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3. となりのクラスの一条くん
「見た見た? あの転校生」
「もうめちゃくちゃイケメンだよね。どタイプだわ~」
「もしかして、榊くんといい勝負じゃない?」
「そうかも。あー、B組が羨ましいなぁ」
「でもでも、そしたら榊くんと別れちゃうわよ」
「え、それはイヤ」
月曜日の朝、C組はハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
いや、C組だけじゃない。B組に新しいイケメン転校生が来たという情報は瞬く間に学校中に広まり、B組前の廊下には多くのギャラリーが押し寄せた。
そのため、となりのクラスであるA組やC組の廊下にもたくさんの人があふれ、ろくに通行できない状態となっている。
「おっはよ、つむぎ」
「あぁ、ハル。おはよ」
わたしがまだぼんやりとしながら机に座って窓の外を眺めていると、朝練を終えたハルがやってきて、つむぎの目の前にしゃがみこんだ。
「ね、となりのクラスに転校生がやって来たんだって? まだ朝の会の前なのに、もうウワサが広まるってことは相当スゴイんだね。つむぎはもう見た?」
「見たって……、見世物じゃないんだからかわいそうでしょ。わたしが登校したときからあの状態だから、わたしはできるだけ巻き込まれないようにしてるの」
実は大勢の人がひしめくスーパーのタイムセールとか、大型テーマパークにはほとんど行かないの。小さいころに榊と遊園地に行ったんだけど、人ごみに押し流されて迷子になっちゃたから、それ以来なるべく避けてきたんだ。
だから今朝は教室に入ってくるだけでいっぱいいっぱい。とてもじゃないけど、あの中に入ろうとは思わなかった。
「ま、つむぎらしいね。アタシもあんまり流行にはのらないタイプだから、無理してのぞきにいこうとは思わないわ。どうせのちのちお目にかかれるだろうし」
ハルはそう言って立ち上がると、後ろのロッカーに荷物を置きに行った。
「――あ、ハル! 聞いて聞いて、まじイケメンだったよ、ヤバいって!」
いきなり教室に興奮気味の舞ちゃんと鳴ちゃんが帰ってきて、ロッカー前のハルを囲んで語り始めた。
「白髪で、スタイルもすんごくよくて、おまけに帰国子女らしいよ」
なぜか覚えのある単語の組み合わせに、ドッキっと心臓が跳ね上がる。
「それに、難しそうな本を読んでて、『何の本読んでるの』って代表の子が聞いたら、『プログラミングの本』って言ったんだって!」
え、え、それって、まさか……。
「名前は、一条檜って言うらしいよ! かっこいいよね!」
……これは、もう間違えようがない。
新しい転校生の正体は、なんとあのカイくんだったの!
「あー、これから仲良くなって、下の名前で呼び合っちゃったりしてぇ」
「連絡先ゲットして、みんなに内緒でチャットしたりね!」
夢見る女子二人は、ハルを置いてけぼりにして妄想を膨らませる。
「てか舞、抜け駆けしないでよね」
「は? そう言っていつも先にズルするのは鳴でしょ」
「ちょっとまって。あんたたち、まだ喋ったこともないんじゃないの?」
「いいじゃない、別に!」
「ハルも抜け駆けしたら許さないんだからね!」
「はいはい……」
ツッコミを入れたハルは、二人から反発を受けてもクールにそれを軽く受け流した。
やっぱりハルは人付き合いがうまいよね……って、そんなことはこの際どうでもいい。
問題はその前の二人の会話だよ。
自席からその内容を聞いていたわたしは、それを思い出すにつれてだんだんと顔が真っ青になっていった。
『あー、これから仲良くなって、下の名前で呼び合っちゃったりしてぇ』
『連絡先をゲットして、みんなに内緒でチャットしたりね!』
二人の会話がの脳内をグルグル駆け巡る。
そ、それって、わたし、すでにしちゃってるんじゃないの……?
でも、それはいろいろ都合がよかったからだし、二人の妄想とは意味合いが違うけど、もし誰かしらに知られてしまったら大変なことになる。
下手すればクラス、いや、学校中の女子から無視されるかも……。
そんな最悪の想像をして、わたしはすぐに首を振った。
それだけは絶対、なんとしてでも阻止しなくちゃいけない!
きっと、連絡先の方はバレにくいけど、カイくんはフレンドリーだから、出合い頭に名前を呼ばれちゃうかもしれない。そうなる前に何とかして、学校内だけでも名前呼びをやめてもらわないと!
