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7. メリー・缶詰・クリスマス
「一応今まで出し合ったアイディアをもとにして、仕様書を直したんだけど、どうかな?」
わたしの部屋にはいつものごとく、パソコンから聞こえるカイくんの声が響く。
時間は八時。今日はなんだかあんまり集中できない。
あ、ちなみに仕様書っていうのは、設計図と同じようなものだよ。
「うん、見えてる。すごい綺麗に整理されてるね。わかりやすいよ」
わたしは画面に見えている文字を見ながら相槌を打った。
でも、
「――はぁ。やっぱり、ボーっとしてるでしょ。修正版はまだ送ってないよ。たぶん今見てるのは一回目のやつ」
「ふぇっ? うっそ」
慌てて上に画面をスクロールすると、その右上に①と書いてあった。
あわわわ。ていうか、ボーっとしているのバレてたんだ。
「今から送るのは訂正版の②。しっかり確認してくれないと困るよ」
「わかった! よく見るから!」
カメラはないからカイくんには見えないのに、わたしは大きくうなずく。
すると、ピョコンっとメールが届いたので、添付されたファイルを開いた。
あ、ちゃんと②って書いてある。
わたしはそう思いながらサラッと通読して、
「今度は無理のない設計になってると思う。フリーの素材も使いようだしね」
「まあね。できるだけ楽できるところはしちゃってもいいと思う。じゃあ、Tって書いてあるものはつむぎちゃんが、Kって書いてあるのはボクがやる感じだから、よろしく」
なるほど、頭文字だね。
「わかった。仕様書ありがとう、また明日ね」
「うん。じゃあ、おやすみ」
そうカイくんが言って、通話が終了する。
わたしは軽く伸びをしながら、画面上の文字を見つめた。
わたしが集中できない理由はもちろん、文化祭の日の告白が原因。
あれから2週間ぐらいたってるけど、その間、こういう会議では気持ちがふわふわしちゃって、まともに話を聞けない。
ていうか、逆にどうしてカイくんはあんなに普通なの!?
あの日のことが全て夢だったんじゃないかと思っちゃうよ。
カイくんとのパソコン越しの通話でさえこんな感じだから、榊と会うときはもう大変。
やっぱり嫌われたくないし、変に感づかれるのもイヤだから、毎朝の登校はかなりぎくしゃくしてしまう。
それでも一緒にいられるのは嬉しいけど、榊がそんなわたしを不審そうな目で見てくるから、逆に辛かったりもする。
あー、なんか自覚する前みたいに振舞えなくなちゃったな……。
わたしはそんなモヤモヤした気持ちのまま、カイくんが作ってくれた仕様書を見て、コードを打ち始めた。
完全に寝不足だぁ。
次の日の朝、わたしは大きなあくびをしながら、鏡の前で制服の最終チェックをしていた。
目は完全にまだ眠っているし、率直に言ってすごく眠い。
寝れなかった理由はもちろんプログラミングのコードを書いていたからなんだけど、それにしたってこれから榊と会うのに、こんなグダグダな感じで幻滅されないか心配。
……って、なんかすごく思考が乙女っぽくない!?
