4. 夏だ、会議だ、お祭りだ!

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4. 夏だ、会議だ、お祭りだ!

「あ、そうそう。忘れるとこだった」  夏休みに入って数日後、夏祭りの二日前にわたしとカイくんは、となり街の『ウ“ァンロッサム』というカフェで話し合いをしていた。  店内は落ち着いた雰囲気で、観葉植物や雑貨などのセンスのいいものがところどころに配置されており、なんだかいるだけでテンションが上がる。  そんな空間の中でわたしは紙袋をテーブルの上に引っ張り出して、 「これ、こないだ間違えて着て帰っちゃったパーカーなんだけど、返すの遅くなってごめんね。学校だと渡しにくくてさ。洗濯はきっちりしたから!」 「あー、わざわざありがと。もうそれはあげたものだと思ってたから、別に気にしてなかったよ」  それを聞いてわたしはびっくり。 「え、そうなの?」 「たいてい人に物を貸すときは、もう戻って来なくてもいいって考えて貸すようにしてる。そうした方が余計ないざこざも生まれないしね。ま、返してくれるなら受け取るけど。どうせ持っていても、男物だから着にくいでしょ」 と、カイくんは紙袋を掴んで椅子の下に置いた。  わたしはその言葉を受けて、 「メンズの服だったんだ。でも、パーカーとかってあんまり性別関係ない気もするけど」 「そういう意味じゃなくて、そのブランド。『Brendan』っていう男性ファッションブランドだからさ。結構有名だけど、聞いたことない?」  あ、そういえば榊もそのお店の名前を言ってたかも。 「うん、聞いたことある」 「ま、最近は女子がメンズを着ててもおかしくはないけどね。そこらへんは人によるでしょ。あ、欲しかったら全然あげるけど」 「いや、大丈夫。わたしには着こなせなそうだし」  メンズの服っておしゃれ上級者が着てるイメージだから、わたしが合わせても野暮ったくなっちゃいそう。  そう思って断るとカイくんはクスクス笑って、 「そっか、残念。この前は似合ってたのにな。でも女子が家族じゃない男子の服をもらうとか、ちょっと抵抗あるよね」 「あ……、まあ、うん」  ていうかそれを知ってて、こないだわたしにパーカーをかぶせたんだよね!?  やっぱカイくんてよくわかんない人だなぁ。  けどあの時は緊急だったし、きっと助けるほうを優先してくれたんだよね。 「そうだ。あのメッセージの後、もう一人の子には夏祭りのOKとったの?」 「うん、柴野はるこっていうバスケ部の女子だよ。時間もしっかり伝えたし、楽しみにしてるってメッセージも返って来たよ」  カイくんが転校してきた日の放課後。  わたしは家に帰ってから速攻でカイくんに集合場所と時間、榊が行けるってことをメッセージアプリで報告したの。  それからハルに確認をとると、はじめはカイくんが来るってことにびっくりしてたけど、いつものノリの良さであまり深堀はせずにOKしてくれたんだ。  こうして四人でお祭りに行けることになったんだよ。 「じゃあ、お祭りのことはもう心配ないね。それならさっそく本題に入ろうか。これを見てほしいんだけど……」  そう言ってカイくんはリュックからなにやら五冊ほどの本を取り出した。  どれも日本の伝統文化に関する本みたい。 「春山桜中の図書室で借りてきた。この中からなにかおもしろい題材を見つけられないかと思ってね。――あ、あと先に、ボクらがアプリを作る目的を明確にしておきたい」 「目的……?」 「そう。これからの基本となる信条が決まれば、迷ったときに決断する材料になるでしょ。だから、つむぎちゃんの意見を聞いておきたいなと思って」  目的かぁ、なんだろ。  ま、でもやっぱり、使ってくれる人に楽しんでほしいよね。  その人の生活の役に立つとか、プラスαできたらいいなって思うよ。 