4人が本棚に入れています
本棚に追加
5. 新しい自分
八月の最終週の水曜日の七時。わたしは自分の部屋で、いつも通りパソコンに向かって作業をしていた。
すると、パソコンの画面にひょこっとヒノキのアイコンがワイプで出てきたので、わたしはマウスを使って通話ボタンを押す。
「どうしたの、カイくん」
わたしが話しかけると、パソコンのスピーカーからカイくんが、
「あのさ、そろそろアプリの内容を決めないとまずいと思ったんだけど、今相談していい?」
「あ、うん。わたしも連絡しようと思ってた。いろいろあったからだいぶ製作が止まっちゃってたよね」
「ま、それは仕方ないでしょ。それより榊の状態はどう? ボク、先週お見舞いに行ったのが最後だからさ」
あの後病院で検査を受けて、榊は左腕を骨折していることがわかったの。
先生いわく、崖から落ちたにしては軽症だったし脳にも異常はなかった。
ただ、腕の骨折の仕方が悪いので一か月入院しなくてはいけないらしい。
しかもそこからさらに一か月ほど様子を見てからギブスを外すようで、十月にある文化祭の軽音部のライブには出演できなくなってしまった。
それもこれも元凶はわたしなのに、榊はいっさいわたしを責めず、『気にすんなって。生きてるだけでよかったじゃねーか』と明るく笑ってくれた。
でもさ、せっかくライブの機会があるっていうのに、そこに参加できないってすごく辛いと思うんだ。
だって、いままでいっぱい練習もしてきたし、その練習を一緒にしてきた仲間が活躍しているのを横で見てるって、榊は言わないけど相当悔しいはず。
あの事故から、わたしは二日に一回ぐらいお見舞いに行ってるんだ。
でも、わたしの前ではずっとわたしのために無理して元気に振舞ってくれるから、いまいち力にはなれてないと思うけどね。
「状態は順調に回復してるよ。この前カイくんがくれた洋楽のCD、パソコンにイヤホンつないでずっと聴いてるみたい」
「あ、そうなんだ。気に入ってくれたならよかったよ。それと……これは言うべきか迷ったんだけど」
「え、なに?」
「なんで榊があのときつむぎちゃんを助けられたのか、しらないでしょ」
「う、うん。たまたまかなって」
「まあ、本当にタイミングがよかったし、たまたまといえばそうなんだけど。実は、あの少し前、ボクたちはつむぎちゃんを見失ったことに気付いて、すぐにレジャーシートのところに戻ったんだ。つむぎちゃんが先にもどったんじゃないかと思ってね。でもいなかった。それで榊に迷子になったことを伝えたら、『それはまずい』って叫んで血相を変えてどっかにいちゃったんだよ。それで後を追いかけたら、あんなことになってたんだ」
「そうだったんだ……」
ということは、榊はわたしが過去のトラウマを思い出してパニックに陥るって予期したから助けに来てくれたんだ。
確かに遊園地には榊もいたけど、他人のことだしもう忘れてると思ってた。
榊ってときどき、スーパーヒーローなんじゃないかって思うタイミングでわたしを助けてくれる。
でも今回みたいな危険なことまでしてたら命にかかわるし、今度会ったときにちゃんと注意しておこう。
「教えてくれてありがとう。榊にも改めて感謝しとくね」
「うん、そうするといいよ。それじゃあ、さっそく内容を決定していこうか。お互いに気に入った一つを出すって形でいいよね。つむぎはどんなアイディアにした?」
「わたしは、和模様のアプリが面白いかなって思った。和模様っていろいろな願いが込められていてすごく興味深いし、デザイン的にも一周回って新しいでしょ。それをカメラ機能とAIの認識システムを使って、街中の風景を写真に撮るだけで、何の和模様が使われているのかわかるアプリにしようと考えたんだけど、どうかな?」
「いいと思う。でもただ質問なんだけど、そのアプリにはなにか利用者にとって便利だったり楽しくなる要素があるの?」