「よし、とにかくあたって砕けろ、だよね。」
わたしは両手のこぶしを握りしめて気合を入れ、自分の部屋から勢いよく出た。
「おー、最近早いな。おはよ」
家を出ると、目の前に制服を着た榊が立っていた。
「お、おはよ……」
わたしはそれだけで顔が真っ赤になる。
これ、明らかにおかしな反応だよね。
わー、また変なヤツって思われちゃうよ。
すると思ったとおり、榊はけげんそうに顔をしかめて、
「お前……なんかあった?」
「な、ないよっ? ほら、早く行かないと」
わたしはそう言って無理やり切り抜け、バス停に向かって榊より先に歩き始める。
榊も後からついてきて、となりに並んだ。
「いや、明らかに変だろ。どうした? 定期テストの心配でもあんの?」
榊が顔をのぞきこんでくる。
とたんに心臓が大きくジャンプした。
「ないって! テストはコツコツ勉強してるよ。榊には勝てないかもだけど」
わたしは目をそらして、なんとか冷静を装う。
「へぇ、そうか。じゃあ……アイツか?」
と、急に榊はためらいながらそう言った。
「アイツって?」
「一条だよ。なんか……えっと、そう。プログラミングでなにかあったかと思って」
榊は何か途中言うことを変えたかのように、不自然に言葉を終結させた。
わたしは首をかしげる。
「特にないけど。むしろアイディアが固まったから、結構順調だよ」
「まぁ……それならいいけど」
煮えきらない榊の態度に、なにか引っかかりを覚えた。
何が言いたいんだろう。
「どうしたの? 言いたいことがあるなら、言ってよ」
わたしがそう言うと、今度は榊が困ったように視線をそらして、
「あ、あぁ。お前……その、アイツとなんかあったかなって思って」
まさか榊、あの告白のこと知ってるのかな。
でもあれは、わたしとカイくんしか知らないことだし、カイくんが自分から言いふらすとは到底思えない。
ということは、わたしが榊にもわかるくらいに動揺してたってことだよね。
そりゃあ、初めて、しかもあんなイケメンから告白されたら動揺するじゃん?
けど、もしそうなら、カイくんにものすごく申し訳ない。
しかも絶賛片思い中の相手にそれを知られるって、なんかよくない感じがする。
だって榊は夏祭り以来、カイくんと結構仲良しだし、気を使ってわたしとカイくんをくっつけてあげようなんて考えるかもしれない。
ありえるなぁ。榊は、他人に親切にすることを信条に生きているようなヤツだし。
わたしには幼馴染だからそこまで優しくないけど、それ以外の友達とかにはいつも助けてあげてるからね。
あ、ちょっと待って。それって、わたしはもうすでに『あまり気にしなくてもいい幼馴染の枠』に入れられてるってことだよね。
そこから脱却できるのかものすごく幸先不安なんだけど……。
そんな風に、一人であーだこーだと考えあぐねていると、榊が最近よくする不審そうな目で見つめてきたので、わたしは慌てて、
「ち、違うの! カイくんとはそうじゃなくて――」
「……カイくん?」
榊はわたしの言葉を低い声で拾った。
なんか引っかかったみたいだけど……って、あ。
ヤバい! カイくんを下の名前で呼んじゃった!
すると、榊は怒ったようにわたしに詰め寄ってきて、
「お前、まさか――」
と言ってきたので、わたしはとっさに、
「ま、間違えたの! ただの言い間違え! わたしが一条くんのことを名前呼びするなんて、そんなことあるわけないじゃん」
わたしは両手を振って全力否定する。
「はぁ? どこをどうやったら言い間違えるんだ」
「間違えは誰にだってあるっていうじゃん。失敗は成功の母なんでしょ?」
「ことわざの使い方がちげーよ!」
自分でも正直そう思うけど、混乱して口から出ちゃったものはしかたがない。
そこでちょうどバス停の近くまでやって来て、今日も一本早いバスが来ていたので、わたしは榊の前からバスに向かって全力ダッシュ。
榊はブツブツ文句を言っていたけど、満員のバスの中では諦めたように無言になった。
はぁ、危なかった。気を付けないと。
わたしは深い深呼吸をしながら、吊革につかまる。
どうやら、さっきの騒動のおかげでわたしの目は完全に覚めたようだった。
十一月は特にたいした行事もないし、かなり暇になる。
だから今がアプリ開発を進めるチャンスなんだ。
それにもう二か月しかないし、かなりスケジュール的にきついよね。
今はパソコンでアイコンとか背景を描いているところ。
この作業は一人でできるし、時々通話で話し合いながら進めてるの。
今日も学校から帰った後、すぐにパソコンに向かって手を動かし始めた。
わたしはあんまり絵が得意じゃないから、こないだカイくんが借りていた和模様の本を借り直して、それを参考に作ってるんだ。
ほら、こういう柄って単純な図形を重ねてできるものも多いでしょ?
