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8. Hello World !
「ただいまより、『U20 アプリ共同開発プロジェクト』の作品発表会を開催いたします」
いよいよ、この日がやって来てしまった。
会場はこないだと同じホテルのパーティー会場で、わたしはカイくんとともにIチームのテーブルに座ってる。
二人とも同じ黒いパーカーでそろえてきたんだよ。
司会の人のアナウンスで、会場の人たちの緊張が一気に高まった気がした。
「でははじめに、初回同様、増崎から説明があります」
という合図で、増崎さんが登壇する。
増崎さんはマイクを微調整すると、台に両手を置いて、
「では、これから皆さんの約五か月間の成果を見せてもらいます。この期間の間に、デザインや機能をどれだけ高められたのかも見どころですが、今回は『作品を愛する気持ち』も審査の対象です。みなさんの熱のこもったプレゼンを期待しています。さてさて、気になる賞品ですが」
そう言って増崎さんはみんなの視線を集め、
「我が社が昨日発売した最新式の高機能パソコンを、チーム全員にプレゼントします!」
この発表には会場がどよめいた。
そのパソコンは発売前から話題を呼び、値段が高いのにもかかわらず、予約段階で完売してしまったというすごい物なんだ。
わたしも欲しかったけど、高いし売ってないから買うのをあきらめてた。
でも、ここで優勝すればもらえるってことだよね?
わー、絶対勝ちたい!
「つむぎちゃん、やる気になったでしょ?」
テーブルの反対側からカイくんがこちらをニヤニヤと見てくる。
「うん! あのパソコン欲しかったんだ!」
わたしが大きくうなずくと、カイくんはほほんで、
「じゃあ、頑張らなきゃね」
「もちろんだよ!」
と、わたしたちがコソコソと話しているうちに、増崎さんのあいさつは終わり、いよいよ発表の時間となってしまった。
今回はAチームからなので、わたしたちは一番最後に発表する。
緊張するなぁ……。
「それでは時間は5分です。Aチーム、始めてください」
司会の人がそう言って、ステージ上に登場した5人の大学生がうなずいた。
リーダーは背の高いメガネの人で、その人はマイクを握ると、
「では、我々Aチームの発表を始めます。まず、こちらのグラフを見てください」
その言葉に合わせてタイミングよく、ステージの後ろのスクリーンに円グラフが現れる。
「これは僕の大学で、『カロリーを気にしていますか』というアンケートを実施した結果をまとめたものです。やはり、カロリーを気にしている人は過半数を超え、健康を維持したいと考えていることがわかります。そこで、」
スライドにアプリのアイコンが現れる。
「この『カロリー測定アプリ』です! これは写真に撮るだけで、そのメニューのカロリーをだいたい判定してくれます」
審査員席からおおーっと歓声があがる。
確かにパシャって撮ってカロリーがわかったら、便利だよね。
それから、そのチームはアプリの仕組みや利用するメリットを述べて、拍手とともに5分ちょっと手前でプレゼンを終了した。
「これは、結構レベルが高いな」
質疑応答に入ったところで、カイくんがポツリとつぶやく。
わたしもその言葉にうなずいた。
アプリのよさはもちろんだけど、スピーチも素晴らしかった。
これ、結構優勝するのは厳しいかもしれない。
その後も順番通りに進められ、時間が大幅にオーバーしたチームもあったけど、だいたいは個性豊かなアプリを披露して、会場をわかせていた。
逆にわたしは、ひとチームが終わるごとに、どんどん憂鬱になっていく。
だってこんなすごいプレゼンばっかりだし、その一番最後に話すってきつい。
一応原稿は暗記してきたけど、大丈夫な気が全くしないよ。
「それでは、ラストのIチーム、よろしくお願いします」
そう促されて、わたしはガクガク震えながら、ゆっくりとステージ上に上がって行った。
ステージ上から周りを見渡すと、たくさんの人に注目されていることがわかり、わたしはもう緊張のピークで頭がクラクラしてきた。
「つむぎちゃん」
スライドを用意しているカイくんが声をかけてくれる。
「大丈夫だよ、自信持って」
「う、うん……わかってるけど」
でも、どうにも緊張はほぐれない。
「じゃあ、このプレゼンの間だけこう考えて。『わたしはこの会場の誰よりも偉くて、わざわざ話をしてやってるんだ』ってね」
「え、なにそれ……」
