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6. 屋上で待ってる
机を全て後ろに下げ、そこら中に紙やペン、段ボールなどの材料が転がる放課後の教室で、わたしは小道具担当のみんなと工作をしていた。
わたしが今作ってるのは、ラストシーンで登場する巨大なドラゴンを倒すために使う剣。
だいたいの形は段ボールで作ったんだけど、これじゃあ全くかっこよくない。でもどうすればいいか悩んだので、となりにいた舞ちゃんに声をかける。
「あのー、この剣ってどうすればいいと思う?」
もしかしたら答えてくれないかもと思ったけど、舞ちゃんはややびっくりしたような顔をして、
「へ~、朝宮さんって器用なんだね。知らなかった。段ボールだけでもすごくしっかりした剣になってるよ」
「ほ、ホント? ありがとう」
意外にも褒められて、若干照れてしまう。
そんなわたしを見た舞ちゃんはショートカットの髪を揺らして、
「あれ、朝宮さんってあんまり話したことなかったけど、照れたらめちゃくちゃ可愛いじゃん。ていうかもっとみんなと話したらいいのに」
「うーん……わたし、人と話すの苦手だから」
「あー、そうなんだね。ま、それも個性だとは思うけど。ね、何か好きなものとかある? なんでもいいよ」
そう言われてかなり困ってしまった。
正直に答えればプログラミングだけど、変な趣味だって思われちゃうよね。
そう思って別のを答えようとしたんだけど、なぜかわずかに口を動かしただけで、なにも言葉にならなかった。
――違う。
確かに舞ちゃんにひかれちゃうかもしれない。でもそれが等身大のわたしだし、プログラミングのおかげで得たものもいっぱいある。
もう逃げてばかりなのはイヤだ。
もっと普通にみんなと話せるようになりたいし、ちょっと勇気のいることだってどんどん挑戦できるようになりたい。
こんなたわいもない質問だけど、もしかしたらここが勝負時なのかも。
そう考えてわたしは大きく息を吸い、舞ちゃんに向き直った。
「わたしは、プログラミングが好き」
言っちゃった……!
すると舞ちゃんはすごくびっくりした顔でわたしを見て、
「え、それってすごいじゃん!」
あれ、案外好感触。
わたしは戸惑ってヘンテコな笑顔を浮かべ、
「そう、かな?」
「うん。あ、となりのクラスの一条くんも得意なんだってね。じゃあ、話とかわかるんじゃない? ねぇ、今度作品見せてよ」
「あ、うん。いいよ」
なんかひかれるどころか、逆に興味を持ってもらえた感じ。
いままで自意識過剰に考えて、むしろ損してたのかも。
わたしがコクンとうなずくと、舞ちゃんはテンションが上がったように、
「やった! そんときにプログラミングもちょっと教えてよ。もしかしたら一条くんと話すきっかけにもなるかもしれないし。ね、お願いっ!」
それはわたしがびっくりするような嬉しいお願いだった。
もちろん嫌なはずがない。
「あ……むしろ、喜んで!」
「ホント? 朝宮さんって案外ノリいいんだ。なんか勘違いしてたかも。ごめんね、こないだ役決めの時に悪く言っちゃってさ。あの時はちょっとがっかりしてたから……でもよく考えたら偉いよね。私だったら榊くんと劇出来るあの権利は譲らないわ。あれでよかったの?」
「うん、声でないのは事実だし」
「あー、だからそれは謝るわ! ごめん。じゃあ、かわりと言ったらなんだけど、仲良くなった印にこれからつむぎって呼んでいい? 私も舞って呼んでよね」
「え、いいの?」
わたしが思わず聞き返すと、舞ちゃんは二カっと笑って、
「もちろんよ。――で、何だっけ。あ、そうだこの剣の話ね。それなら絵本の挿絵に色とか塗って近づけたらいいと思うけど……あれー、どこいったかな」
舞ちゃん改め舞は、周りをキョロキョロして絵本を探したが、見つからなかったようで、
「ごめん、なんかどっか行ったぽい。じゃあ、図書室で探してきなよ。私は全然マントが縫い終わりそうにないから一緒に行ってあげられないけど」
「あ、ううん、教えてくれてありがとう……ま、舞」
「ふふ。どういたしまして、つむぎ」
わっ、嬉しい。すごく友達っぽい。
わたしは思わずニヤニヤしてしまう顔を隠しながら立ち上がる。
しかも舞はわたしに向かって手も振ってくれた。
よし、じゃあ行ってこよっと。
こうして舞のひらひらした手に見送られながらわたしは図書室に向かった。
「失礼しまーす」
本が所狭しと並び、教室より一回り大きい図書室は、入るだけで異世界に迷いこんだ感じがする。
しかも図書室ってすごく静かだし、結構落ち着くよね。
わたしはそんな図書室をゆっくりと進んで行き、児童書のコーナーで手ごろな絵本を抜き取った。
さっそく当のシーンをチェックする。
「あ、銀色かぁ。アルミホイルでも巻けば格好はつくかな。でも持ち手に宝石みたいなのがはめられてる……やっぱり主役の手元だし、手抜きしたら劇の完成度も下がっちゃうよね。これが問題だなぁ」
と、一人でぶつぶつ読み込んでいると、
「あれ、お前も?」
聞き覚えのありすぎる声に振り返ると、榊が向こう側の本棚から歩いてきていた。右手には二、三冊の本がある。
わたしは驚いて、
「なんでここにいるの? 劇の練習は?」
「終わったんだよ。というか、今日はオレのシーンじゃねえから帰らされた。お前は?」
「わたしは小道具のデザインのお手本を探しに来たの。でもなんで榊は図書室に来たの?」
「オレは曲作りの参考に本を借りに来た。最近は歌詞もつけてるから、なんかいい言葉ねぇかなって探してる」
「そうなんだ。いい言葉は見つかった?」
「ああ、調べれば調べるほど面白くってさ。この本なんか――」
そう言って手元の一冊に視線を落とし、
「日本の天気の呼び名ってめちゃくちゃあるんだ。しかもどれも結構響きが綺麗なわけ。日本人なのにほとんど知らなくて結構びっくりした」
天気って晴れ、雨、曇り、雷とかだよね?