だからなんとかわたしでも様になっているの。
この作業が終わったらカイくんと合流して、モックアップっていうアプリのデザインの配置を確認する作業を行う。
やっぱりアプリの見た目は大切だし、そこをこだわりたいと思ってるんだ。
今作ってるアプリは、和をテーマとした綺麗な作品。
だけど、使いやすさも重要ではあるし、できるだけ早くコーディングの作業に移りたい。
実は少し前からちょっとずつ進めてはいるけど、やっぱり視覚的に確認できないと作業しずらいでしょ。
いくらコードができたって、素材がなくちゃどうにもならない。
例えるなら、舞台の台本だけできていて、演技する人がいない状態かな。
それにしても、絵を描くって疲れる。
こういうお絵かきが一番楽しいって人もいるんだろうなぁ。
わたしは残念ながらそうじゃないけど、プロのお仕事ではデザインする専門のデザイナーさんも開発にかかわるんだ。
本当にアプリって、いろんな人に支えられて出来上がるんだよ。
「あー、あとちょっとだし、頑張りますか……」
わたしは手のひらで頬をピシャリとたたいて、眠気を吹っ飛ばした。
さあ、集中、集中!
そうわたしが気合を入れなおした時、
ピンポーン
下の階からインターホンの音がして、ママが扉を開ける音も遅れて聞こえてくる。
「つむぎ! 舞ちゃんっていうお友達よー! あんたの部屋に上がってもらうからね」
「え、ええ!?」
わたしは意外な人物の訪問にびっくりしながらも、慌てて散らかっていた本やら資料を隅に積んで、見た目的には綺麗に整理した。
するとその数秒後に舞がドアから顔を出す。
「いやぁ、ごめんね。近くを通りかかったからさぁ」
と、あまり悪く思ってなさそうな口調で部屋のベッドに腰をかけた。
「そもそも、よくわたしの家が分かったね」
「ああ、ハルに聞いたのよ。つむぎと仲いいから。そんなことより、こないだの約束がまだ果たされてないから、こっちから押しかけちゃった」
舞はやや不満そうに口をとがらせる。
「約束……したっけ?」
「したよ! 文化祭の準備期間の時、プログラミングの作品見せて、ついでに教えてくれるって言ったじゃない!」
「そう、だったね」
確か、そんな話をした記憶があるけど、でもいきなり家に来るなんて聞いてないよ……。
戸惑うわたしにおかまいなく、舞は、
「それじゃさっそく何か見せてよ。なんでもいいから」
「あー……、じゃあ、ドーナッツフォールとか見る?」
わたしは自分の携帯を拾い上げてアプリを起動させ、舞に差し出した。
舞は両手で受け取ってワクワクしたように画面をのぞき込む。
「わぁ、すごいじゃん! めちゃくちゃちゃんとしたアプリって感じ。スタートするね」
わたしはゲームを始めた舞のとなりに座った。
そういえば、友達に遊んでもらうのって初めてかも。
ちょっぴり緊張しながら見ていると、案外楽しそうに遊んでくれているみたいだった。
「ねぇ……すっごくおもしろい! もう一回いい?」
「うん、もちろん。あ、ちなみにそれは普通にアプリだから、ダウンロードとかもできるよ」
わたしが携帯を指さしながらそう言うと、舞は驚いたように、
「マジ? 本格的じゃん。じゃあ、後でしとくわ。なんかレビューみたいなのも書いとくね」
「え、ありがとう! 嬉しい」
そこまでしてもらえるとは思わなかった。
レビューとかをもらえるとすごく嬉しいし、やる気も出てくるんだ。
「いやいや、こんないいゲームがタダとかすごすぎでしょ」
「ううん、そんなこともないよ。落ちてくる物体をすくうゲームはいろいろあるし、どうしても似てきちゃうんだ。しかも、これいいなって思ったアイディアは、もうすでに存在することも多いの」
人気が出るものって決まってるから、わたしたちはみんなそれをつくろうとするでしょ。
いつもできるだけ個性あふれる新しい作品をって思うけど、それって意外と難しいんだ。
すると、舞はポツリと、
「別にいいんじゃない?」
「え?」
「似てても、別にいいじゃん。私からすれば、それがおもしろければよしって感じ。なにがそんなに悩みどころなのかわかんない」
わたしはそれを聞いてハッとした。
もしかしたら、いつも斬新さにこだわりすぎていたのかも。
確かに利用者からしたそんなことは、はっきり言ってどうでもいいよね。
「なんか……使ってくれる人から意見を聞いたことなかったから、新鮮。でもそうだよね。いいアプリならなんでもアリだよね」
「うん、個人的にはそう思うけど」
「そっか……ありがとう。なんか大切なことを思い出した気がする」
「お? そうなの。それならよかった」
そう言って舞はほほえんだ。
やっぱり使ってもらう以上、喜んでもらいたい。
だから今日、舞から学んだことって結構大事なんじゃないかと思う。
よし、カイくんと作ってるアプリも喜んでもらえるように頑張ろう!