それ、ただの変な人だよ……。
「いいから。ほら、始まるよ。マイク持って」
カイくんに促されて、なんとなくマイクを握る。
まあ、どうせ考えてることなんてわかりはしないから、やってみようかな。
わたしはこの会場の誰よりも偉くて、わざわざ話をしてやってるんだ。わたしはこの会場の誰よりも偉くて、わざわざ話をしてやってるんだ……。
わらにもすがる思いで、そう何度も繰り返し念じた。
あれ、なんか……落ち着いて来たかも。
「では、いまから5分となります。それではお願いします」
司会の人の声で、わたしは息をすう。
「みなさん、こんにちは。Iチームです」
まずは常套句。
ここから聞いている人の気持ちを掴まなくちゃいけない。
これは、カイくんから教えてもらったんだけどね。
「突然ですが、今の天気はなんでしょう?」
わたしはそう投げかけて、
「今朝は晴れていて、でも少し雪がちらついていました。こういう粉雪のことを、日本では風花と呼んでいるそうです。知ってましたか。わたしは、調べるまで全く知りませんでした。このように、日本には美しい天気を表す言葉がたくさんあるんです。でも、あまり知られていないですよね。そこで」
わたしは言葉を切り、振り返ってスライドが変わったのを確認する。
「この『てんきもよう』は、天気が変わるごとにお知らせしてくれるアプリです。わたしたちがこだわったのは、そのデザインです。スクリーンにご注目ください」
そこには、二人で作った画面を編集で、きれいにつなげたものが映った。
見ている人も映像に対して拍手をしてくれる。
わたしはペコリとお辞儀して、
「ありがとうございます。しかし、この天気アプリはただ天気が表示されるだけではありません。わたしたちは、利用してくれる方に、『生きている』という実感を持っていただきたく、このアプリを作りました」
ここからの原稿は、全て自分で書いたものなんだ。
カイくんが、「自分の言葉の方がいい」って言って、全く添削しなかったの。
ホント、ドキドキする……。
「学校や仕事場に行って、毎日おんなじような日々を過ごしていると、いつの間にか、『生きている』という感覚さえなくなってしまいますよね。それは一日が昨日と変わらない、平凡な日だと考えるからだと思うんです。でも、このアプリは、生活の中のわずかな変化を教えてくれます」
この作品の良さが、みんなに届きますように!
そんな思いをこめて、機能やこのアプリの考えうる使い道などを説明した。
わたしは一番最後、願いを込めるように周りを見渡して、
「多くの人が携帯から空へ、目を向けるようになってくれればと思います。これで、Iグループの発表を終わりにします。ありがとうございました」
そう言い切って頭を下げると、司会の人がタイマーを見て興奮したように、
「なんと5分ジャストです! これは素晴らしい! 相当練習されたのですか?」
「え、いや、時間内に終わらせようとはしてましたけど、ちょうどになるとは思いませんでした……」
「そうなんですね。でもこれは、インパクトが強いプレゼンになったんじゃないでしょうか。では、質疑応答に移ります。何が質問のある人?」
すると、審査員席から手が上がった。
その人は老齢のおじいさんで、マイクを受け取ると、ヨロヨロと立ち上がって、
「こんにちは。まずはプレゼンお疲れ様じゃ。わしは、お嬢さんがどんな経緯でそのようなアプリを作ろうと思われたのか知りたい。教えてくれるかの?」
「あ、はい。わたしは、友達からこの日本の天気に関する言葉を教えてもらって、その美しさに驚きました。だから、その感動をほかの人にも味わっていただきたいと思ったので、このアプリの製作を始めました」
「なるほど。いい理由じゃ。それに、日本の伝統文化を美しい形で生かしていて、わしは好みじゃな。回答ありがとう」
そう言っておじいさんは席に座った。
よかった、なんとか一問目の質問はスムーズに答えられた。
わたしがそう安堵していると、すぐにとなりの若い男の人がマイクを握って、
「僕はちょっといじわるな質問をしますね。以前、似たようなアプリを見た気がするんですけど、それについてはどう思いますか」
この質問には動揺した。
うそ、わたしたちより先にこのアイディアを思いついていた人もいたんだ。
でも盗作じゃないし、そこははっきりさせないと。
そう思ったけど、急になんだか声が出なくなった。
どうしよう、わたし、混乱してるのかも。
えっと、カイくんは始まる前、なんて言ってたっけ?