わたしは思わず興味をそそられて、
「じゃあ、何かお気に入りとかあったら教えて?」
「そうだな……この白雨とかいいなって思った。これ、明るい空から降る雨のことで、にわか雨の別称らしい。でも不思議なもんで、いつもはにわか雨としか思わないけど、白雨って思うと特別に感じるだろ? そういうところに、趣があるなって感じた」
「趣がある……か。いいね。じゃあ、今の天気はなんて言うの?」
わたしがそう聞くと、榊は窓越しに雨の降る空を見上げて、
「この雨は結構長く降ってるから、宿雨だと思う」
「へぇ、聞いたことない! それって面白いね。そういうの知ってると毎日が少し楽しくなりそう」
「そうかもな。毎日同じようなつまらない日々なんじゃないかって思うけど、意外と一日一日が特別なのかもしれない」
ほとんどつぶやくような榊の言葉はものすごくわたしの心に響いて、心臓がドクドクと音を立てた。
これ――これだ。
自分の中にストンと腑に落ちるものがある。
それはようやく見つかったパズルの最後のピースみたいに、今までのイメージの中にピタっとはまった。
これをずっと探していたのかもしれない。
わたしは直感的にそう思った。
このアイディア、カイくんに帰ったらすぐに伝えないと!
「カイくんカイくんカイくんカイくん!」
「どうしたの。つむぎちゃん、壊れた?」
帰るなりすぐに自分の部屋に飛び込んでパソコンを開け、わたしは若干震える手でカイくんに通話した。
するとカイくんも家に帰っていたようで、ワンコールでつながる。
「カイくんの言ってたお天気アプリの開拓の余地、見つかったよ!」
「え、ホント? じゃあ、アイディアを聞かせて」
わたしはテスト前のような緊張感を味わいながら、カイくんに先ほど榊から聞いたことを説明した。
「――というわけなんだけど、そこで提案。お天気アプリはお天気アプリでも、晴れとか曇りが日本の天気に関する言葉で表せたらいいなって思ったの」
「具体的にどんな感じのシステムになるか教えてくれる?」
「うん。まず、天気の情報を獲得してあらかじめ入力しておいたそれぞれの天気の基準と照合するの。それで、近い天気の名前と解説を綺麗な和のデザインで表示するって感じ。しかも大事なのはリアルタイムで表示することだから、天気が変わるごとにロック画面とかに通知をいれてもいいかもしれないね」
「なんでリアルタイム?」
「天気の正確な情報はネットにもテレビにもあふれてるでしょ? だからそこは重視しないの。ポイントは毎日の特別感を出して、つまらない日々だなって思う感覚をなくすこと。たかが天気と思うかもしれないけど、『今って白雨なんだ。なんかいつもと違う感じがする』って思うだけで、『いつも』と区別できる」
「なるほどね。面白いアイディアではあると思う。でもそんな風に上手くいくかなぁ。確かに感受性豊かな人はそう思うだろうけど」
確かにね。
わたしは指摘を受けてパソコンの前でしょんぼりとした。
でもいいと思ったんだけどな。
わたしが天気を聞いたら榊が空を見て名前を教えてくれた。
そしたらその空がなんだかすごく特別に見えて――。
さっきの図書室での光景が頭をよぎる。
そこで感動したのはウソじゃない。本当に心にズドーンって来た。
そんな気持ちをいろんな人に味わってもらいたい。
「あ、ねえねえ。じゃあ、カイくんが一日無駄にしたなって思う時ってどんな時?」
「え、うーん……一日中携帯を見てた時かな。一度始めたらとまらなくなちゃって、ついつい夜までやってることが多いよ。その時はすごい罪悪感があるし、もう少し早くやめればよかったっていつも後悔する」
「あーわかる。わたしもそんな感じ。ずっと携帯の中に入り込んで出てこられない。――そこでこのアプリだよ!」
「え?」
まあ、そういう反応だよね。
「一日中携帯を触ってるAくん。でも、そこにピコンと通知が着て、『今、白雨が降っています』って書いてある。どうする?」
「なぞなぞクイズ? えっと、なんだろうって思って窓の外を見るかな」
「でしょ! そこで一旦携帯をやめられるの。しかも勉強にもなるし、風情も味わえるし、日々が特別に感じられる! って感じでどうかな?」
若干強引かなって思ったけど……。
するとしばらく考えてからカイくんが、
「……まあ、いいんじゃない。一応理解できたし、つむぎちゃんがそこまで作りたいと思ってるなら、きっとうまく作れるよ。モチベーションは大事だしね。あと目的である、『利用者に喜んでもらえる』も満たしているし、日本の伝統文化にも触れてる。ボクとしては時間もないからこれで行こうと思うんだけど、つむぎちゃんは?」
あ、しぶりながらも賛成してくれた。
「うん、これを作りたい!」
「じゃあ決まりだね。っていうかつむぎちゃん、なんかあったの? つむぎちゃんってあんまり主張しないタイプだと思ってたよ」
「え、あれ……本当だ」
わたし自身直前を振り返ってかなり驚いた。
いつもはそこまで意見を貫かないし、やりたいって言い張らない。
だってなんか恥ずかしいし、わがままを言ってる感じになるから無意識に避けてたのかも。
でも不思議とその壁みたいなものはもうない気がする。
「なんかね……自分でもよくわかってないんだけど。今日新しく仲良くなった子がいて、その子にはじめてプログラミングが好きって打ち明けたら、すごいねって言ってもらえたんだ。だから、その……もう少し自分を出してみてもいいかなって、そう思えたの」
「そっか、それはよかったね。そうだよ、そのままのつむぎちゃんが生き生きしてていいと思う。むしろ話しやすいし。自分の個性をわかってくれなかったら、まあ、そういう人なんだって気にしなくていいよ。ちなみにボクは最初に会った時のつむぎちゃんよりも、断然最近のつむぎちゃんの方が好き」