う……、さすがカイくん。痛いところをついてくる。
「そこが微妙なんだよね。和模様に興味がある人には便利かもしれないけど、イマイチみんなに楽しんでもらえない感じなの。日本の伝統について興味を持つ、きっかけにはなると思うんだよね」
「そっか。アイディア的には魅力的だけど、もう少し何かが足りない感じがするかな。アプリの場合はインストールの壁があるから、使ってもらえばよさがわかるって感じだと、世間的には無名のボクらには大変だよね。大手企業ならまだしも」
アプリストアに行ってインストールしてもらうだけなんだけど、それってやっぱり手間がかかるし、めんどくさくて興味があってもインストールをやめる人も多いの。
しかもわたしたちじゃ大々的に宣伝できないから、できるだけ便利、またはおもしろくして話題性を呼ばないと、そもそも使ってもらえないんだよ。
「うーん、まあ、わたしとしては和模様をアプリのデザインに使うって感じでも全然かまわないけどね。じゃあ、カイくんの提案も聞いていい?」
「いいよ。えっと、ボクの考えたアプリはお天気アプリだよ」
「え、それって結構よくあるやつじゃない?」
「そうなんだけど、このジャンルもまだまだ開拓の余地があると思って」
「ふーん、例えば?」
「さっきのつむぎちゃんの言ってた内容に被るけど、和風のイラストとかをちりばめて、フォントとかも筆っぽくすればいいと思ったんだ。主に女性がターゲットになるように、かわいい感じにしてもいいかもしれない」
「なるほどね。でもそれじゃあ抽象的過ぎでしょ。もう少し独自の機能とかなくちゃダメだよ。そういうのは一つも考えてこなかったの?」
わたしとしてはただ単にアドバイスしたつもりだったんだけど、なぜかそこから沈黙が続き、わたしは何事かとびっくりして、
「カイくん、ちゃんと聞いてる?」
「……聞いてる」
あれ、通信が途切れたわけではないんだ。
でもカイくん、なんだかイライラしてる感じがする。
「じゃあ、どうしたの? さっさと話し合いしないと時間的にも――」
「それはわかってる。でも、さっきの言い方はなくない?」
「え、アドバイスしただけなのに。カイくんだって鋭いとこ指摘してくるじゃん。わたしだって意見くらいしてもいいよね?」
「けどボクは一応言い方には気をつけてるつもりだよ。親しき中にも礼儀ありってことわざがあるでしょ」
「なんかカイくんおかしいよ! そんなどうでもいいことで怒るなんて」
「でもボクはイヤだったんだ」
そこからわたしは思わず感情的になり、止まらなくなってしまう。
「ばっかみたい! もう中学二年にもなって、イヤだったってなによ! そこは大人の対応をしてさらっと流したり、軽く注意するだけでいいじゃない。それなのになんでイライラしたりするの! もうカイくんなんて知らない!」
ええいっと、通話ボタンをクリックして強制的に通話を終わらせる。
全部カイくんのせいだ。わたしは悪くない。
「うーっ! むしゃくしゃする! もうお風呂入りに行こ!」
そう言ってわたしは乱暴にパソコンをシャットダウンすると、どたばたと自分の部屋から出て行った。
「ぷはーっ……」
わたしは浴槽につかって目を閉じる。
なんだか心の中からイヤなものが全部出て行くみたいな感じ。
ちなみに、わたしの家は夏でもお風呂につかるんだ。
だってお風呂に入ると一日の疲れもふっとばせるからね。
それからしばらく何も考えないでいたんだけど、急にさっきの会話が頭の中に浮かんできた。
確かにわたしの言い方はちょっとよくなかったかもしれないけど、イライラして会議を止めなくてもいいじゃないの。
しかもわがままを言っているのはカイくんの方なのに、わたしが説教されているみたいですごく嫌だった。
「あー、でもケンカしちゃったし、アプリ製作また止まっちゃうな……」