確か、『わたしはこの会場の誰よりも偉くて、わざわざ話をしてやってるんだ』って思えって言ってたよね。
もうそう考えて、振舞うしかないよね。
わたしは誰よりも偉くて、いまからわざわざ質問に答えてあげるんだ。
なんだかそう念じると、謎の自信がわいてくるような気がした。
そういえばどこかの心理学の本に、役割によって人柄が変わるっていう実験がのってたような。
ていうことは、『偉い』って思いこむことで、すらすらと話せるようになるって仕組みなのかも。
そんな余計なことを考えていると、心が完全に落ち着いてきた。
よし、いける。
「初めに言いますが、わたしたちは絶対にアイディアを盗んではいません。そのアプリの存在も初めて知りました。ですが、そのことに対しては問題ないと考えています」
「ほう? それはなぜですか」
眉をひそめる男の人を横目に、わたしの脳内では、舞が遊びに来た日のことを思い出していた。
答えにくい質問をしたと思ってるかもしれないけど、『偉い』わたしは既に予習済みなんだよね!
「利用者はよりよいサービスを望んでいます。ですから別に、それが斬新である必要はないんです。もし似たアプリがあったとしても、わたしたち開発者はそれを上回る作品を作ればいいと思っています」
「……確かにそうですね。ありがとうございます」
男の人は感心したようにうなずいて、マイクを置いた。
「では、時間の都合上、これが最後の質疑応答にします。どなたかいらっしゃいますか?」
「はい」
一番奥にいた、黒ぶちメガネの気の強そうな女の人が手を挙げる。
その人はマイクを受け取るなり、こちらを向いて、
「わたくしも手加減はいたしません。では、質問です。あなたの作品は、『生きている』実感だとか、日々の違いとか、そういう抽象的であいまいなアプリのようですね。わたくしには全く響きませんでしたけど、本当にそんなよくわからないアプリを、利用者は受け入れてくれるのでしょうかね?」
これは思ってもない質問だった。
プレゼンの言葉選びも批判されたし、全く響かないとさえ言われた。
徐々に気持ちがしぼんでいき、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
これにはどう答えていいかわからないから、自信満々に演技することさえできなくなってしまったみたい。
わたしには、急に目の前が真っ黒になったように見えた。
でも、
「大丈夫だよ」
びっくりして振り向くと、カイくんがすぐそばに立って笑っていた。
「ボクに任せて」
するとカイくんはマイクをわたしから受け取って、ステージの真ん中に立つと、
「代わりにボクが答えます。お聞きになりたいのは、利用者に受け入れてもらえるのか、ということですね。まず、先ほど抽象的であいまいなアプリとのご指摘を受けましたが、ボクはこれを否定しません」
え、認めちゃうんだ。
そう思ったのはわたしだけではないらしく、会場がざわめいた。
「しかし、抽象的であいまいなアプリは、言い換えれば自由度の高いアプリということです。たとえばメモ帳や、町を作っていくゲームなど。これらは用途はそこまで制限されていないので、根強い人気があり、多くの人に受け入れられています。つまり」
そこでカイくんはニコっと天使のほほえみを浮かべて、
「『抽象的であいまいなアプリ』は『自由度の高いアプリ』で、『自由度の高いアプリ』は『多くの人に受け入れられるアプリ』です。すなわち、『抽象的であいまいなアプリ』は『多くの人に受け入れられるアプリ』ということが導き出せます。これが回答です」
カイくんは、こんな風にすらすらと説明してみせたんだ!