「あっ、そーだ。今日の体育は男女混合だったから、会えるかもね。ほら、前半のクラスは体育同じだし。鳴、一緒に話しかけに行こうよ」
そう、春山桜中学校の二年生は六クラスあって、前半と後半のクラスで体育が合同。普段は男女別々だけど、先週から女子体育の先生が夏風邪をひいたらしくて、今は全員で体育をしているんだ。
でも、ということは、会う確率がかなり高いってことだよね!?
体育がある三時間目までにどうにかして接触しないと、かなりマズい状況になってきた。
「いいよ、一緒に行って認知してもらお。あ、ていうかそろそろ朝の会だし、座った方がよくない?」
「そうだね」
二人がそう言ったとたん、いきなりキャーッという大きな歓声が聞こえた。
わたしが何事かと振り返ると、廊下の人だかりの中に先生に連れられたカイくんが通過していったのが見えたの。
きっと新入生だから教科書を取りに一旦職員室まで行くんだと思う。
廊下を歩くだけで騒がれるってすごいけど、結構大変そうだなぁ。
そんなことを考えながら廊下をあっけにとられた顔で見つめていると、突然、名案が頭の中に浮かんできた。
そうだ……、朝の会中にわたしも職員室に行けば、会えるんじゃない?
「おう、お前ら、朝の会を始めるぞ」
ジャージ姿の先生がフラッと入ってきて、教卓から日直に指示を出す。
そのとたんに教室はサーっと静かになった。
「これから朝の会を始めます。朝の挨拶、起立!」
今日の日直である香織ちゃんがハキハキした声で号令をかけて、みんながだるそうに立ち上がる。
さっきまでのあの元気はどこへやらって感じ。
まあ、わたしが言えたことではないけど。
「礼!」
「おはよーございまーす」
「着席してください。先生のお話、先生お願いします」
この一連の流れのセリフは決まっていて毎日毎日繰り返されるので、もはや誰だって暗唱できるんだ。
だから気の早い男子なんかは香織ちゃんの指示の前に着席して、ヘラヘラ笑い合ったりしている。
そんな日常の光景の中で、わたしは一人自問自答を続けていた。
今すぐ職員室に行きたいのに、そのためにウソをつくのが難しい。
理由も考えなくちゃいけないんだし、ウソをつき通せる自信もない。
それに、大声を出して先生に許可を取るのが一番イヤ。
こういうの本当に苦手なんだよ……。
あー、しかもなんか緊張してお腹が痛くなってきた。
なんでこんなときに限って痛くなるの!
さすればなんとかよくなるかなぁ。
そう考えてお腹をさすり、どうにか回復しようと試みていると、
「ねぇ、つむぎ大丈夫? 具合悪そうだけど」
なんと、後ろから心配そうなハルの声が聞こえてきた。
「うん、だいじょうぶ」
あ、いや待てよ。
このままお腹が痛いことにして保健室に行くふりをすれば、カイくんと会えるんじゃないの?
これは利用するしかないでしょ!
「――や、やっぱり、大丈夫じゃない。保健室行きたい。あの、よかったら先生にそう言って。お腹が痛くて声が出ない……」
声が出ないのはウソだけど、方法がもうこれしかない。ごめん、ハル。
わたしはハルに向かって心の中で手を合わせた。
すると案の定、ハルは手を挙げて、
「先生。すみません、つむぎさんがお腹が痛いそうなので、保健室に連れて行ってあげていいですか?」
えー、連れて行ってくれなくてもいいのに!
「おー、朝宮大丈夫か? 柴野、連れて行ってやってくれ」
先生はあまり心配してなさそうな声でサラッと許可を出す。
思わぬ誤算ににかなりあせったが、ハルはますます真剣な顔をして、
「じゃ、行こう」
と、わたしの腕をひき、教室のドアに向かってずんずん歩いていった。
一方のわたしはハルのなすがままについていくしかない。
すると、廊下に出たところでハルがこっちを見て、
「つむぎ、大丈夫? 辛かったらおんぶとかするよ?」
「いやいや大丈夫。そこまで酷くはないから」
「それならいいけど。……でもなんか大変そうな顔だし、本当に平気?」
「うん、ありがとう。もうすぐだから、ここまででいいよ」
むしろ一人で行かせてー!
心の中の叫びもむなしく、ハルは階段を下りながら、
「ダメ。つむぎが知らない間に倒れちゃっても困るから」
「ふぇぇぇ……」
わたしって、そんなに急に倒れる感じの人間なの?