「そ、そうかな。そんなに変わってる?」
「うん。会話もスムーズだし、すごく頼りになる。それに――」
「それに?」
わたしが聞き返すとカイくんはスピーカーの奥でふふっと笑って、
「ないしょ。いつか話すよ。要はそのままのつむぎちゃんがいいってこと!」
「え、なになに! すごく気になる! アドバイスなら教えてよ」
と、わたしはパソコンに向かって前のめりになる。
でも、
「えー、どーしよっかな。じゃあ、言うけど――」
ピコンッ
「あ、通話切った。ずるっ! えー……何だったんだろ」
わたしは通話が切れた画面を動かしながら、カイくんのアイコンを恨めしい気持ちで見つめた。
まあ、でもいつか教えてくれるみたいだし、待つしかないよね。
こうしてわたしはスッキリしない気分のままパソコンを閉じた。
そして、十月十日。『春山桜中学校 灯火祭』がやって来た。
このお祭りは地域の人もいっぱいやって来るから、この中学校にとってかなりの大イベントなんだ。
わたしたちC組は体育館で演劇をする。時間としては、ちょうど午後二時から始まって途中休憩も挟みつつ三時に閉幕予定。なんと一時間の大作なの。
樹くんが脚本を書いてくれたんだけど、かなり意外なことに、すごく感動してキュンキュンできると評判の『眠れる森の美女』になったんだよ。
いつも真面目な感じなのに、そんな特技があったとはびっくりだね。
でもそれまでは暇だから、わたしはハルと一緒にのんびり校内を回ることにしたの。
「じゃあ、つむぎどこに行きたい?」
C組の廊下の前でハルがこちらを振り返った。
わたしは生徒会が作ってくれたパンフレットを見て、
「ん~、まずはちょっとお腹もすいてるし近いから、B組のカフェに行かない?」
「あ、いいよ、一条くんもいるみたいだし。彼、こないだのお祭りで初対面だったけど、結構話しやすくていい人だよね」
「うん、いい人だよ――って、え。待って、なんかめちゃくちゃ並んでるんですけど……」
わたしたちが少し移動すると、奥の階段まで長蛇の列ができているのが見えた。行き交う人だかりで見えなかっただけで、まさかこんなにいたとは。
わたしは申し訳なさそうな顔でハルを見て、
「ごめん……時間かかりそうだし、ほかのとこ行く?」
「うーん、ここでいいんじゃない? だってもうすぐお昼だから、今変えたところでそこもかなり並びそう」
「それもそっか。じゃあ、大人しく並ぼう」
というわけで、わたしたちは長い行列の最後尾に並んだ。
「ねえ、つむぎ。劇、成功するかな」
「大丈夫だよ。役者も上手いって先生も褒めてたし、わたしも結構気合入れて小道具を作ったんだから!」
「あの榊くんの剣、作ったのつむぎなんでしょ。めちゃくちゃ綺麗に光るよね。あれどうなってんの?」
「LEDをプログラミングして、動きによって光り方を変えたの。『眠れる森の美女』のアニメのラストシーン、たくさん見返して研究したんだよ」
と、わたしが力説した時、列が動いたので進みながらハルは笑って、
「そういえば最近になって、プログラミングが趣味だったって知ったわ。でもつむぎらしい趣味かな。しかも、プログラミングはそんなこともできるのね」
「まあ、ちょっと時間はかかったけどね。役者の人には頑張ってほしいし」
「――特に榊くんとか?」
ハルがなんだか意味ありげな表情をしたので、わたしは慌てて否定する。
「ち、違うよ。みんなに頑張ってほしいの。そりゃまあ、榊は重要な王子様役だし、頑張ってほしいけどね」
「ふーん、そうなんだ。幼馴染って面倒くさいね。っていうか、こないだの夏祭りの時初めてあんな榊くんを見たわ。いつもはなんでもできるリアル王子っぽいけど、実はめちゃくちゃ不器用なのね」
「え? うーん、そうかな、よくわかんないけど。まあ、今回も運よくちょっと前にギブスがとれたし、無事に演じられるみたいでよかったよ」
「あ、それとさ、アタシは後で聞いたんだけど、初めにオーロラ姫役引いたのつむぎなんだって? 譲ってよかったの?」
「うん、わたしにはできなかったよ。だから自主的に譲ったの」
「はぁ……榊くんがそれを知ったらなんと言うか。ていうか、今回の劇を見て何か思うことはないわけ?」
「え、ないけど。そもそも裏方も手伝ってたから、まだあんまりよく見てないんだよね」
と、わたしが答えたところで、いつの間にか先頭に来ていた。
すると、
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「あれ、カ……一条くん!?」
なんと執事の格好をしたカイくんが、思わず見とれてしまうような表情で立っていたの。
「きゃー、一条くんよ!」
「え、さっきまでは裏方にいたのに、なんで!?」
「ずるい、私も一条くんに案内してもらいたい」
後ろの方に並んでいたカイくん狙いの女子が、みんな悲鳴を上げる。
でもそんなことを一切気にしないでカイくんは微笑み、
「では一番奥のお席へご案内いたします。どうぞ」
そうしてカイくんにエスコートされたわたしたちはメルヘンチックな店内へ入り、かわいらしいウサギ型の白いイスを引いてもらって、若干恐縮しながら着席した。
さっきからほかの女子の視線が痛いんですけど……。
わたしたちが荷物を置いたのを確認するとカイくんは、
「それではメニューを決めたらお近くの店員をお呼びください。ボクは裏方に戻ります」
「あれ、帰っちゃうの!?」
わたしが驚いて聞くとカイくんはいたずらっ子みたいな表情で、
「君は特別だったから」
と、わたしにだけ聞こえる声でささやくと、
「では、ごゆっくり」
そう言い残して厨房に戻って行ってしまった。
え、特別ってどういうことだろう?