この説明にはわたしも会場もなんだか納得してしまい、先ほどの女の人も悔しそうな表情で着席した。
それからわたしたちは拍手とともにステージを降りて、結果発表まで五分ほど待つことになった。
でもわたしは席に戻るなり、カイくんに、
「カイくんすごいね! あんな論理的な回答がすぐに出せちゃうなんて」
「いや、あれはいわゆる『こじつけ』ってやつだよ。ボクは有名な三段論法を使ったんだけど、これって結構危険な論法なんだ。たとえば、プログラミングはずっとやってると肩こりするでしょ?」
そう聞かれて、特におかしいところはないので、コクンとうなずく。
するとカイくんは、
「でも肩こりするものってやめた方がいいじゃん。それで三段論法にあてはめると、プログラミングはやめた方がいいって答えになっちゃうんだよ。ほらね? 確実に同じものじゃないと、イコールにしてはいけないんだ。まあ、少しずるいけど、向こうも大分きついこと言ってきたし、お互い様ってことで」
ということは、すっかり騙されてたってことなんだ。
うわぁ、三段論法には気をつけなきゃ。
わたしはそう考えながらも、カイくんの知識の広さに感動した。
もっとわたしも、勉強しなきゃだよね!
すると、
「では、ただいまより、結果発表を行います。第三位のチームから呼びますが、第一位のチームのみ登壇してください」
司会の人のアナウンスで、一気に緊張の渦へ引き戻される。
めちゃくちゃ胸が苦しくて、めまいさえしてる気もした。
スクリーンにも『結果発表』と大きく表示される。
「それでは第三位……Aチーム!」
反対側の席から歓声が上がった。
あ、カロリー計算のアプリのチームだ。
あんなのプレゼンが上手かったのに第三位って、ハイレベル過ぎない?
でもわたしたちはまだ名前を呼ばれてないし、可能性はある。
わー、ドキドキする……。
結果発表はテンポよく続けられた。
「第二位は……Iチーム!」
え……。
え、ええ!? 第二位?
なんか嬉しいのか悲しいのかわからない。
わたしが恐る恐る目を向けると、カイくんの表情はその綺麗な白い髪に隠れて見えなかった。
でも、突然スタッフの人がざわめき出して、
「す、すいません。第二位は、Dチームでした! そして、優勝がIチームです!」
司会の人は新しくもらった紙をすばやく読み上げた。
てことは、さっきのは間違いで……。
理解すると同時に、わたしとカイくんは同じタイミングで振り返って、
「つむぎちゃん! やったね!」
「うん! すごいっ……すごいよ!」
少し遅れて嬉しさも込み上げて来て、わたしはカイくんとハイタッチをした。
やった。やりきれたんだ。
そう誇らしい気持ちを胸に、わたしとカイくんはステージにのぼる。
すると増崎さんが紙袋を抱えて出て来て、
「やっぱり期待を裏切らないね。アプリ自体はどこもよかったけど、やっぱりお客さんを考えたプレゼンや質疑応答には驚いたよ。ちなみに、表彰状はこのパソコンの中にPDFとして入ってるから。まあ、とにかくおめでとう!」
そう言って一人ずつパソコンを手渡しで渡される。
表彰状がデータだとか、ちょっとおもしろい。
わたしはニッコリしながらも、もらったパソコンを眺めた。
黒色のそのパソコンには、機械の名前が彫られている。
『Hello World !』
わたしはそれを見て、鳥肌が立つ感じがした。
だって――。
「じゃあ、ずっと保留していた答え、聞かせてくれる?」
発表会の終了後、わたしはカイくんに呼び出されて、人気のないホテルの曲がり角に来ていた。
そうだ、緊張のあまり忘れてたけど、今日答えを言うんだったね。
わたしはチラリとカイくんの瞳をのぞきこむ。
うう……。やっぱり言えないよ。
だって今日もフォローしてくれたし、いつも気にかけて優しくしてくれるし、時には注意もしてくれる。
そんな友達ってなかなかいないと思うんだ。
わたしはカイくんを失いたくないし、気付つけたくもない。
でも、好きな人がいる。
これってわがままなのかな。どっちかを失わなきゃいけないの?