わたしはゲームをつづける舞のとなりで、そう心に決めた。
「寒いー、寒すぎる」
わたしはぶるぶる震えながら、もはや御用達のカフェ『ウ“ァンロッサム』に駆け込んだ。
おかしいな。コートもマフラーもして完全装備なのに、めちゃくちゃ寒い。
カフェの一番奥にある暖房の効いたテーブルに、カイくんはパソコンと向き合って座っていた。
今日はあったかそうなグレーのパーカーを着ているみたい。
「今、気象データの収集がうまくいくようになったとこ。そのデータを決められた基準と照合するところまではできてるから、あと少しだね」
パソコンを見ながらそう答えるカイくんは、なんだかすごく眠そうだった。
わたしは自分の席に座りながら、
「どうしたの? 昨日徹夜でもしたの?」
「バレたか。いや、モックアップの時に時間を使っちゃったから、早く巻き返さないとって思ってね」
そう、わたしたちはデザインの配置でかなりこだわったんだ。
何度も何度も微調整して書き直し。
だから十二月の誰もが休みではしゃいでいるこの日に、わたしたちはパソコンに向かって作業しているの。
クリスマスまで缶詰め状態って、本当どういうこと!?
期限まで15日ほどしかないのはわかってるけど、十一月からずっとノンストップだし、わたし的には少し休みたい気もする。
「ねぇ、今日はクリスマスじゃん? ちょっとお出かけしたりとか――」
「ダメ」
カイくんは画面から目を離さずにバッサリ切り捨てる。
「じゃ、じゃあ! 少し進めて、早めに帰宅しよ。ね?」
「無理。今日は一旦完成させないといけないよ」
「そ、そんなぁ~」
わたしはバタッと机に顔をふせた。
無理だとはわかってたけど、ちょっとくらい休憩してもいいじゃん!
そんな叶いそうもない夢を断ち切るように、自分のノートパソコンをリュックから取り出して机の上にのせる。
「――はぁ。じゃあ、わたしが打ったコードの部分とつなげよう」
「そうだね。つむぎちゃんのは通知と文字表示だから、ボクのとくっつけると一応完成形になる」
そう言って、カイくんはパソコンを横向きにした。
こうすることで、若干見ずらいけど、二人とものぞきこめる。
「――移せたみたい。そしたら、さっそく実行してみようよ」
わたしはさっきまでのがっかりした気分から急にワクワクして、身を乗り出しながらカイくんの画面を見つめた。
果たして、動くのかな……?
カイくんがカーソルを操作して三角形の『実行』ボタンを押す。
するとしばらくして赤い文字がバーッと現れた。
「あー、なんかおかしいみたい。関数名とかが間違ってないかチェックしよう」
と、カイくんは画面を上まで動かす。
機械って、本当にコードの通りに動いてくれるの。
でも逆に言えば、書いてないことは実行してくれない。
人間だったら、誤字があってもだいたい予測して臨機応変に対応してくれるけど、機械はそうはいかないんだ。
たまに間違ったままでも動いちゃうけど、それは思わぬ誤作動を起こしてしまうかもしれないの。
こういうミスを直していくのも、かなり大切なプログラマーの仕事なんだよ。
わたしはカイくんの画面を見つめながらふと間違いに気づいて、
「あ、そこ! 値を受け取るところがないよ」
「受け取る……ほんとだ! ありがとう、今直すよ……」
カイくんはそう言いながら間違った個所を修正していく。
「じゃあ、もう一回実行してみよう」
また三角形のボタンを押した。
すると画面に、
『てんきもよう』
というアプリの名前が現れて、ふんわりとその下に『設定』や『今の天気』
などのボタンが出現する。
デザインも、折り紙がいくつも重なったような背景に、紅葉や桜などが時間ごとにテーマの季節に合わせて動くようにした。
わぁ、結構いい感じ。
カイくんもそう感じたようで、こっちを見て、
「綺麗なアプリになったね」
「うん、やっぱりデザインにこだわってよかったよ」
「そうだね。じゃあ、次に進めようか」
それから各種機能を試してみて、しっかり作動するかどうか確認した。
途中、天気が変わっても通知が来ないトラブルがあったけど、記号を正しく打ち直したら上手く作動してくれた。
嬉しい! もう、嬉しすぎる!