ハルの言葉に若干悲しくなったが、そうこうしているうちに一階の保健室まで来てしまった。
中をのぞいてみると保健室には誰もおらず、ドアの前のホワイトボードには『外出中』という文字が書かれていた。
「あ、いないみたいね。じゃあ、アタシ、担任の先生にどうしたらいいか聞いてくるから、そこのベッドに横になっててよ」
「う、うん……」
もはやここに来るまでに腹痛はなくなっていたが、ハルの勢いに押されて不本意ながら横たわることにした。
一方ハルは、大人しくベッドに収まったわたしを見届けて、
「すぐ戻るから!」
と、持ち前の俊足であっという間にいなくなってしまった。
今逃げだすしかなさそうだけど、あの調子だとすぐ帰ってきそうだなぁ。
わたしはかなり迷ったが、イチかバチか、保健室を抜け出すことにした。
耳を澄ませて近くに人がいないことを確認すると、すぐにベットから跳ね起きて保健室から逃走する。
職員室はその廊下の突き当りの右手にあって、わたしは目の前まで到着すると、近くの女子トイレの中に隠れて外の様子をうかがった。
「――ああ、そっか。なら、それでいいね」
「はい、よろしくお願いします」
あ、カイくんの声だ。
一緒に話しているのはきっと数学の山崎先生だと思う。
「まあ、いろいろ大変だと思うが頑張りなさい。じゃあ、帰っていいよ」
「わかりました、ありがとうございます。失礼しました」
どうやら話はちょうど終わったらしく、ガラガラとドアの閉まる音がする。
そして、足音がこっちに向かって近づいてきた! 今だ!
「あれっ、つむぎちゃん!?」
「あははは~、驚いたなぁ。カイくん、この学校に転校してきたんだぁ」
我ながらにかなりウソっぽい芝居。
でも、いきなり現れたわたしに驚いたカイくんは、
「あ、うん。そうなんだよ。ボクはB組なんだけど、つむぎちゃんは?」
「わたしはC組。となりのクラスだね。よろしく」
わたしはとりあえずにっこり笑ってカイくんを見る。
するとカイくんも笑って、
「そっか。そうなるといろいろ便利だな。お互いに学校で相談し合えるし、図書室とかで資料も探せるから――」
わわわわ、そんなことをしたら絶対女子に恨まれるし、命がいくつあっても足りないよ!
名前呼びだけじゃなくて、プログラミングの話までされたらおしまいだ。
「ちょっとまって! お願いがあるの。わたしのこと、学校では苗字で呼んでほしい。あと、プログラミングの話もあんまりしないでほしいの」
「え、なんで。もしかしてボクに下の名前で呼ばれるのイヤだった?」
カイくんが少し悲しそうな顔をしたので、わたしは慌てて、
「あ、ううん、そんなことない! あのわたし、学校ではプログラミングのこと秘密にしてて、カイくんと知り合いだったってなるといろいろ不都合があるから、どうかプログラミングの話と下の名前呼びはナシでお願いします」
そう言って勢いよく頭を下げた。
でもすぐには返事が返ってこなくてしばらく沈黙が続いたので、わたしがおそるおそる顔をあげると、
「……ボクさ、自分が納得できないことをするの、キライなんだよね」
カイくんは目を伏せて言葉を吐き出すようにつぶやいた。
その表情は白い前髪に隠れてあまりよく見えないけど、なんとなくイライラしているのが伝わってくる。
そうだよね、わたしもこんな訳の分からないお願いをされたら怒ると思う。
でも、失礼を承知の上でお願いしてるの。
学校での安全のためにはこうするしかないから。
「じゃあ、なんでもする! なんでも一つ言うことを聞くから、それでこのお願いを聞いて!」
「……そのなんでもって、ホントになんでも?」
「う、うん。まあ、わたしができないことは叶えてあげられないけど」
「へぇ……」
必死になって頼み込むわたしを見て、カイくんは試すような表情で顔を近づけてきた。
綺麗な顔が本当に間近に迫ってきて思わず身を引きそうになったけど、頑張ってそのままカイくんの両目を見つめる。
そのまま数秒後、
「はははははっ、ボクの勝ち!」
いきなり破裂したように笑い出したカイくんを、わたしはポカンとした顔で眺める。
え、なんでこの人笑ってるの。さっきまで怒ってたよね?
しかも、『勝ち』って一体なんの勝負?