そうするとアイディア段階のままで九月を迎えることになる。
ほかのチームの様子はわからないけど、増崎さんに現状を知られたらがっかりされちゃうかもな。
期待してる、とたたかれた肩があの時は誇らしかったけど、今はズーンと重たい感じがした。
でも、九月といえば文化祭の準備期間だ。
わたしとカイくんは部活に入ってないから部活ごとの出し物はないけど、クラスの企画には参加しなくちゃいけない。
そうなるとますます製作時間がとれなくなっちゃうよ……。
わたしははぁーっとため息をついてから、また目をつぶってお風呂の中でたゆたう水面を長い時間じっと見ていた。
「榊……! 大丈夫? そんな状態だし、わざわざ迎えにこなくてもいいのに」
「いや、お前がバスを乗り過ごしてまた迷子になったらそれこそ大変だし、オレは左腕が動かせないってだけで、ほかは大丈夫だから」
「そうだけど……」
九月の第一月曜日、つまり夏休み明けの登校日がやってきた。
榊が迎えに来られないだろうと思って、道を迷うかもしれないから念のためにいつもより少し早く家を出たら、目の前に左腕を包帯で吊っている榊が立っていた。
「それよりもう来ちまったんだから早く行こうぜ」
「う、うん。じゃあ、なにか困ったことがあったらすぐに言ってね」
「ああ……でもなんかごめんな。オレが困ったら相談しろって言ったくせに、逆にお前に迷惑をかけて」
あ、夏休み前の保健室でのことかな。
わたしは慌てて両手を振って、
「いやいや気にしないで! ていうか、榊がいなかったらわたしがケガしてたんだから、本当に申し訳ないのはこっちだよ」
「オレは特にこのままでも問題はないんだ。左腕だし、指は動かせるし」
そう言って歩きながら笑ってくれる榊を見て、わたしはかなりもどかしい感じがした。
だって、問題ないはずないじゃん。なんで怒らないんだろ。
いつもはちょっと意地悪なのに、こういうところで優しくされるとなんだか寂しい。
いっそのこと、この前のカイくんみたいにはっきり言ってくれた方がいいのに。
「嘘つき」
「はぁ、なんでだよ。ウソじゃねーよ」
「ううん、隠してる。だってギターは? あれって左手が大事じゃん。握力も必要だし、今の状態じゃできないでしょ」
「まあ、文化祭はあきらめなくちゃいけないだろうな」
榊はそうサラリと言ってのけた。
その言葉にわたしは胸が苦しくなる。
「ごめん。せっかく活躍できるチャンスがあるのに、わたしのせいで……」
「そうじゃねぇよ」
「え?」
「確かに少しは悔しい。でも、お前言ってたじゃんか、新しい自分を探せばいいって。だからオレ、まだお前にも言ってなかったんだけど……」
そう言って榊はしばらく逡巡し、やがて口を開いて、
「作曲を始めたんだよ」
「え、作曲? すごい!」
「まあ、たいしたもんじゃないけどな。今は結構無料で曲を作れるサイトなんかもあって、入院中暇だったからずっと作ってたんだ。オレ、いくつかバンドの楽器が弾けるから、その経験も活かして感覚でパソコンに打ちこんでる。時間はかかるけど、右手だけでもどうにかなるし」
「パソコンで作るんだ……じゃあ、音とかはどうやって確認するの?」
「そのサイトは、再生ボタンを押せば素材の楽器の音を入力した通りにならしてくれる。……でも、なんだかお前みたいだよな」
「お前みたいって?」
「ずっとパソコンと向き合ってるってこと。ま、楽しいからいいけど」
「あぁ……確かに」
いい例として例えられたかは微妙だが、間違ってはないのでうなずいた。
でも、よかった。
榊がほかに楽しみを見つけてくれているなら、しばらくはギターが弾けなくても大丈夫だよね。
けど榊ってやっぱり音楽が好きなんだなぁ。
ちょうどそこでバス停にバスが止まっているのが見えたので、わたしたちは走ってバスの中に乗り込んだ。