黙り込むわたしを見てカイくんは小さく笑い。
「わかった。じゃあこうしよう。ボクのこと、友達として好き?」
わたしは迷わずにうなずく。
するとカイくんは言葉を選ぶように、
「……でも、それは……恋愛みたいな感じ?」
これにはかなり悩んだあげく、控えめに首をふった。
わたしはもう顔を見ていられなくて、思わず目をふせてしまう。
そこから少したって、カイくんはいきなり吹っ切れたように、
「わかった。顔をあげてよ。まあ……つむぎちゃんは榊が好きってわかってたんだけどね。でも、挑戦しないで後悔するのはイヤだったんだ」
カイくんの瞳はやっぱり寂しそうだったけど、わたしに負担をかけないように笑ってくれる。
わたしは申し訳なさ過ぎて、ただ見つめることしかできなかった。
それに、榊のことが好きってわかってたのに告白してくれたんだね。
すごい勇気だと思うし、純粋に嬉しい気持ちもある。
でも、わたしがまだ自覚する前からバレてたんだ……。
そう思うとなんだか奇妙な感じがした。
するとカイくんは優しくほほえんで、
「じゃあ、せめてもの協力として、ボクが背中を押してあげる」
「誰の?」
「つむぎちゃんのだよ。まだどうせ告白してないんでしょ。だから、今からしてきなよ」
わたしはとたんにパニックになり、顔が赤くなった。
そ、そんなの無理でしょ。勇気がわかないよ。
しかもなんで、カイくんが応援してくれるの?
そんなわたしの気持ちを察したのか、カイくんは、
「フラれたから、せめてかっこよく見送らせて。つむぎちゃんとは友達でいたいし」
「そ、そんなの当たり前じゃん! 永遠に友達だよ!」
わたしがそう全力でうなずくと、
「ほら、だから早くいってきなって!」
物理的にもグイグイと押されて、わたしは仕方なくその場を後にすることになった。
カイくんってホント、よくわかんない不思議な人。
でも、なんだかこれからも友達でいてくれるみたい。
カイくんが心の広い人でよかったなぁ。
「まだお迎えもこないし、榊の居場所も検討つかないよ……」
わたしは夕日の綺麗な橋を渡りながら、ぶつぶつ独り言をいった。
確かに連絡すればわかるけど、そういうのってなんか恥ずかしい。
いかにも、告白しますって感じじゃん。
パパが来るまでうろうろしておこうと思ったけど、結構先の方まで来ちゃったな。
わたしがそう思ってクルリときびすを返したとたん、
「えっ!」
なんと目の前には、当の榊が立っていたの!
なんで、これ……まぼろし?
わたしが驚いていると、榊が、
「お前のお父さんが忙しいって言うから、代わりに迎えに来た。ていうか、こんなところにいたのか」
「あ、わざわざありがとう。えっと……」
これから告白することを意識しすぎて、全く榊の顔が見れない。
でも、そんなわたしに榊は、
「お前、オレに言いたいことがあるんじゃねーの」
その声はどこかイラついているようだった。
え、もしかして、榊、わたしが告白することを予期してたんじゃ……。
わたしは思わず冷や汗が流れるのを感じながら、おそるおそる顔を上げる。
榊は表情もなんだ怒ってる感じで、全然喜ぶ気配がない。
ということは、私の勝率は0パーセントってことだよね……?
