300回刻んだら

1/1
前へ
/1ページ
次へ
腕時計の秒針をずっと追いかけながら、待ち続けている。 あと、何秒刻むのを見ていれば辿り着けるのか、計算したいのに頭が回らない。それほど、わたしは今冷静さを欠いている。ということを認識できるくらいは冷静なつもりなのだけれど、うまく数式が出てこないくらい焦っている。苦手分野だから、というのもあるのだろうけれど。 秒針の音が聞こえてくる。それが気になる。 気になり始めたときは、だいたいイライラしているときが多い。ようするに、やっぱりわたしは焦っている。とはいえ、それを自覚できるくらいには冷静なつもりだ。 あと、一周。あと60回。 300回刻んだら、4分前から行きたかった5分後の世界にたどり着ける。 あと5分だと案内されたから。 8時15分、観音開きのドアが開き、ゴンドラがこちらに向かってくるはずで、そこに飛び乗る準備を身体中で整える。 さぁ開けドア! と、構えたところで、再びブザーが鳴る。 このブザーの音は、5分前ブザー。 手すりをキツく掴んでいた手のひらのから、力が一気に抜ける。 あと何回、このブザー音を聞けばいいのか。 抜けた力を取り戻そうとするかのように、また奮い立たせるようにして手すりをキツく握り直す。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加