プログラミングのチームメイトってことかな。
でもたぶんカイくんがいると店内が混乱しちゃうし、今だけ案内してくれたんだよね。
そう考えながらメニューを見ていると、
「ねぇ、最後一条くんなんて言ってたの?」
と、ハルが興味津々の顔で聞いてきたので、正直に答えようとしたんだけど、チームメイトであることを知らないと勘違いされそうなので、
「混乱するから戻るって。カイくんも大変だよね」
もちろんわたしなりに解釈した内容だけど、合ってるよね?
「そっか。まあ、毎回この騒ぎじゃ、イヤにもなるか」
ハルは納得した表情でうなずいた。
それから適当に食べたいメニューを選んで、店員の女の子に注文をとってもらった。
「では、少々お待ちください」
その言葉から五分ぐらいたって、わたしたちのテーブルにはパンケーキと紅茶のセットが二つ並んだ。
それを見たわたしは、
「なんか似たようなもの頼んじゃったね」
「でもつむぎのはイチゴジャムでしょ。アタシのはブルーベリージャムだから、ちょっと交換して食べない?」
「あ、いいよ」
まずは一口自分のを頬張る。
しばらく味わってから、わたしは思わず目をつぶった。
なんか、甘さとイチゴの酸味が丁度良くて、文化祭のクオリティーとは思えない。しかも一緒に頼んだアールグレイもよく合う。
幸せ……。
「ねえ、ハルのもさっそくもらっていいい?」
「あ、じゃあ、アタシももらおっと」
そう言って少し切とってハルのお皿からおすそ分けをもらう。
あ、これもいい!
イチゴよりは大人っぽい上品な感じで、これまたほっぺが落っこちそう!
二人とも、食べ終わるころにはお腹いっぱいになり、満足感が高い状態でB組の教室を出た。
それから一年生の教室も回ったんだけど、今年はゲームができるお店が多かったかな。
特にバスケのスリーポイントシュートをやるコーナーでは、ハルがなんと全部入れ、景品のバスケットボールのストラップをもらってた。すごいよね。
ほかにも謎解きゲームでは、前にわたしが作ったアプリの問題と何問か被ってて、一問ミスで優勝。ここでは、かわらしい折り紙の金メダルをかけてもらえたの。
なんかどれも温かみがあって、これぞ文化祭って感じがして楽しめた。
「面白かったね! じゃあ、体育館に行こう」
「そうね。もう一時半まであと五分しかないしね」
準備とかもあるから、C組は一時半集合なんだ。
さっそく体育館に行ってみると、すでにクラスメイトが荷物とかを運んでいて、わたしたちは慌てて舞台袖に急いだ。
ハルは大道具だからそこで一旦分かれて、わたしは同じ担当の舞を探す。
左の部屋にいるかなって思ってドアを開けると、
「あ、ちょうどよかった! つむぎ、そこのバックとってくれない?」
小さな部屋の中にはうずくまった香織ちゃんと、その横にかがみこんでいる舞がいたの。
わたしは舞に言われた通り、すぐに隅にあった黒いバックをとって、舞に手渡した。
「どうしたの? 香織ちゃん、大丈夫?」
「ああ……うん。なんか昨日から風邪をひいちゃったみたいで。あ。ありがと、舞」
舞はさむがる香織ちゃんにカーディガンをかけた。
「香織、劇に出られるわけ?」
「出るよ。だって誰もセリフを覚えてないし。なんとか劇はやりきる」
そういう香織ちゃんはかなり辛そうだった。
「まあ……それは事実だけど。でも途中で倒れられても困るよ」
「何とかするから。とりあえず着替えだけ手伝って」
「……わかった。つむぎも手伝ってくれる?」
「あ、もちろん」
わたしはうなずいて、二人がかりでようやくドレスに着替えさせた。
でも香織ちゃん、ここまで劇に出ようとしてくれるなんてすごいな。
風邪で頭ももうろうとして大変なはずなのに、主役だからって無理をしてくれてるんだ。
もしわたしだったらここまでやれてない。
なんというか、プロ根性みたいなものを感じてわたしは感動してしまった。
「あと五分で本番です。そろそろ出演者の方は舞台袖にお願いします」
鳴ちゃんがそうみんなにアナウンスして、香織ちゃんもピンクのドレスを握りしめて立ち上がる。
「香織ちゃん」
香織ちゃんが部屋から出て行こうとした時わたしはとっさに、
「頑張ってね! 応援してる」
「――ありがとう。行ってくる」
香織ちゃんはそう微笑んで、ドアの向こう側に消えた。
それはまるで戦いにいったような、そんな雰囲気さえあった。
わたしにできることはもう、とにかく舞台が無事に終わるように祈ることくらいかな。
その時、大きな拍手と歓声が聞こえた。
舞台はどこかの王国。待望のお姫様のお祝いパーティー真っ最中。