「ありきたりだけど、利用者に喜んでもらえるようなアプリがいいな」 「なるほど、それはボクも同感だよ。でも、いいの? より多くの人にダウンロードしてもらうとか、収入につながるとか。ほかにも目的になりそうなのもあるけど」 「うーん。でもやっぱり楽しんでほしいが一番かな。どれだけ稼げても、広告がめちゃくちゃ邪魔してくるアプリはうざったくなるし」  わたしの答えを聞いてカイくんはうなずいて、 「そう言うと思ったよ。じゃ、利用者に喜んでもらえるものを考えて行こう。 まず、ここにある本に目を通して、気になることをメモしてって」 「わかった」  それから二時間くらい、わたしたちはその作業を続けた。  特にわたしが惹かれたのは和模様の本。  よく街中のポスターとかで見かけるけど、それぞれの模様には家内安全とか五穀豊穣とか、さまざまな意味があるみたい。  そういうのを教えてくれるアプリがあったら勉強になるし、和模様っていいかもってなる人も増えるかもしれない。  やっぱり、自分のご先祖様たちが築いてきた伝統を知るってすごく大切なことだと思うの。 「――あ、もう五時か。区切りもいいし、そろそろお開きにしよう」 「うん、そうだね。じゃあ、また明後日のお祭りで!」  そう言ってわたしたちはカフェを出てそれぞれの家の方向に歩き出した。  今日は少しずつ考えも浮かんできたし、もう少しで仕様書もかけるかもしれないなぁ。とにかく有意義な時間になってよかった!  白い雲がゆったりと青空に流れて、太陽はじりじりと照りつけてくる。  わたしは奥の方にしまってあった小豆色の七宝柄の浴衣を着て、お財布と携帯だけ巾着袋に入れ、予定より五分前に家の外に出た。  この浴衣は小学生のときのものなんだけど、あんまり身長が伸びてなくて着ることができたの。まあ、買い直さなくていいからラッキーだけど、ちょっと複雑な気持ち。  あ、ちなみにこないだの本に七宝柄のことものってたんだけど、とっても縁起のいい柄なんだって。  なんだか身に着けるだけで運気がアップしたような気がする。  すると、 「お、珍しく早いじゃん」 と、向こうから失礼なヤツがやってきた。  榊はオシャレなシャツを羽織ったラフないでたちで、普段と同じような格好をしている。 「榊は浴衣とか着ないんだ」 「あぁ、まあ、動きにくいしな。それよりその浴衣ってずっと前のやつだよな。それとも、同じ柄のを買ったわけ?」 「ううん、同じ浴衣だよ。なんか着れちゃったからこれにした。ちょっと子供っぽいかな?」  そう言って、榊の前でくるりと回ってみせた。 「いいんじゃね。お子様にはちょうどよくて」 「はあっ? お子様ってなによ!」 「言葉通りの意味だよ」  そんな言い合いをしながらバス停まで歩く。  今日は下駄も履いているので、カラコロなる音が新鮮だしかわいい。  それからバスに乗り込んで、いつも利用しているバス停よりも三つ先のバス停で降りた。  そこは駐車場の近くで、お祭り会場へはまだ歩くみたい。  でも見慣れない景色のところに来たので、どうしてもワクワクしてしまう。 「ねえねえ、榊。こっからどう行くの?」 「そこの横断歩道を渡って、まっすぐ行ってから右に曲がると神社の石段が見えるらしい。そこにアイツらがいる予定なんだろ?」 「あ、うん。じゃあ、待ち合わせの時間も近いし行こっか」 「そうだな」  その後は榊が言った順路で歩いていって、花屋さんの角を右に曲がる。  すると、 「わぁ……」  最初に目に飛び込んできたのは、山の上の神社まで続く石の大階段だった。  二段おきに両端に灯篭が置かれていて、まだ始まる前なのに多くの人で賑わっている。  また、石段の上では屋台の人が最終チェックをしているのも見えた。  