「じゃあボクのお願いは、一緒に夏祭りに行くこと」
「な、夏祭り?」
カイくんのセリフを復唱して、わたしはさらにおかしな表情になる。
まったく話の流れが読めない。
「そ。さっきクラスの女子からその話を教えてもらって、せっかくだからつむぎちゃんと行こうと思ったんだ。ここ最近日本であった友達は君だけだからね。それでどう誘おうかなって考えてたら、なぜか同じ学校で、しかもよくわかんないお願いをしてきたから、ちょうどいいと思って」
「え、ということは、さっきのって、『なんでも言うことを聞く』っていうワードを引き出したいがためだけに、あんな怒った演技をしたってこと?」
「うん、そうだよ。上手かったでしょ」
だ、騙された……。
あれが演技だったなんて思いもよらなかった。
カイくんは天使みたいって思ってたけど、どっちかっていうと悪魔の方が正しかったかもしれない。
でもそうすると、榊と同じになっちゃうけど……。
そう思ってちらりとカイくんを見やる。
その白いきらきらした髪の毛をみて、悪魔というよりいたずらっ子の天使みたいだと思い直した。
普段の態度はすごく優しいもんね。誰かさんとは違って。
「夏祭りか……。まぁ、久しぶりだし、いいよ」
「あ、いいの? よっしゃ!」
出ました、カイくんのにっこりガッツポーズ!
土曜日のときも見たけど、なんか見ているこっちにまで嬉しいんだなって伝わってくる、そんな感じ。
カイくんってすごく応援したくなるような魅力的な人だよね。
でもそこでわたしは、それが二人きりでお祭りに行く約束だってことに気付いてしまった。
それって、はたから見ればデートみたいな……。
自分で出した『デート』という単語に、わたしは内心パニックになった。
いやいやダメでしょ! 無理だよそんなの。心臓が持たない。
でもうなずいちゃった手前、イヤとは言えないし。
「あー……、あの、何人か友達を誘ってもいい?」
「友達?」
「う、うん。だいたい二人くらい。新しい人間関係を作っていくっていうのは、結構大事でしょ?」
誰かがいてくれたら恥ずかしくないし、多い方がきっと楽しいよね。
ちなみに二人っていうのは榊とハルなんだけど、こっちはこっちで来てくれるかはまだ未定。でも、わたしの友達ってだいたいその二人だし……。
なんか、自分で言ってて悲しくなってきた。
「ふぅん。そっか、それもそうだね。じゃあ、その人たちと四人で行こう」
カイくんも不思議そうにしながら賛成してくれたし、それで決まり。
一件落着、と思ったそのとき、
キーンコーンカーンコーン
「あわわわわ。どうしよ、戻らないと!」
わたし、保健室を脱出してきたことを忘れてた!
「それじゃ急いでるから、またね!」
「え? あ、うん」
びっくりした表情のカイくんを残し、わたしはさっき来た廊下をダッシュで逆戻り。ドアが開きっぱなしの保健室にはまだハルは来てない。ラッキー!
わたしは保健室に飛び込むなりドアを勢いよく閉めて、もといたベッドにもぐりこんだ。
すると、その十秒後ぐらいにひかえめなノックが聞こえたので、
「あ、ハル、入っていいよー」
と、中から許可を出す。すると、ドアが開いてハルが――、
「人違いで悪かったな」
なぜか不機嫌そうな榊が入ってきたの。
「え、どうしたの? ハルは?」
「お前がいなくなったあと柴野が帰ってきて、保健室の先生がいないって担任に伝えたんだよ。そしたら担任が、もうすぐ保健室の先生が出張から帰ってくるから大丈夫だって。それだけ」
榊は話しながらベッド近くの丸椅子に腰かけた。
保健室のカーテンからもれた光が榊の頬を照らす。
「じゃあなんで榊はここに来たの?」
「ん、まあ、自主的な見舞い。暇してそうだし」
そう聞いてわたしは目を丸くする。
え、なんか知らないけど、榊めちゃくちゃ優しくない?
どうしてだろ。なんかわたしの持ち物を壊したとか?