するとどこかか悪い魔女がやって来て、パーティーに呼ばれなかった腹いせに、オーロラ姫に『16歳の誕生日に糸車の針で指をさして死ぬ』という呪いをかける。
でも妖精の魔法で、それは『眠るだけ、また王子のキスで目覚められる』というものに変わった。
さて、時は流れてオーロラ姫が16歳になる誕生日の前日。
悪い魔女から隠れて森にすんでいたオーロラ姫は、王子様と出会う。
でも魔女に見つかって、とうとうオーロラ姫は眠りについてしまった。
そこで王子様がバラのツタが張り巡らされた城に駆け付け、ドラゴンになった悪い魔女を退治。
最後にキスで目覚めさせて、ハッピーエンドというストーリー。
さすがにキスはできないから、王子様の愛の言葉で目を覚ますって設定だよ。
そして、舞台は香織ちゃんの奮闘もあって第二部まで終了。
この劇は樹くんの裁量で、男子がやりたがっていたアクションシーンとか、お笑いっぽいとこもあってかなりアレンジしてある。
だけどそのおかげで、お客さんはもう大盛り上がりだ。
五分休憩の後、最後の王子様が助けに来るクライマックスのシーンがある。
わたしは舞台袖から見ていたんだけど、香織ちゃんの様子が気になってまたあの左の部屋に戻った。
すると、
「あ……ごめん、朝宮さん。もう結構辛いかも」
床に倒れこんでいる香織ちゃんがいたの!
わたしが慌てて駆け寄ると、香織ちゃんはかなり苦しそうな顔でこっちを見ていた。
おでこに手をあててみると凄い熱があって、これはそろそろ限界が来ているんじゃないかと思う。
「香織っ! 大丈夫!? もうヤバいじゃん、私保健室の先生呼んでくるからもうちょっと待ってて!」
その時ちょうどやってきた舞がぎょっとして叫ぶ。
そんな舞に顔を向けて香織ちゃんは、
「で、でも……ラストどうしよう」
「んー……あ。なら、つむぎにやってもらえばいいじゃん!」
「え、わたし!?」
突然白羽の矢が立って、わたしはだいぶ困惑する。
「む、無理だよ。セリフ覚えてないし!」
「ラストのセリフは、『王子様』と『はい』を言うだけでしょ。あんなの初見でもどうにかなるって」
「いやいやダメでしょ!」
「何言ってんの。あとはほとんど寝てるだけ。それに一度はくじで当たったわけだし、正当な代役だと思うけど。ほらほらあとちょっとしか時間ないし、さっさと諦めてドレスに着替えて」
「え……」
でもいきなりステージに出るなんてハードルが高くない?
みんなが作り上げた舞台を台無しにしたくない気持ちはあるけど、わたしが出たら逆に壊してしまいそうな気もする。
そんなことを考え、わたしが下を向いて決めかねていると、
「朝宮さん……」
「か、香織ちゃん! 無理しないで安静にしてて」
香織ちゃんはよろよろと立ち上がってわたしの手を掴むと、
「お願い。あの時譲ってくれたことに感謝してる。……だからというわけでもないんだけど、そんな優しい朝宮さんにやってほしい。わたしの代わりに物語を終わらせて」
「……」
そこでふと、先日のカイくんとの会話を思い出した。
そうだよ、わたしは前と変わったはず。
この方がいいってカイくんも言ってくれたし、わたしもそうなりたいって思った。
今、わたしは珍しく期待してもらってる。
それに、今までの劇につまったみんなの思いも裏切れない。
わたしは香織ちゃんをもう一回見て覚悟を決め、
「――わかった。じゃあ、代役やるよ」
その言葉を聞くと舞はほっとしたように、
「よかった~。偉いぞ、つむぎ。じゃあ、私は超特急で保健室に行ってくるね」
と、すぐにドアからいなくなってしまった。
香織ちゃんもこっちを向いて、
「頼んだよ、朝宮さん」
その目を見てわたしはコクンとうなずいて、
「任せて。香織ちゃんの分も頑張るから」
「うっ」
魔女が変身したドラゴンが、ボロボロになってうずくまっている王子を追い詰める。
風がごうごうとうなり、雷が城のてっぺんに落ちた。
妖精からもらった剣は折れてしまい、もはや絶体絶命だ。
「ははははは! やはりお前には姫も国民も守れやしない。もはや、ここまでというわけだ。大人しく降参して逃げ帰るがよい」
「いや・・・・・・まだだ」
王子はそう言いながら、決死の表情で立ち上がって、
「姫も国民も、お前には渡さない・・・・・・!」
「なんだと」
「これで終わりだあああああ!」
王子は最後の力を振り絞って、折れてしまった件の代わりに腰から短剣を取り出し、ドラゴンのお腹に突き刺した。
「グワァァァーーーー!」
ドラゴンは断末魔を上げて、舞台上から消えていく。
このシーンは大道具担当の頑張りにより、かなり迫力のあるシーンとなったんだ。特にドラゴンは五人が獅子舞のように息を合わせて動かすので、雨風の効果音なども相まって、見ている側を圧倒するような出来になっている。