懐かしい満員のバスとともに、また学校が始まったんだなと感じた。
「では、C組の文化祭の出し物を決めます。中学二年なので飲食系もありになりましたが、生ものはなしでお願いします。では、何か案がある人?」
今日は文化祭の出し物決めの日。
でもハルが風邪でお休みで、わたしは少し寂しい。
時間になったので、文化祭実行委員の鳴ちゃんと樹くんが黒板の前に立って、みんなに提案を呼びかけた。
樹くんって言うのはすごく頭のいい真面目な男子だよ。
するとさっそくあちこちで案があがる。
「お化け屋敷やりたい!」
「劇がいいな~。準備も楽しいし、当日はいろんな場所をめぐる時間もとれるしね。一番いいよ!」
「俺は飲食系がやってみたい。カレー屋とか儲かりそう」
「それなら断然、カフェがいいよ」
わたしは提案する勇気なんてないけど、みんながワクワクしてる空間にいるのってとっても楽しい。
もしここにハルがいたら「何の出し物がいいかな」って相談できたし、もっと楽しかったとも思うけどね。
みんなの提案は樹君が黒板に箇条書きで書いていく。
「まあ、一旦落ち着いて整理してみます。今出たのはこんな感じだけど」
進行役の鳴ちゃんが黒板を振り返って、
「お化け屋敷、劇、飲食系。飲食系のものは、カレー屋やカフェがあがりました。ほかに付け足したい人はいますか?」
そこで教室はシーンとする。
どうやらみんな何かしら希望する物があったんだね。
わたしは目立たなそうだし、劇の小道具担当とかがいいな~。
「ではいないみたいなので決を採ります。お化け屋敷がいい人?」
ちらほら二、三人の手が挙がった。
「次、劇がいい人」
わたしは手を控えめに挙げる。
これは結構数が多くて半数ぐらいが手を挙げた。
残りはカレー屋とカフェなんだけど半数の票がばらけたから、結果として劇に決まったんだ。
やった~、これで当日は見てるだけでいいんだ!
だってカフェのウエイトレスとかになったら、知らないお客さんに愛想を振りまいて接客しなくちゃいけないんでしょ?
そんなの絶対にムリ……。
「じゃあ、まだ時間あるし、何の劇にするか決めましょう。また案がある人はどんどん言っていってください」
樹くんが黒板けしでいままでの案を消して、新しく『何の劇にするか』という議題を書いた。
「やっぱりヒーローショーがいい。ハデなアクションで見栄えもするし」
「え~、でもケガしそう。やっぱりシンデレラとか白雪姫がいい~」
「あ、わたし、眠れる森の美女がいいと思う!」
そう言ったのは香織ちゃんだ。
「わたし、この前劇団に見に行ったんだけど、やぱっりすごくロマンチックでよかったの! ね、みんなもそう思うよね」
香織ちゃんの意見が出ると、女子はみんな一斉にコクコクうなずいて、
「そうだね!」
「さすが香織ちゃん、眠れる森の美女がいいよ!」
「眠れる森の美女がいい人~?」
「はーい!」
勝手に誰かが決を採って、賛成多数であれよあれよという間に可決されてしまう。
すると鳴ちゃんもうなずいて、
「じゃあ、眠れる森の美女で決定かな」
「えー、女子、ずるいじゃんかよ」
「もう決まったんだからつべこべ言わない!」
男子側からちらほら不満があがったが、香織ちゃんのグループの子に一蹴されてしまった。
香織ちゃんって悪い子ではないけど、若干強引だよね。
ま、なんの劇でもよかったけどさ。
わたしがそう納得すると授業終了の合図が鳴って、一旦休憩となった。
でも、
「女子、全員集合!」
なんと香織ちゃんから集合がかかって、わたしも含め、女子は全員後ろのロッカーの前に集まった。
「今美女と野獣に決まったけど、次の時間は役割分担でしょ? そこで提案。きっと王子様役は榊くんがやることになると思うのね」
「ああ、確かに」
香織ちゃんの発言にみんながうなずく。
え、決定事項なの!?