「榊……、なんか、隠してる?」
わたしはベッドからそっと榊の頬に手を伸ばした。
だって、ちょっと横を向いてて表情がよくわかりにくいから。
でも指先が冷たい頬に触れた瞬間、榊がものすごく焦ったような顔をして、わたしの手を軽く払った。
「……いたっ。ひどいよ! 顔をよく見て、隠し事を見抜こうとしたのに、なんで払うかなぁ」
「は、はぁ? なに訳の分からないことを言ってんだ」
「だって榊が妙に優しいし、なにかやましいことでもあるのかと思って」
「別にそんなんじゃねーよ。ただ、あんま風邪もひかないお前が具合わるいって、相当疲れてんのかなって心配するだろ」
「へぇ~、心配してくれたんだね?」
いつもこのセリフは榊の方なんだけど、今日はわたしがからかってみる。
すると、予想以上に榊は顔を真っ赤にして、
「バカっ、調子に乗るんじゃねぇ。てかそもそも病人を心配しないほうがおかしいだろうが!」
「ま、確かに。じゃあ、心配してくれてありがと」
ここは珍しい榊の反応みれたから、大人しく感謝しておこう。
しばらく、榊は目線を落ち着かない様子でさまよわせていたが、やがて私の方に視線を落として、
「なんか、辛いこととかあったら言えよな」
「えっ……」
「お前、あんまり自分から人に弱音を吐くことないだろ」
榊に聞かれて、わたしは真面目に記憶を探ってみる。
「……んー、だるいとかよく言うけど」
「ちげぇよ。なんかもっと、悩んでることとかそういうの。オレは毎朝登校してるけど、そういう弱音はお前の口から聞いたことがない。だから、たまには思いっきり誰かに吐き出した方がいいと思う」
「ほう……?」
なんだか話の真意がよくわからなくて、とりあえずうなづく。
「ハルとかに相談したらいいと思う。親でもいいんじゃないか。とにかく、あんまり無理すんなってこと。ま、オレは学校では誰かさんに避けられてるみたいだし、あんま力になれないけど」
そう言って少し寂しそうに微笑む。
榊、やっぱり避けてることに気づいてたんだ。
でもそれは決してキライとかじゃないんだけど、本人にどう説明したらいいのかわかんなくて、わたしは黙っているしかなかった。
それにしても、具合が悪いからこんな優しく心配してくれてるんだよね。
なんだか仮病だなんて、とてもじゃないけど言えないな。
「ねぇ、榊」
「ん?」
「ありがと。今はとくに辛いことはないけど、もし出てきたら榊に真っ先に相談するね」
「あぁ、任せとけ」
そう言って笑った榊の顔は、悔しいけどとてもかっこよかった。
それからふと、さっきのカイくんのお願いを思い出して、
「あとさ、こんなときに言うのもなんだけど、今度の夏祭り、一緒に行かない?」
「まじか……」
榊はびっくりしたように目をしばたかせた。
え、そんなに驚くことかな。
「あ、でも二人きりじゃなくて、ハルと転校生のカ……、一条くんもいるの。その方が楽しいでしょ? ハルはまだ聞いてないけど、きっと来てくれるよ」
わたしがニコニコしながらそう言うと、榊の顔は急に無表情になって、
「一条?」
と、なぜか一気に低音になった声で聞き返してきた。
あれ、不機嫌そう。なんかおかしなことでも言ったかな。
「う、うん。いろんな人と仲良くなりたいって言ってたし、榊もどうかなって思って……」
カイくんはそんなこと言ってなかったけど、細かいことは気にしない。
「てかなんでお前が誘われたわけ? 他クラスだろ」
「あ……、いや、その」
言いよどむわたしに、榊はますます険しい表情をして、
「言えない理由があんのかよ」
「そ、そうじゃないけど。じゃあ、本当のことを言うね。実は、一条くんはプログラミングの企画のチームメイトなの!」
そう告白した後に前を見ると、榊は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「チームメイト?」
「そう。こないだの土曜日にその初の会合があってそこで出会ったの。一条くん、転校したばっかだから友達がないでしょ。だから、行く人がいなくて、唯一の知り合いであるわたしを誘ったんだって。それでせっかくだし、榊もどうかなって……」
と、おそるおそる上目遣いで榊を見やる。
しばらくじっと考えていた榊は、はぁーっとため息をついて、
「わかった。行く」
「え!? ホント?」
「特別にな。あれは例年五時ぐらいから始まるから、四時半にお前の家に迎えに行く。ほかの二人には五時に現地集合って言っとけ」
「あ、ああ、うん。伝えとくね」
「じゃ、オレは戻るわ。しっかり寝とけよ」
拍子抜けするわたしをよそに、言うだけ言って、榊はドアの向こうに消えてしまった。
もうすぐ夏休みなこの時期にふさわしく、屋外で響く蝉の声がうるさい。
わたしはしばらく閉まったドアをジッと見つめてから、布団を上まで引き上げて頭からかぶった。
なんだか、今は教室に戻りたくない気分。もうじき保健室の先生もくるし、それまで榊の言う通り寝てようかな。
言い訳はどうにか後で考えようっと。
そう考えて目をつぶり、クーラーのかかった部屋でわたしは眠りに落ちた。
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