「やったね、カイくん!」
「そうだね」
わたしがカイくんの顔を見上げると、カイくんは目を細めて笑った。
「つむぎちゃんって、本当にわかりやすい。嬉しいときはすごく嬉しいんだって、見ているだけでわかるし」
「そ、そうなのかな!?」
たぶん、褒められてるんだよね?
でもそれって、不満な時も顔に出ちゃうってことだし、気をつけなくちゃ。
そう考えていると、カイくんがずっとこちらに視線を向けてくるので、とうとう耐えきれなくなって、
「じゃ、じゃあさ! 作品もひとまずできたことだし、プレゼンの準備をしない?」
すると、カイくんは普通にパソコンに目をもどしてうなずいた。
「いいよ。だいたいは、話す人とスライドを動かす人に分かれるけど、つむぎちゃんはどっちがいい?」
「え、そりゃ、スライドの方がいいよ!」
わたし、カイくんみたいに上手く立ち回れないし。
カイくんってすごいんだよ。
まだ春山桜中学校にきてから半年しかたってないのに、こないだの生徒会選挙に立候補したんだ。
しかも、圧倒的な投票数で会長になってしまったの!
その時のスピーチといったら、堂々としてて、この人なら任せられるなってみんなに思わせるような素晴らしいものだったんだよ。
ついでに裏話として、カイくんは前日までプログラミングをしていたから、そのスピーチは当日のアドリブだったんだって。
ここまでなんでもできると、もはや何ができても驚かなくなっちゃうよね。
するとカイくんはニヤッと笑って、
「いや、つむぎちゃんにしよう」
「え?」
「だから、君が話すの。ボクがスライドを動かすからさ」
ということは、わたしが、大勢の人の前でスピーチするってことだよね?
「ムリムリムリ! 絶対にムリ!」
わたしは首をぶんぶんと振って、必死に拒否する。
せっかくカイくんがいるんだし、そういうのって、適材適所っていうでしょ。
でもカイくんはニヤニヤ笑ったまま、
「いやいや。なんでも挑戦しないと無理かわかんないよ。それにこの前、『もう少し自分を出してみてもいい』とかなんとか言ってなかった?」
あ、文化祭の準備の時期の話だ。
そういえば、そんなことを口走った気がする。
でもよく考えてみれば、カイくんはわたしに成長する機会をくれようとしてるんだよね。
人前でしゃべるなんて人生初だけど、ここで乗り切れたら次に繋がるかも。
プログラミングをして作品を紹介する時、プレゼンテーションって結構するから、慣れておきたいって理由もある。
「……うん。わかったけど、失敗するかもしれないよ?」
「そしたらフォローする」
「本当?」
わたしが心配そうに聞くと、カイくんはわたしの目をしっかりと見て、
「約束するよ。言ったでしょ、つむぎちゃんには笑顔でいてほしいって」
それって、そういう意味もあったんだ。
なんだか心がギュッと傷んだ。
わたしが好きな人はカイくんじゃない。
でも、こんな優しい人をふらなくちゃいけないなんて辛すぎる。
もう少しで泣いてしまいそうだったので、わたしは慌てて顔をふせて、うなずいた。
「ありがとう……じゃあ、頑張ってみる」
それだけ言うので精一杯だったけど、カイくんはニッコリとほほえんで、
「うん、頑張って。原稿ができたら見せてよ。あんまり力にはならないかもしれないど、できるだけアドバイスはするから」
わたしはその言葉を聞いて、自然と「できるんじゃないか」っていう思いがわきでてきた。
きっとこれって、カイくんの魔法だよね。
ポジティブで人を惹き付ける魅力が、わたしに勇気を与えてくれたんだ。
よし、じゃあ、期待を裏切らないようにいっぱい練習しようっと!