そしてここでいったん幕が閉じ、わたしの出番であるラストシーンの準備が始まった。
さっきまでの瓦礫やお城の背景は、上品な部屋に変えられ、オーロラ姫が眠りにつくための天蓋付きのベッドが四人がかりで運び込まれる。
そんな中、香織ちゃんから譲り受けたピンクのドレスを着て、わたしはいそいそとそのベッドの中に潜り込んだ。
作り物だから多少背中が痛いけど、まあそれはしかたがない。
「幕開きます。撤収ー!」
鳴ちゃんの指示が飛んで、大道具を最終チェックしていた子たちがパタパタと舞台袖にはけて行った。
するとゆっくり幕が左右に開いていって、舞台が再開する準備が完了した。
「オーロラ姫! ああ、ここにいたのか」
王子様役の榊が登場して、わたしのベッドのとなりにやって来た。
わたしは慌てて目をつぶって、眠りについているふりをする。
「あれ、なんで、お前」
そんなつぶやきが聞こえた気もするけど、わたしはもう心臓がバクバク激しい音を立て、頭が真っ白の状態だった。
セリフは二個だけだけど、ちょうどいいところで言わないといけない。
でも、そこまで練習の時に真剣に見てなかったから、だいたいの雰囲気しかわからないんだ。
確か・・・・・・この後、王子様が「起きてください」みたいなことを言って、一個目のセリフを言いながら起きるんだよね。
なんとか内容を思いだしながら耳をすませていると、
「オーロラ姫、お願いです。もう一度目を開けて、あなたの可愛らしい笑顔をみせてください」
あ、たぶんこれだ。
わたしは上半身を起こして両腕をぐっと伸ばし、あたかも今目覚めたように目をパチクリさせて、榊に向かってにっこりと、
「王子様!」
すると榊はいつもと別人みたいに完璧な笑顔を浮かべて、
「あなたにまたお会いできてとても嬉しいです。もっと明るいところであなたの顔が見たい。あの月明かりが美しいバルコニーに出ましょう」
そのセリフとともに、わたしと榊は舞台の中央に移動する。
でもステージの真ん中は、スポットライトがあたってかなりまぶしかった。
すると、榊は片膝を床についてかしずき、わたしの両手をとってほほえんで、
「あなたが一生眠りについてしまうのではないかと思いました。もしあなたが死んでしまったら、僕は生きていけない。それぐらいあなたのことが大切なのです」
何でだろう。榊の顔なんて見飽きているのに、そのひたむきな表情にさっきからすごくドキドキする。
きっと劇で緊張しているからだよね。そのドキドキに決まってるじゃん。
でもなんか、榊がいつもと違う気がする。
目の前の榊が、本物の王子様に見えてきたなんて、まさか――。
「あなたがどこにいても、必ず迎えに行きます」
その時、一瞬だけ榊がニヤッと笑った気がするけど……。
観客が息をのんで見守る中、榊はわたしをのぞきこみながら、
「――だから、これからもずっとそばにいてくれますか」
わたしはなぜか榊から目が離せなかった。
どうしようもないほど切なく、胸が苦しくていっぱいになる。
こんな気持ちになったことなんてない。
なんでだろ。周りの音が一切消えて、二人だけの世界になったみたい。
本当はお客さんがたくさん見ている舞台の上で、ただ演技をしているだけなのに。
頭の中がパニックになった状態で、わたしはなんとか最後のセリフを口にする。
「……はい」
そう言ったとたん、舞台が暗転になり、幕も閉じて来て、お客さんの拍手と歓声につつまれた。
わたしは榊に合わせてお辞儀をしながら、まだ頭がボーっとしているのを感じた。
でも劇自体は、どうやら上手くいったみたいだね。
それからすぐに片づけが始まって、あれよあれよという間に、手際よく舞台が解体されていく。
わたしは疲れていたのであまり実感がなかったけど、とにかく、こうしてC組の劇は幕を閉じた。
「いやぁ〜、よかったね。まさかつむぎが代役になるとは思わなかったけど、でも結構、うまかったじゃないの」
灯火祭が無事終了し、夕日が落ちてすっかり校庭は真っ暗になってしまった。
そんな中、春山桜中の生徒が、文化祭で特に楽しみにしていた後夜祭が行われている。
今は、ちょうど点火されたキャンプファイヤーの灯りをぐるりと囲み、全校生徒が輪になって火を見つめているところ。
その赤々と燃える炎を見ていると、なんだか一日の疲れも癒やされて、逆にしんみりとしてきてしまう。
わたしがとりとめもなく色々なことを考えながらその炎を見ていたら、突然ハルがとなりから話しかけてきたんだ。
だからわたしも疲れたように笑って、
