたしは勢いそのままに提案してみる。 「うーんと、そうね……、プログラミングは?」 「却下。お前みたいなヤツにはなりたくない」 「え、ちょっとどういう意味よ!」 「徹夜して学校に遅刻するヤツってこと」 「うぐ……。あ、あれは未遂! 遅刻したことは一度もないよ」 「オレのおかげでな」 「もう、真剣に考えてるんだから! もういいっ、心配してあげないっ」  あー、真面目に付き合ってあげたのにバカみたい。  そう怒って帰ろうとすると、 「――へー、心配してくれたんだ?」 と、榊がニヤニヤ笑って近づいてきた。  これは絶対からかってるときの顔だ。 「ちょ、調子のらないでよね! ていうか、もうそろそろ本当に帰るから!」 「あっそ。どーぞ、ご帰宅ください」  榊はうるさい虫を追い払うように、手をしっしっと動かしてみせた。  ホント、失礼なヤツ!  わたしはムカムカしながら家のドアに手をかけた。  すると、 「――あ」  そう後ろから声がしたのでイライラしつつ、今度は何事かと振り返ると、 「お前、そんなパーカー持ってたっけ?」 「えっ?」  慌てて自分の格好を見下ろすと、なんとカイくんの黒いパーカーを借りたまま帰ってきてしまったことを思い出したの!  なんだかすごく情けないし、借りることになった経緯を話したら、絶対榊に軽蔑されるよね?  あたふたと困っているわたしを見て、なぜか榊は徐々に目を細めて、 「それ、『Brendan』っていう結構有名な海外ブランドのロゴが入ってんだけど、お前、絶対そういうとこで買わないよな。しかも――」  あわわわ! ごまかさないと!  そう思ったわたしは榊の声を遮って、 「パパのなの!」 「……え?」 「あ……、その。パパは昔からブランドのバックとか好きじゃない? だから、そのときに買ったみたいで、なんかちょうどよかったから借りたの!」  前半は事実、後半は嘘だ。  若干苦し紛れにはなったが、どうやらそれで納得してくれたようで、 「そっ……か。ならいいんだ。引き留めて悪かった。じゃあ、またな」  そう言ってさっさと帰っていった榊が、ほっとしたような顔をしていたのは見間違いだろうか。 「……なんなの、変なヤツ」  わたしは盛大に首をかしげると、そっと玄関のドアを開けて中に入った。  今日はなんだか大変な一日だったなぁ。
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