わたしは普段、こんな人ごみの中には入らないんだけど、今日はほかに三人もいるしきっと大丈夫だと思う。  不安な気持ちを吹き飛ばしてしまうくらい、夏祭りがとても楽しみだった。  夏祭りなんていつぶりだろ。今年もカイくんに誘ってもらわなかったら来てなかったと思うから、カイくんに感謝だね。 「――あれ、柴野じゃね?」 「え、あ、ホントだ。おーい! ハル―!」 「いたいた! つむぎー!」  水色で黄色い帯の浴衣を着たハルがぱたぱたとかけてきた。  なんかいつもはボーイッシュなイメージしかないから新鮮。でも、とってもよく似合っている。 「ハルのその浴衣、かわいいね」 「つむぎこそ、めちゃくちゃかわいいよ!」 「いやいや、わたしなんか榊にお子様って言われたんだよ?」 「え、榊くん、そんなこと言ったの!?」  ハルが思いっきり目を丸くする。  すると榊は露骨にイヤそうな顔をして、 「事実だろ」 「はー、これだからダメね。うかうかしてたら誰かにとられるわよ」 「うるせぇ」  ハルと榊がよくわからない主語のない会話をしている間、わたしはカイくんを探してキョロキョロと周りを見渡していた。  すると、向こうの方から白い髪の人物が向かってくるのが見えて、 「おーい! こっちこっち!」 と、大きく手を振った。  不思議。学校では大きな声を出したくないのに、こういう時は全然恥ずかしくない。  人ごみの中から出てきたカイくんを見て、わたしは思わずびっくりした。  なんとカイくんは紺色の浴衣を着ていたの!  いままでどちらかと言えばカジュアルな洋装ばっかりだったから、和服もすごくステキで思わず見とれてしまう。  そしてそのカイくんは、ゆっくり歩いてくると柔らかく微笑んで、 「はじめまして。えっと、榊と柴野さんだよね」 「うん、そう。よろしくね、一条くん」  ハルは笑顔で答えたが、榊はわずかにうなずいただけだった。  そんな失礼な態度にも関わらずカイくんは嬉しそうに、 「よろしく。今日はボクのわがままに付き合ってくれてありがとう。日本のお祭りが凄く好きだから、絶対来たかったんだよね。――あ、ていうか、榊。そのリュックってもしかして、『Bjarne』の?」 「そうだけど、お前知ってんの?」  カイくんの言葉を聞いて榊は驚いたように眉を上げた。 「うん、大ファンなんだよ。何度もライブを見に行ったことがあるんだ。でも、そのリュックは入手困難だった限定品だよね。どうやって手に入れたの」 「ああ、実はここからちょっと離れたCDショップの店長もファンで、特別にオレに譲ってくれたんだよ」 「へぇ、いいな。じゃ、こんどそこに一緒に行こうよ。ほかにもどんなバンドが好きなのか知りたい。どのジャンルが好き?」 「基本的には洋楽。でも、JPOPも聞く。あ、なら、今度店に行った時お前のおすすめも紹介してくれよ。アメリカに一年留学してたんだろ? 別にマイナーなバンドでもかまわないから」  さっきまでとは打って変わって、好きな洋楽談議に花が咲いているようだ。  やっぱり趣味って人と人とを結ぶし、とってもいいものだよね。  わたしは微笑ましく二人眺めながらも、ふと道端の時計を見て、 「もうすぐ時間だね。ねぇ、ハル。あの人たちは放っておいて、一緒にお店を見に行こ!」 「え、いいの?」 「どうせ後ろからついてくるでしょ。ほらほら早く!」 「う、うん。わかった」  若干二人のことを気にしつつも、ハルはわたしに引っ張られてついてきた。  二人で石段を登って、赤い鳥居をくぐる。 「わぁっ、みてみて! 綿あめがある。あ、金魚すくいもやりたい!」  五時になると同時に境内の提灯が一斉につき、お客さんも屋台の並ぶ道に流れ込み始めた。 「ちょっと、つむぎ、はしゃぎすぎ。しかも浴衣なんだから、転ぶよ?」 「だって久しぶりなんだもん!」  