しかも榊は骨折してるから、ちょうど本番くらいにならないとギブスが外れないと思うけどなぁ。
「だから、相手役のオーロラ姫をみんなやりたいと思うのよ。だからくじ引きにしましょう。さっき速攻で作ったから、一枚ずつとって」
と、香織ちゃんがビニール袋に入ったお手製のくじ(ノートの切れ端)をみんなに引かせて回った。
わたしも流れとして一応とったけど、もしあたっちゃたらどうしよう……。
榊うんぬんより、まず舞台に出たくないんだけど!
香織ちゃんはみんなに配り終わると、
「じゃあ、みんなでオープン! はいっ!」
わたしも折りたたまれた紙を開く。するとそこには、
『あたり』
の三文字が走り書きで書かれていたの!
「きゃー! はずれた~」
「最悪、てか誰? あたりを引いた人」
みんなががっかりする中、香織ちゃんが周りを見回す。
わたしはもういろんな恐怖でどうにかなりそうだったけど、おそるおそる小さく手を挙げた。
すると、みんなの視線が一気にわたしを突き刺してくる。
うっ……。
その一人である舞ちゃんはあからさまなため息をついて、
「はぁ……よりによって朝宮さん? セリフちゃんとおっきな声で言えるわけ?」
「なんか一番不適任な人になちゃったわねー」
わたしだってそう思う。今欲しいものはなにもいらないから、とりあえず早くこの役を交換したい。
もはやヤンキーに囲まれているような状態になりかけたので、わたしは思い切って手を挙げて、
「は、はいっ。あの、提案なんだけど、わたしじゃダメだから、えーっと、香織ちゃんにお願いしたい!」
そう言い切ると、さすがに香織ちゃんになることに文句は言えないのか、みんながしぶしぶうなずいて、
「そうね、それがいいわ。じゃ、香織、お願いできる?」
「うんっ! 任せて。ありがとね、朝宮さん!」
「あ、うん……」
わたしは愛想笑いを浮かべて、めちゃくちゃ嬉しそうな香織ちゃんを見つめた。
それからすぐに次の時間になってみんなの目論見通り、榊が王子様役、香織ちゃんがオーロラ姫役に決まった。
榊は結構嫌がってたんだけど、みんなの説得に押し切られて最終的にその役を引き受けることになったんだ。
一方わたしは念願の小道具係になった。
すべて上手くまとまったし、これでよかったんだよね。
なんだか少し寂しい気持ちがしたのは、きっと気のせいだ。
放課後、わたしが帰ろうかと下駄箱で靴を履き替えていると、
「なあ、つむぎ」
と、突然榊がやって来た。
「しばらく部活がなくなったから、一緒に帰ろう」
「え? 劇の練習しなくていいの?」
「お前はバカか。まだ台本ができてねーだろ。これから樹が書き上げるらしい。それまでは練習はない」
「そっか、そうだよね。でも、榊と一緒に帰るとこ誰かに見られたら恥ずかしいんだけど。余計な勘違いとかされたら困るし」
一応こういう理由で、いつも時間差をつけて登校してもらっている。
でも榊はさっさと靴を履き替えると、
「今の時間はほとんどのヤツは部活。誰にも見られやしないって。ごにょごにょ言ってないで早くいくぞ」
と言うなり、わたしの腕を右手で掴んで歩き出した。
わたしもケガ人に無理はさせられないので、あきらめてとなりに並んで校門をくぐる。
それからバスに乗っていつもの家の近くのバス停までくると、押しボタンを押して二人で下車した。
なんかいつも一人で帰ってるから変な感じがする。
わたしがそんなことを考えてとなりを歩く榊を見ると、
「なあ、お前、一条とケンカでもした?」
ふいにそう聞かれてわたしは驚いて、
「うん……そうなんだけど、どうして知ってるの?」
「オレ、昨日一条と電話したんだけど、つむぎの話になったら急に歯切れが悪くなったんだよ。だから、なんかあったかなと思って」
「そっか。実はね、わたしが一条くんの提案に強めにダメ出しをしちゃって、それを注意されたから、ついカッとなってどなっちゃったの。今考えればわたしももう少し冷静になればよかったと思うけど、そういうのって普通に流してくれればいいのにって思った。榊はどう思う?」
わたしの問いかけに、榊はよく考えてから、
「確かにな、つむぎの言ってることもわかる。でも、オレは榊が優しいなって思ったよ」
え、優しい?
