2000メートルの狙撃者

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2000メートルの狙撃者

 土曜日の午後、自宅でアンニュイな気分で、梅雨のしずくが垂れる窓を眺めている娘を電話で呼び出し、《戦闘用アンドロイドと一緒に悪人を捕らえるのを手伝ってほしい。バイト料をはずむから!》などと頼む父親を尊敬できるだろうか? たぶんできない。  景子は大きく溜息をついた。  「ごめん、そんな気分じゃないのよ、期末試験も近いしさぁ~」  「そんな、日本の威信にかかわることなんだよ!」  「だってさぁ~! あぶないじゃんか、お祖父ちゃんからやめろって叱られるし、それに老けるし」  するとスマホから流れる恵介の声が取り乱しはじめた。  『こ、このままじゃ失業してしまう!』と、泣きつかれては断れない。  護衛を任されている恵介の責任は重大、ミッションに失敗すれば景子一家は路頭に迷うことになってしまう。  「やだよ! 貧乏なんて! 貧乏なんて大嫌い!」  お金が大好き少女にとって、貧乏ほどつらいことはない。  この時、景子の母から命じられて、ゴンタロウがおやつを持ってきた。  かれは景子の部屋のドアをノックして、「おやつをお持ちしました」と、声をかけた。  すると、いきなりタオルでねじり鉢巻きした景子がドアを開けて、「リキ入れるのよ、ゴンタロウ! あんただって居場所がなくなるのは嫌でしょう!」  「はっ?」  いきなりハッパをかけられて、戸惑うゴンタロウだった。  今度のバイトは総理大臣の警備だ。  スマホでの打ち合わせで、「え? また狙われているの?」と、驚く景子に、恵介は『世界情勢は流動的なんだ、日本のリーダーだって、暗殺されないという保証はない』と、説明を始めた。  これは高校生にだって、一大事とわかる。  「わかったわ、お父さん、がんばる!」  父親の窮状を察して承諾し、(つくづく、わたしって親孝行じゃん!)と、思う景子だった。  で、翌日、ゴンタロウと一緒に富士の裾野まで護衛に行かなきゃならなくなった。  今度、総理が来るのは自衛隊の演習場だ。  自衛隊員から「ご苦労様です」と、敬礼されると悪い気はしないが、しかし、こっちはド素人、厳しい訓練を経験しているわけでもなんでもない。しかもアルバイトだ。  「あ、どうも、お疲れ様です」  と、謙虚に頭を下げて、現場入りさせてもらう。  周囲は荒れ野で、あちこちに砲弾やミサイルが命中した跡だらけだ。  現地に到着した景子は「たしかに、ここで総理を殺されたら、自衛隊の面目丸つぶれだわ」と、つぶやいた。  もし、数万人規模で行う日米共同演習を視察に来ている総理が暗殺されたら、防衛省は世界の笑いものだ。日米同盟にも亀裂が入るだろう。  恵介から「是が非でも、暗殺テロなど阻止しなければならん!」と、言われて、景子は久々に緊張した。  周囲に建物がないので、SPとしては警備しやすいはずだが、昨今の暗殺の手口は進歩しており、どんな場所でも安心できない。  で、父親の恵介に、「今度はどんな奴なの?」と、訊けば、「空を飛ぶ」という。  「空を飛ぶぅ?」
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