「もう、無我夢中だったけどね。みんなの舞台を台無しにしなくて、本当にホッとしたなぁ」
「立派に成長したのね。お母さん、感動したよ」
と、ハルは両手を顔にあてて、しくしく泣く仕草をしてみせた。
「親目線なんだね……」
わたしはその横でちょっと呆れ顔。
まあ、ハルにはいつもお世話になってるし、あながち間違いではないかも。
「……あ、そうそう」
すると、いきなりハルが泣きまねをやめてこっちを見て、
「最後の榊くんのセリフって、直前で変わったの?」
「そうなの?」
「あ、そういえばつむぎは裏方で忙しかったから、練習の時まともに見てないんだっけ?」
「う、うん。少しは見てたけどね」
話の行く先が見えなくて、警戒しながらうなずくと、
「榊くんの『あなたがどこにいても、必ず迎えに行きます』だっけ? あれってリハーサルの時はなかった気がするのよね。まあ、榊くんがその時に言い忘れていたセリフかもしれないけど。それと、そのあとに『これからも』って言ってなかった?」
「言ってたような、言ってなかったような……」
「あれ、本当は『これからは』ってセリフなの。榊くん、間違えたのか……口から出ちゃったのか……」
そこでふと、わたしは顔を上げた。
あれ、なんか次のプログラムがはじまるみたい。
周りの人が移動しているのを見て、わたしは急いでハルの肩をたたいた。
「なんかみんな立って移動してるよ。わたしたちも行かないと」
するとハルも顔を上げて、
「あぁ、次は……フォークダンスだっけ?」
そう言うと、わたしが教えてあげたのにもかかわらず、ハルはさっさと立ち上がり、わたしを引っ張って歩きはじめた。
フォークダンスは各学年ごと。スタートは自分のクラスからなので、とりあえずC組が集まっている場所に移動する。
ちなみにわたしはちょうど樹くんがはじめのペアのようだ。
「なんか……緊張するね」
落ち着かない様子の樹くんが話しかけてくれる。
「うん。それよりもわたしは足を踏まないか心配。踏んじゃったらごめんね」
「ははっ、そうだね。僕も踏んだらごめん」
二人で和やかな会話をして、時間をつぶしていると、
「それではスタートです!」
という先生の掛け声で、学校で二回練習しただけの付け焼刃のフォークダンスが始まった。
手をつないで足を前後ろに出したり回ったりするんだけど、振りを必死に思い出すのに集中しちゃって、ずっと足元を見たまま踊る。
そもそも顔を見るとなんだか恥ずかしいし、なんでこんなことをしているのかもわからなくなってきた。
わたしはあたふたしながらも、止まることなく次の人へと交換していき、B組の人のところまでやってきた。
「あれ、つむぎちゃん。なんでずっと下向いてるの?」
聞きなれた声に顔をあげると、なんとカイくんが爽やかな笑顔でわたしの顔をのぞき込んでいたの!
あ、そっか。カイくんはB組だもんね。
「緊張しちゃって……っていうか、なんで名前呼び――」
「心配しすぎ。こんな大音量の中だし、誰も聞こえやしないよ。それより、もうそろそろ交代みたいだし、最後にお願いがあるんだけど」
「お願い?」
わたしがクルっと回りながら聞き返すと、カイくんはいつになく真剣な表情で、
「この後夜祭の後、誰にも言わないで屋上に来て。屋上で待ってるから」
「え? おくじょ――」
わたしが言いかけたところで、次の人へ交代になってしまった。
屋上に何かあるのかな?
よくわかんないけど、どうせプログラミングのことだよね。
そう踊りながら一人で納得していると、いよいよラストのC組のところまでやってきた。
なんとなくチラリと次のお相手を見ると、そこには先ほどまで王子様役だった幼馴染がいた。
次、榊なんだ。
そう認識したとたん、急に心臓が激しく音を立て始めた。
な、なんでこんなに緊張してるんだ、わたし!
すると、さっきの舞台上での榊の表情がフラッシュバックする。
あんなにキラキラして見えたなんて、わたしどうかしてるよね!?
いつも嫌味ばっか言ってくるヤツだよ? 憎たらしくて、腐れ縁だし。
でも、たまに優しいよね。本当にたまに。
となりで踊っていた榊も、こっちを見て驚いたような顔をした。
最後の振り付けが終わる、次の人に手をさしだす――。
「はい、じゃあそろそろ終了! これで後夜祭も終わりです。気を付けて帰ってねー」
BGMが止まって、わたしと榊もそのままの状態でピタっと止まった。
すると榊が先にハッとして手を下げ、なぜかすぐに後ろを向いてしまう。
わたしもそれを見て、なんだか無性に恥ずかしくなりながら手を下した。
ちょっと待って、わたし、今何を考えていたの。
あと少しだったなんて、まさかそんなこと考えてなかったよね!?