「あれ、結構時間が経っちゃったね」
カイくんはお店の壁掛け時計をチラリと見て、パソコンを閉じた。
もう5時だ。集中してると時間って早く経つみたい。
わたしも帰りの準備を済ませると、二人でお会計をして、カフェの外に出た。
「今日はひとまず完成してよかったよ。でもまだ確認しなくちゃいけないものもあるし、あともう少し頑張ろう。それと、コレ」
そう言って手渡された紙袋をのぞきこむと、そこには黒いパーカーが入っていた。
「それは、クリスマスプレゼント。こないだボクが貸したパーカーと似ているヤツ。あ、もちろん女子でも着れるような店で買ったよ。そこはそんなに気にしないかとも思ったけど、一応そうしといた。どうかな?」
「すっごい嬉しい! ありがとう!」
もちろん気に入らないわけない!
これでおそろいだし、発表の日に一緒に着てってもチームっぽいかも。
そんなわたしの反応を見て、カイくんも嬉しそうに、
「よかった。こないだ着てたとき似合ってたから、それにしたんだ」
なるほど。そういうところを覚えててくれたんだね。
やっぱり気が利くし、優しいな。
でもそこで、わたしは重大なミスに気づいた。
「……あの、大変言いにくいんだけど。わたし、買うの忘れちゃったの……」
うわー、これ人間としてどうなの?
クリスマスだって知ってたし、普通プレゼントくらい持ってくよね。
わたしが情けない気分で、ズーンと落ち込んでいると、
「別にいいよ。これはボクがプレゼントしたくて勝手に買っただけだし」
「いや、でも……」
「それなら、プレゼンの役割を引き受けてくれたことがプレゼントってことにしよう。もう結構寒いし、この話は終わり! またね!」
カイくんは気を使ってさっさと切り上げ、手をふって曲がり角に消えてしまった。
わたしはかなり申し訳ない感じで、しばらく立っていたが、やがて紙袋を握りしめて家の方向に歩きだした。
冬なので5時でもだいぶ暗くなって、外灯の下を少し心細く思いながら通過する。すると自分の家の階段に、誰かがうずくまって座っているのが見えた。
え、もしかして、不審者とか?
わたしは怖くなって後ずさりしかけたけど、よくよく見てみると榊だったので、ホッとして駆け寄った。
ダッフルコートを着てあったかそうではあるけど、長時間ここにいるなら風邪をひいちゃうかもしれない。
わたしはそう思って、
「ねぇ、大丈夫? ここにいて、寒くない?」
すると榊は顔をあげて、わたしをジッと凝視した。
その目は何かを探ってるようだったけど、少したってから目線を外して、
「いや、お前にちょっと用事があったから待ってた。でもそれが終わったらすぐ帰るから、気にすんな」
「そうなんだ。それで、その用事って?」
わたしが榊のとなりに腰かけると、榊は息をはいてゆっくりと話始めた。
「オレ、作曲してるの知ってるだろ?」
「うん。新しい趣味だよね」
わたしはコクンとうなずく。
「そう。それでたまに動画サイトにアップしたりしてるんだ。そしたらこの前メールが来て、『あなたの作る曲を気に入りました。ぜひわたしたちの映画の主題歌を作曲してください』って言われたんだよ」
「それって……信用できるの? なんか怪しくない?」
だいたいこの手の話には裏がある。
お金をだまし取られたり、何かに利用されたりしちゃうんだよ。
でも榊は首を振って、
「オレもそう思っていろいろ調べたんだけど、どうやら本物らしい。まあ、どちらにせよ、オレはあくまで趣味程度だし、最悪料金が払われなくてもいいと思ってたんだけど」
そこで言葉を切って、顔をふせる。
「なんか、結構有名な映画監督だったらしく、ほとんど無名の作曲家がその主題歌を作るってことで、ネットが炎上したんだ。オレのネット上のアカウントにも、脅迫とか誹謗中傷が送られてきた」
わたしは言葉がでなかった。
映画を製作する側の人に依頼されただけなのに、暴言をはかれるってどういうこと?