わたしは呆れ顔のハルを、金魚すくい屋さんの前で手招きする。  するとねじり鉢巻きをまいたおじいちゃんが出てきて、 「お嬢ちゃんたち、金魚すくいやってくかい? 一回二百円だよ」 「やりますやります! はい、二百円!」  後からやって来たハルは、ウキウキと二百円を渡すわたしの横にしゃがみこみ、何も言わずにお金をおじいさんの手の平にのせた。  そしてお金と交換で器とポイが渡される。  わたしはもらったポイを握りしめ、勢いよく水中に突っ込んだ。  でも金魚はいきなり入ってきたポイに驚いて四方八方に逃げてしまう。  「あれ?」  わたしは眉尻を下げて、一旦ポイを引き上げた。 「はぁー、バカね。もう少し優しく斜めに入れんのよ。それで、ゆっくり泳いでる金魚をすくうの。見てなさい」  そう言ってハルはポイを水に入れて、器用に金魚をすくいあげた。  それをしっかりよく見てから、わたしは今度こそとポイを入れる。 「おぉ……、あっ!」  最初は結構良い感じだったんだけど、ポイに乗せた瞬間金魚が暴れて紙がやぶけてしまった。  上から見ていたおじいちゃんが笑って、 「お嬢ちゃん惜しかったね。ちょっとでっかいのを狙いすぎたかもなぁ」 「あー、そっかぁ、残念。じゃあハル、かわりにもう一匹とってよ」 「え? うん、まあ、やってみるけど」  わたしはすぐに気持ちを切り替えてハルを応援する。  ハルは少々緊張した面持ちでプールの中にポイを入れた。 「頑張れー! あ、そこだよそこ。あっ、惜しい」  体育祭の時みたいに応援してたんだけど、わたしの声援に我慢できなくなったハルはこっちを向いて、 「ちょっと、つむぎ、うるさい」 「あ、ごめん。静かにする」  怒られちゃったので反省して、今度は心の中で声援を送る。  それから真剣な顔をしたハルは、上手くタイミングを見計らってポイで金魚を追いつめ、プールの角を利用してもう一匹器の中にすくいあげた。  その時、金魚が抵抗してポイに穴が開いちゃったんだけど、ゼロ匹のわたしに対して二匹すくったんだから上出来だよね。 「おじいさん、終わりました」 「あいよ、ちょっとまってな」  そう言ってハルから器を受け取ったおじいさんは、金魚を巾着みたいなビニール袋に入れて渡してくれた。 「ありがとうございました」  もらったビニール袋をのぞきこむと、二匹の赤い金魚がくるくる泳ぎ回っているのが見えた。 「なんだかわたしたちみたいじゃない?」 「ああ、確かに。それならつむぎがこっちね。ちっちゃい方」  ハルがニヤニヤしながら金魚を指さす。 「あ、ひどーい。結構気にしてるんだから」 「あははっ。ま、かわいいってことよ。それにしても、人見知りのつむぎが自分から屋台の人に声をかけに行くとは思わなかったわ。今日はどうしたの?」 「んー、なんかテンションが上がってるって自分でも思う。こういう特別な時はなんでもできそうな気がしてきちゃうの」  そう、心の中がふわっと持ち上がるようなそんな感じ。  よく学校行事とか、深夜まで作業してる時とかこんなテンションになる。 「あ、ここにいた。榊、二人を見つけたよ」 「ったく、お前ら勝手に行くなよ。迷子になったかと思ったわ!」  ちょうどそのとき、文句をいいながら榊とカイくんが登場した。 「へへへ、ごめんごめん。じゃあ、二人はなにかしたいこととかあるの?」 「オレはない。一条は?」 「うーんそうだな。なんかボク、悪目立ちしてるからお面とか被りたい」  カイくんってかっこいいし髪色が目立つから、さっきから周りの人にチラチラ見られているみたい。  それを聞いたハルはにっこり笑って、 「それならみんなで買おうよ。でも、ただ買うだけなら面白くないから……えっと。あ、榊くんが一条くんに、一条くんがつむぎに、つむぎがアタシに。それで、アタシが榊くんに買ってあげる。ただし、選ぶのは買う人。