わたしは一人で混乱状態に陥りながら、散り散りにみんなが動き始めたのを見て、なんとか校舎に向かって歩き出した。
後夜祭では役割がなく、このまま帰ってもいいんだけど……。
そこでカイくんの言葉を思い出す。
『この後夜祭の後、誰にも言わないで屋上に来て。屋上で待ってるから』
そうだ! 屋上に行かないと。
わたしは教室に行こうとしていた足先を屋上に変え、待たせては悪いので、屋上に向かって階段を駆け上がった。
緑色の重いさびた扉を開けて、星空の輝く屋上に出る。
すると、
「来てくれたんだ」
カイくんがビルの夜景を背に、こちらに向かってニッコリと微笑んだ。
わたしはそんなカイくんに駆け寄って、
「もちろんだよ。で、どうしたの?」
そう聞くと、カイくんは外の景色に目をやって、
「ちょっと長い話をするね。……ボクは、小さいころからいろいろと人よりできることが多くて、たくさんの経験をさせてもらったんだ。こないだの留学もそう。でも、その分いっつも孤独だったんだよ」
「孤独?」
カイくんから聞くとは思ってなかった言葉に、わたしは目を丸くする。
だって、カイくんっていっつも人に囲まれているイメージだったし。
「そうだよ。精神的な孤独さ。ボクの才能とか見た目とか年齢、そういうものに言い寄ってくる人はたくさんいたけど、そうじゃないんだ。純粋な友達や仲間にすごく憧れてた。でも、誰も理解してくれない。そりゃそうだよね、恵まれてるから、これ以上なにをわがまま言うんだって思うよね」
わたしはその自傷的な笑い方を見て、何も言えなかった。
「恵まれてるって、酷く理不尽な言葉だよ。きっと呪いみたいなものなんだ。自分は誰かより金持ち、位が高い、美しいって思って、それを幸せだと思いこむための呪文なんだ。ボクはずっとこの言葉で自分を安定させてたけど、無理だった。だって、自分が辛いんだって気づいちゃったからね。幸せの基準ってないんだよ。みんな勘違いしてるみたいだけど」
「……それじゃあ、今も辛いの?」
わたしが恐る恐る聞くと、カイくんは笑って、
「いや、そうじゃない。ボクはようやく自分と同じような人に出会えたんだ。あ、ボクと同じように不幸ってわけじゃないよ。同じ目線で生きているけど、全然違うものも持っていて、かつ、ボクを普通に仲間として扱ってくれた」
そう聞いて、わたしはホッと胸をなでおろす。
「そっか……よかったね。そんな人に巡り合えるなんて奇跡だよ」
「そうだね、ボクもそう思う。それに、初めはその人と友達でいられればいいって思ってた。でも、なんか、気づいちゃったんだよ」
「なにを?」
カイくんは少し黙ってから、やがて意を決したように、
「――その人が好きなんだって。ずっととなりで笑ってくれたらいいなって」
わたしはなんでそんな話をされているのか、よくわからなかった。
「えっと、そっか……。え、あの……どういうこと?」
「わかんないの?」
すると少し苛立ったようにカイくんは振り返って、
「君のことが、好きなんだよ」
「え……」
わたしはびっくりしすぎて、目を見開いた。
でもカイくんの目はジッとこちらを熱心に見ていて、わたしは思わず息をとめてしまう。
カイくんが、好き? わたしを!?
ありえないシチュエーション過ぎて頭が追い付かない。
だって、あのカイくんだよ。
あ、でも。そういえばこないだの通話で、今度話すって言ってたけど、このことだったのかもしれない。
告白されたら……とりあえず、返事をしなきゃいけないよね。
わたしもカイくんのことは普通に好きだし、付き合ったりとかしたら、すごく優しくしてくれそう。
でもそこで、パッと誰かの顔がよぎった。
さっきもそうだし、今も、なんであの幼馴染が出てくるわけ!?
全然関係ないじゃん。だってアイツは――。
アイツは、なんだろう。わたしにとって榊って、何?
幼馴染であることはまあ、事実。そういうことじゃないよね。
お兄ちゃん的な感じかと前までは思ってたんだけど、今はなんだかしっくりこない。
じゃあ、保護者? 友達? 親友かな?
でも、どれも違う気がする。
榊に褒められると嬉しいし、一緒にいるとなんだかんだ言って安心する。
されてもらってばかりじゃなくて、こないだの骨折とかはすごく心配したし、気を使われたらなんだか寂しかった。
けど、榊の笑っている顔が一番好きかな。
いつもとなりで笑ってくれたらいいなって思うけどって……あれ?
『ずっととなりで笑ってくれたらいいなって』
さっきのカイくんの言葉がよみがえる。
ということは、まさか。
わたし、榊のことが好きなの!?
ズドーンっと雷に打たれたような衝撃が走る。
ええええええええ!?
でもワンテンポ遅れて、今までの思い出が一気にあふれてきた。
どんな時もずっとそばにいてくれて、助けてくれて、笑ってくれて。
よく考えれば、そんなことされたら、誰だって好きになっちゃうよね。
なんだか腑に落ちたというか、前からそうだったみたいな感じさえする。
でも今気づいたところで、どうしよう。
だって告白されてるんだよ?
しかもカイくんは大切な友達だし、傷つけたくない。
わたしが返事をしないまま黙っていると、
「……まあ、いきなりだから困ったよね。ごめん。じゃ、返事はプログラミングのプレゼンの後で聞かせてくれる? このせいで気まずくなっちゃったら申し訳ないし」
「あ……うん」
わたしはあいまいにうなずいた。
「夜遅いのに、屋上まで来てくれてありがとう。気を付けて帰ってね」
「うん、わかった。またね」
わたしは何が何だかよくわからない状態でそそくさと屋上を後にした。
だって気まずかったし、とにかく早く帰って一人になりたかったから。
もういろいろと頭がごちゃごちゃだよ!
つむぎが去ってから少し経過して、一条は屋上の扉を開け、階段を下りていた。
なにも考えず、一段一段にゆっくりと足をのせる。
でも、階段の中腹でいきなり立ち止まると、
「――なんだ。いたんだ」
その目線の先には、階段の下で一条をジッとにらんでいる榊がいた。
暗い踊り場にわずかに月明かりが差し込む。
一条は特に慌てもせず、ちょっと困ったように白い髪をかき上げて、わずかにほほえむと、
「何? なんか用?」
問いかけても、榊はただ鋭い視線を投げかけてくるだけだった。
それからしばらく榊は無言で立っていたが、やがてこちらに背を向けて、
「別に」
とだけ言い残して、さっさとどこかへ消えてしまった。
「なんだそれ」
一条は思わず苦笑する。
「相変わらず榊はわかりやすいな」
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