「そんなの、榊が気にすることないじゃん! 酷いことを言ってくる人は無視して、お願いされた通りに作ればいいよ!」
わたしは榊の方を向いて力説する。
でも榊はやるせなさそうに微笑んで、
「そう……できたらいいんだけどな。でも中には、『この監督の作品が好きだから、もっとちゃんとした人にお願いしたい』とか、『曲の作風が合わない気がする』とか、しっかりした理由をもって反対してくる人もいるんだよ。確かにその通りだと思うし、正直いきなりそんな大きな仕事をできる気がしない。申し訳ないなって思う」
その言葉を聞いて、わたしはハッとした。
わたしもいろんなコンテストで賞をもらったおかげで、たまにアプリやウェブサービス開発の依頼が来る。
でも、時には心無いコメントが送られてくることもあるんだ。
そういうのってだいたい依頼者側に届くから、わたしまで伝わってくるのは稀だけど、榊の場合は自分にその矛先が直接向けられているみたい。
自分が正しいことをしているのに批判されるって、辛いよね。
けど、いつも榊に助けてもらってるから、今回はなんとか助けてあげたい。
そう思って口を開く。
「わたしもそういうことあるけど……どこにでもそういう人っているよね。もうそれはしょうがないから、とにかく自分のできることをやりきることにしてる」
「やりきる?」
「そう。というか、それしか方法がないからね。とにかく、みんなの期待以上のものを作って、びっくりさせることを目標にやりきるの。だから榊も、せっかくのチャンスなんだし、やりきってみたら?」
その言葉は榊に言っているんだけど、なんだか今の自分にも通じるきがした。
そうだよね。わたしは一月のプレゼンをとにかくやりきればいい。
もし何かあってもカイくんがフォローしてくれるし、怖がらないで一歩踏み出すことが大事でしょ。
自分でも納得していると、榊がポツリと、
「なるほどな。なんか、お前らしいな」
その顔はどこか吹っ切れたように晴れ晴れとしていた。
「じゃあ、オレはこれから頑張るから、お前もプログラミング頑張れよ。お前の言う通り、そうだな……誹謗中傷してきたヤツも驚くようなコードを入れてやろうかな」
わたしはその言葉に目を見開く。
「コードって……プログラミングのこと?」
「ちげーよ。音楽の和音のことをコードって言うんだ。コードの並びをコード進行って言って、ヒット曲はだいたい決まったコード進行できている。でもオレはそれを転調したりして、いじってやろうかなって思ってるとこ。失敗するかもしれねぇけど、ま、とにかくいろいろ試してみるよ」
なんかよくわかんないけど、とにかく音楽の世界にもコードってあるんだ。
わたしと、同じ。
榊とはだんだん年がたつにつれて離れて行ってる気がしてたけど、やっぱり似たようなことをしているんだなぁ。
幼馴染兼わたしの好きな人と、同じ感覚を味わってるなんて、なんだかとてつもなく嬉しい。
そう考えたわたしは、パアっと笑顔になって立ち上がり、
「じゃあ、約束しよう!」
「え?」
混乱した表情の榊に、わたしは小指を出して、
「榊もわたしも、戦うフィールドは違うけど、同じコードを使った戦いをしてる。だから、幼馴染の力でどっちでも勝とうよ!」
「同じ、コードを使った戦い……」
榊はそう繰り返してから、ニヤッと笑って立ち上がった。
「そうだな。やってやるか!」
そう言ってわたしの小指に榊の小指が絡まる。
指切り。
わたしたちはいつもこうやって約束してきた。
実は今までの約束は全て破られたことはないの。
つまり、最強のおまじないってこと。
絶対、プレゼンを成功してみせたい! それと、ついでに……。
わたしはこっそり榊の顔を盗み見ながら、離れた後の小指をさすった。
ついでに、この恋も叶いますように。
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