これでどう?」 「いいね、おもしろそう!」  わたしは一番に賛成する。  男子二人組はまあいっか、といった感じでうなずいた。  というわけで、わたしたち四人はお面屋さんの前に移動する。  そこにはちっちゃい子が戦隊モノのヒーローとか、かわいいお姫様などのお面を被ってはしゃいでいた。 「じゃあ、一人ずつ買って、相手に渡して」  そんなハルの合図を皮切りに、わたしたちは結構真剣に品定めをして一人ずつお会計。さっきハルが指名した相手にプレゼントしたんだ。  そしてその結果、わたしは猫のお面、ハルはキツネのお面、カイくんはすっぽり被るタイプの黒いレンジャーマスクで、榊はなぜかお姫様のお面を渡されていた。 「し、柴野。お前……」 「あ、榊くんは顔がギリ女子にも見えなくはないから、可愛い系にしといた」  まあ、確かにね。  わたしは荒ぶるお姫様をおかしすぎて見ていられず、黒マスクヒーローのカイくんに声をかけて、 「この猫のお面って、もしかしてのらり・クラリスをイメージしてくれたの?」 「うん、そう。気に入ってくれた?」 「もちろんだよ。ありがとう! カ……えっと、一条くんもなんかそれかっこいいね!」 「ありがと。ま、なんか逆に目立ってる気もしなくもないけどね。それより、朝宮さんは行きたいとこないの?」  あ、苗字で呼んでくれてる。でも自分でお願いしといてなんだけど、ちょっと違和感あるなぁ。 「う……ん。あ、七時ごろに花火が打ちあがるから、場所取りしなくちゃいけないかも。でもそれまでになんか一つくらい遊びたいね。一条くんはなんか好きなお祭りのゲームとかある?」 「そうだな……、射的とかは好き。ここにもあるのかな?」 「あ、入口の方にあったよ。じゃ、みんなで行こう!」  それからわたしはハルと榊の方に振り返って、 「ね、いまから射的に行こう」 「いいけど、つむぎ、お前はやめとけ」 「え、なんで?」  なぜか榊に止められてわたしはびっくりする。 「昔お前が射的をしたとき、狙いが狂い過ぎて周りの人に迷惑かけてただろ。だから今回は見学しておいたほうがいい」  そんなことがあったような、なかったような。  榊の忠告にわたしはしぶしぶうなずいて、 「じゃ、三人で競争して。わたしは見てる」 「じゃあ、つむぎが審判ね! アタシ、負けないから見ててよ」  そんなこんなで、お次は射的のブースにやって来た。  お客さんはみんな真剣な表情で一列に並び、並べてあるおかしやおもちゃの箱に狙いを定めている。  その右端の方にハルが、そして大胆にも真ん中にカイくんと榊が入って、銃を構え始めた。  わたしはちょこちょことハルの方へ移動する。  ハルは部活の試合中みたいな真剣な顔で目標を定め、まずはパンッと一発。  その弾は見事チョコの箱に命中し、箱が後ろに倒れた。 「やったー! やっぱりハルって器用なんだ」 「つむぎよりはね」  ほ、褒めてあげたのに……。  ハルはその後も無駄口はたたかずにテンポよく打ち、なんと五発中二発も箱に命中させていた。  店のおじさんに景品をもらって、ハルはやや満足げに振り返る。 「アタシ、うまかったでしょ。ていうか、あの二人は?」 と、ハルが言ったとたん、周りのお客さんがワッと歓声を上げた。  わたしたちがその歓声の中心を見ると、カイくんと榊がちょっと困った様子で立っているのが見えた。  しかもどうやら邪魔だったようで、お面は外している。 「いやぁ、すごい。全部命中だよ、お兄ちゃんたち。じゃあ、おじちゃんのおごりで、もう五発勝負していきなさい」  周りからも応援され、どうやら勝負しなくてはいけない雰囲気になった。  もう五発の弾が銀色のお皿で支給され、二人ともそれを銃に入れて構える。  その二人の普段とは違う横顔に、わたしは思わずドキリとしてしまう。  