予想外の単語にわたしは目をパチクリしばたかせる。
そんなわたしを見て榊はちょっと笑って、
「誰かにはっきりこれがイヤだって言うのは、結構勇気がいる。だって嫌われたり、相手を不快にさせたりするからな。でも、本当に相手のことを思うならそれでも注意してあげたほうがいい。その方がより相手を成長させるし、厳しいけどそれも優しさだ。そうなると、アイツはお前のことを思って注意してくれたってわけだ」
「でも……、自分がイヤって感じたからって言ってたよ」
わたしは不服の表情で口をとがらせる。
「ま、それは本当だろうな。でも、さっきお前が言った通り、『普通』は
言わないで水に流す。でも、あえて言ったってことは、少なくともつむぎに改善してほしいって思ったからだと思う。それに、アイツはそこまで感情のままに動かない。だからオレの言うことは結構あってると思うよ」
ということは、悪いのはむしろ逆上して通話を切っちゃったわたしの方なのかもしれない。
お互いに少し言いすぎたかもしれないけど、あの態度はやっぱり失礼だったなよね……。
そう思ったとたん、情けなくなって暗い気持ちになった。
カイくんに後で謝ろう。許してくれないかもしれないけど。
「まあ、誰にだって失敗はある。大事なのは次につなげること。お前も今は一条の言ってたことの意味がわかるんだろ?」
「うん」
言い方に気をつけるってことだよね。
「なら、いいんじゃね」
榊はそれだけ言って振り返ると、
「じゃーな」
と、自分の家の方向に歩いて行ってしまった。
わたしも自分のうちに行く道を曲がる。
帰ったら速攻で電話して、仲直りしたら榊に報告しよっと。
そう決意して、わたしは夕焼けの綺麗な坂道を登って行った。
家に帰って手を洗うと、わたしはすぐに自分の部屋で携帯に飛びついた。
パソコンの通話アプリより、電話の方が手っ取り早いからね。
携帯でヒノキのアイコンを探し、通話ボタンを押して耳にあてる。
プルルルルっという音が奥から聞こえてきて、わたしはだんだん緊張してきた。
大丈夫、つむぎ。きっと大丈夫。
すると、
「はい?」
「あ、カイくんごめんね。あの――」
よし、言っちゃえ!
「こないだはごめんなさい! 全部わたしが悪かったのに酷いことも言っちゃって本当にごめん。別に簡単に許してなんて思ってないけど、でももしよかったらまた仲良くなりたいなって――」
「ボクもごめん。なんか意地を張ってたかもしれない。つむぎちゃんは全然悪くないよ。だからボクのほうこそ、また友達になってほしい」
「いいの?」
「うん。あれから結構反省したんだ。ボクのせいでアプリも中断しちゃったしね。本当はボクからかけるべきだったんだけど、勇気がわかなくて」
そっか、カイくんも同じ気持ちでいてくれたんだ。
わたしはとたんによろよろと床に座り込む。
でもカイくんが勇気が出ないなんてこともあるんだ。
なんだかケンカする前よりもカイくんが身近になった気がする。
まさに雨降って地固まるって感じかな。
「いろいろ話したいんだけど、あいにくクラスの出し物の準備をしなくちゃけないから、切ってもいい?」
「あ、うん。時間取ってごめんね。おやすみ」
「おやすみ」
電話が切れて、わたしは安堵のため息をつきながら床からベッドに移動し、ドスンと倒れ込んだ。
仲直りできてよかった。榊に報告しないと。
そう思ったわたしはウキウキしながらメッセージアプリを開き、どんな文面にしようかと考え始めた。
最初のコメントを投稿しよう!