だってめちゃくちゃ嫌がってるし。
わたしが泣きそうな顔で立っていると榊が、
「聞いちゃったんだよ」
「え?」
「後夜祭の後の一条の話。それって今日だろ。……やっぱ、オレ、その報告は聞かねぇから。断固拒否するから!」
そう言い捨てて榊はさっさと歩いて行ってしまう。
え、でも、後夜祭の告白のことを言ってるんだとしたら、わたしがカイくんと付き合ったって勘違いされてるのかも。
それは、訂正しないと!
わたしは慌てて榊の後を追う。
「待って! 話を聞いてよ!」
でも榊はどんどん歩いて行って、もう少しで追い付けなくなりそうだった。
わたしはなんとか引き留めたい一心で、
「ちがうの! わたしは……榊のことが好きなのっ!」
そう叫ぶと、榊がピタッと静止した。
もう、後ろを向かれたままだけどいいや。
わたしは思いっきり息を吸い込んで、
「小さいころから一緒にいて、いじわるで、調子にすぐ乗るけど……それでもわたしは榊が好きなの! 最近ようやくそれに気づけたの!」
全身が心臓になったようにドクドクする。
言っちゃったぁ……。
わたしはじっと榊が振り返るのを待った。
でも、
「……バカじゃねぇの?」
「え……」
そう言って榊が振り返った。
表情は逆光で見えないけど、なんか雰囲気がさっきと変わったような――。
「こちとらお前よりずっと前から好きなんだよ」
その言葉に息が止まりそうになる。
すると榊は近寄ってきて、
「お前がどこにいても、必ず迎えに行くから」
距離が近くなってようやく見えた榊の顔は、いつものいたずらっ子みたいなニヤリとした顔だった。
夕日で茶色の髪がキラキラと輝いている。
「――だから、これからもずっとそばにいてくれますか」
このセリフって……。
わたしは恥ずかしくなって目をそらそうとしたけど、この瞬間を目に焼き付けておきたくて、そらすことができなかった。
「は、はいっ!」
声が震えてしまう。
でも榊は柔らかくほほえむと、わたしの頭をなでて、
「よし……じゃ、帰るか」
そのままその手でわたしの左手をすくって、歩き出した。
榊の耳が微妙に赤いのは、気のせいかな?
一方わたしは、どうしようもなく嬉しくなってしまって、思わず笑顔になるのを止められなかった。
だって、初恋が叶ったんだよ! すごくない?
するといきなり榊が、
「あ、そうだ。今日からオレをまた恭也って呼ぶこと」
「えー……まあ、学校以外ならいいよ。でもなんで?」
わたしが顔をのぞきこむと、榊はそこで足を止めて、
「……言わない」
と、ふてくされたようにまた歩き始めた。
「どうして? 言ってくれてもいいのに、恭也!」
わたしがそう呼ぶと、やや遅れて榊はちょっと嬉しそうに、
「絶対言わない。ていうか今日なんかもらったんだろ、その紙袋」
話がそれされたけど、まあいいや。
わたしは手元に視線を落としてうなずく。
「うん。『Hello World !』っていうパソコン。これ、すっごくいい名前だよね」
「名前? なんでだ?」
そう不思議そうに返されて、わたしはハッとする。
そっか、プログラミングをやってないとピンとこないと思う。
「プログラミング言語の一番初めのチュートリアルで、だいたいみんな、『Hello World !』って画面に文字表示させるの。これはまあ、伝統みたいなものなんだけど、これから使うパソコンとしてぴったりだなって思って」
新しい世界に挨拶をするってつまり、未知の領域に足を踏み入れるってこと。
それってとっても勇気のいることだし、ドキドキワクワクするよね。
でもわたしはこの半年ほど、多くの人と出会って、関わって成長できたと思うの。
だから、これからもいろいろ挑戦していきたい。
きっと明日も新しい発見があるよね。
そう思って、わたしは黄金色の空にニッコリとほほえんだ。
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