男子ってこういう時、かっこいいよね。 パンッ  乾いた音が響く。まずは二人とも一発命中。  それからは交互にうっていって、なんと四発目までノーミス!  ちなみに先攻がカイくん、後攻が榊だよ。  わたしはその熱戦を息を殺して見守った。  次は五発目で、カイくん。  ジッと正面のラムネの箱を見据えて、ゆっくりと引き金を引く。 パンッ 「おお~!」  なんと見事命中!  あんな緊張する場面でしっかり決められるなんて本当に凄いよ。  そしてラストは榊。  榊は何も言わずに銃を構えると、普段からは考えられないような本気の表情で目を細めた。  周囲の観客も時が止まったように静まり返る。  がんばれ、榊! パンッ  榊が放った弾は綺麗に弧を描いて、クマのぬいぐるみを後ろに倒した。 「いや~、なかなかの名勝負だったね! ありがとよ、お兄ちゃんたち」  おじさんが二カッと笑いながら景品を渡し、労いの言葉をかけた。  それと同時にあちらこちらで拍手が巻き起こる。  カイくんと榊はちょこっと頭を下げて、すぐにこっちに歩いてきた。 「二人ともすごいね! だって十発命中だよ。何かの大会にでられるんじゃないかな」  わたしの言葉にカイくんは首を振って、 「ううん、正確に言えばボクの負けさ。最後、榊は簡単なお菓子とかを狙えばいいのに、わざわざ難しいものを選んだんだからね」 「いや、お互いに全部あたったことには変わりねぇだろ。最後のヤツもたまたまそうなっただけだし」 「そうかな? まあ、何はともあれ楽しかったよ。朝宮さんも柴野さんも待たせてごめんね。そろそろ花火の場所取りに行こうか」 というカイくんの言葉で、わたしたちは神社の裏側にある山の斜面に移動した。  そこはすでにたくさんの人がレジャーシートを広げて場所取りをしている。  花火は直ぐ近くにある川岸から打ち上げられるので、ここが一番見やすいスポットなんだ。 「ね、つむぎ。レジャーシートって持ってきた?」  ハルの質問にわたしは顔が真っ青になる。 「わ、忘れてた……」  当然カイくんはこの地域に来たばかりだからレジャーシートが必要って知らないし、そうなるとほかの二人を誘ったわたしが持ってこなきゃいけなかったんだよね。  いくら久しぶりとはいえ、何度か来たことがあるわけだし……。  あー、ホントにわたしって気が利かないなぁ。 「ま、そんなことだろうと思った」  そう言うと、榊が背負ってきたリュックからレジャーシートを取り出す。  そしてニヤッと笑うと、 「なんかオレに言うことないかな?」  わー、まただ。またからかってきてる!  でもこればかりはぐうの音も出ない。 「……あ、ありがと」 「よくできました」  そう言って榊はポンポンとわたしの頭をなでると、さっさとレジャーシートを広げにかかる。  カイくんが榊と反対側を持って、ちょうど四人が座れるほどのスペースが確保することができた。  するとカイくんが、 「じゃ、荷物置いてから一人留守番にして、食べるものを買ってこよう」 「それなら、オレが残る。今はそんなに腹減ってねぇし」 「そう、じゃあ、榊くんよろしく。行くよ、つむぎ」 「あ、うん。榊の分もちょっと買ってくるからね!」  わたしはそう言って二人とともに、また神社の屋台通りにくりだした。  やっぱりお祭りのメニューはどれもこれも少し高いけどおいしそう。  わたしはまず焼きそばを買って、それから最初に目をつけていた綿あめも買うことにした。 「あの、綿あめひとつお願いします」  そう声をかけるとまだ若いお姉さんが微笑んで、 「はい。どの袋がいいですか?」  この綿あめ屋さんはできた綿あめを袋に入れ、お客さんにデザインを選んでもらう形式みたい。  えーと、どれにしようかな。  でも大抵この手の袋はちっちゃい子向けのものしかない。  食べられればなんでもいいわたしは、適当に直感でプリンセスが描かれた袋にした。 「はい、ありがとう。楽しんでね!」  お金を払って綿あめの袋を受け取ったわたしは、そこではっと立ちすくむ。  あれ、ハルは? カイくんは?  ぐるりと回りを見渡してもどこにもいない。  周りには行き交うたくさんの人。そこにポツンと立つわたし。  さっきまでのお祭り気分は急に消え、ズキズキ頭が痛くなってきた。  ――わたし知ってる、この感じ。  ひとりぼっちになって、胃が押しつぶされそうな感覚の中、泣きながら必死に榊を探していた、あの小さいころの遊園地。  その光景と今の状態が重なって見えてわたしはパニックになった。  大きくなったからって油断してたけど、昔のトラウマはどうやら消えてなかったみたい。  ドクドクドクと心臓が早鐘を打つ。  みんなを、早く見つけないと……!  そう考えて右も左もよく考えずとにかくがむしゃらに走りだした。  二人の居場所は分かりにくいから、とりあえず神社の裏に行けばいいよね!  わたしは耳鳴りがする中、なんとか気力だけで足を動かして裏の斜面までやってきた――と思ったら、 「きゃーーーーーー!」  そこは崖になっていて、わたしはなすすべなく下に落ちて行く。  何かを必死につかもうとするも、ただ単に手がからぶりするだけ。  もう、ダメだ。  そう思ってギュッと目をつぶったとき、 「バカッ!」 「えっ」  その数秒後に背中に凄い衝撃が……来なかった。  おそるおそる目を開けると、ぼんやりと上の方に今落ちてきた崖が見えた。  ここはどうやら平らになっている場所らしく、幸い近くに木も生えており、なんとか工夫して戻れない高さでもなさそうだ。  でもなんで痛くなかったんだろう? しかも背中に変なものがある。  そう思って起き上がり、後ろを振り返ると、 「え、榊!? どうしてここに」  なんと目をつぶってぐったりしている榊がいたの!  でもわたしが榊に声をかけても返事がない。  きっとわたしをかばって下敷きになってくれたんだ。  でも待って、まさか死んじゃったりしてないよね……? 「ね、起きてよ……起きてよ榊! 死んじゃイヤ! 榊っ!」  必死に呼ぶかけるけど、一向に目を開ける気配がない。  わたしはもう頭が真っ白になって、ただひたすらに榊の名前を呼んだ。  すると、 「……つ……ぎ。……か?」 「えっ?」  わずかに榊が目を開けてわたしの方に手を伸ばす。  そしてその指先でわたしの頬をなでると、 「つむ……ぎ。ぶ、じか?」 「うん。でもそんなことより榊こそ大丈夫なのっ!?」 「……よかった」  榊はそう言って、ほっとした表情でまた目をとじてしまった。 「ちょ、ちょっと、榊! なんで、ど、どうしよ」 と、わたしがおろおろしていると、 「つむぎ! 大丈夫?」  そう声がしたのでわたしは上を仰ぎ見る。  するとそこには、崖の下をのぞきこんでいるハルとカイくんがいた。 「ねぇ、救急車呼んで! 早く! 榊が大変なの!」 「わかった!」  わたしの言葉を受けてハルが携帯で救急車を呼ぶ。  その間もわたしはずっと榊の名前を呼んで手を握っていた。  起きてよ……っ。  もし死んじゃったりしたら、許さないから!  しばらくすると救急隊員の人が到着し、わたしと榊を崖の上に救出してくれ、そのまま榊は救急担架に乗せられて救急車の中に運ばれた。 「誰かつきそいをお願いできるかな?」 「わ、わたしが行きます!」  もとはと言えばわたしがすべて悪いので、一緒に救急車に乗り込む。  わたしは救急隊員の人が近くの病院に連絡を取る声を聴きながら、目を開けない榊の横で手を握っていることしかできなかった。
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