道切り

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道切り

「今日も退屈だな」  それがケンタのいつもの口癖で、その言葉の後には大抵遊びの提案をし合う。  しかし俺たちがいくつか提案しても、その日のケンタは納得しなかった。 「なんかこう、もっといつもやったことないような遊びをやってみたいんだよ」 「刺激があるようなさぁ」 ──例えば……明日から始まる神社の祭りの注連縄(しめなわ)を切っちゃうとか。 「バ……」  普段温厚なミツルは、あまりの失礼な発言に言葉にならないようだ。 (何言ってるんだ馬鹿。絶対バチが当たるぞ)  ミツルはそう言いたかったのだろう。俺も同じことを思った。  けれど暴君タイプのケンタは、真っ向から否定しても聞かないだろう。  それどころか、否定したら逆にやると言って聞かなくなるかもしれない。 「ケンタさあ。だいたい鳥居の上の注連縄なんて、届かねーし、太すぎて切れないだろ?」  な、だから別の遊びを……。  そう言いかけてケンタを見ると、眉間にしわを寄せて何かを考えている。  まずい。かえってケンタに火をつけてしまったみたいだ。 「いや、何ヵ所かある入口のほうなら大丈夫だろ……」  ケンタは口の中でぶつぶつと呟く。 「……俺、家で作戦を練ってくるから。明日やろうぜ」  思いつめたような顔をしたまま、ケンタは帰ってしまった。  何故そこまでケンタがこだわるのかがわからない。  ミツルと俺は顔を見合わせ、そのまま気まずい雰囲気で別れた。  俺たちの住む地域では、神社のお祭りのときに「道切り」という行事をおこなう。  道切りは、神社の鳥居と地域の境となる場所数か所に注連縄を飾って、病気や悪いものを遠ざけようとするまじないのような行事だ。  神社の注連縄は太くて大きいけれど、境のほうはそちらより細くて、 藁でかたどった蛇や刀やぞうり、木でできた小さなサイコロを下げる。  それらがゆらゆらと風に揺れている様子は、小さい頃から見慣れている光景だけれどよく考えてみると不思議なものだ。  きっと昔の人が考えた「結界」なのだろう。 ──その結界を破ってしまったら……。  昔から伝わる迷信なのかもしれないけれど、ぞっとした。  結界を破った魔物が俺たちの地域へじわじわと近付いてくる。  明日になったら勇気を出して、ケンタを止めよう。俺はそう決心した。  ずしん。  その夜、突然お腹のあたりに異変を感じた俺は目を覚ました。  そして次に、体が捩じれるような衝撃的な痛みを感じた。  強い力で押しつけられ、息もできない。  何が何だかわからなかった。  何か大きなものが、俺の上半身と下半身を引きちぎろうとしている──?  俺はもがこうとするが、体は動かない。声も出ない。  このまま死ぬんだ……。  冗談ではなくそんな覚悟をしていた俺は、何事もなく翌朝目を覚まして拍子抜けした。 「上半身も下半身も、くっついてる……」 よかった。  俺は思わずそうつぶやいた。  昨夜のことを話せば、ケンタを止められるかもしれない。  しかし、予想に反して待ち合わせ場所に現れたケンタは浮かない顔をしていた。  朝から大人たちが縄をない、注連縄の準備も整っていた。  てっきりギラギラした目で俺とミツルを無理矢理従わせるのだと思っていた。 「……やっぱやめるわ」  ケンタは顔色まで悪かった。  青白い顔で無言のまま手のひらを開いて見せる。  俺とミツルは思わず声を上げた。  ケンタの手の上には、死んだヤモリが乗せられていた。  それも、下半身だけの──。 「これが玄関に落ちててさ。何か、怖くなったんだわ正直」  俺は、何かを言おうとして口をつぐんだ。  昨夜の夢と偶然とは言え、似すぎている。 「昔の人は、よっぽど恐ろしいことがあったから道切りを始めたんだろ」  ぽつりとケンタは言い、俺たちも頷いた。  俺たちは神社の近くに下半身だけのヤモリを埋めた。  そして、それから別のもっと楽しい遊びを考えることにしたのだが結局何も思いつかず、三人で海を眺めていた。 「……俺、大人になったらこの町を出て、別の場所に行きたい」  ケンタがふいにそんなことを言う。 「恐ろしいものが入ってこないような場所に」 ──そんな場所がこの世にあるのだろうか?  俺はそう考えながら、ケンタの言葉について考えていた。  今までこの地域を出ることなんて考えたこともなかった。 ──道切りが行われているんだから、逆に安全じゃないのか?  でもいつか、大人になったらここを出て行くのだろうか。それとも父さんやじいちゃんのように朝から縄をなうのだろうか。   俺は見えない結界のことを考えかけて、やめることにした。 「俺の家に行こう」 頷いたミツルとケンタを引っ張るようにして、俺は注連縄の前から走り去った。 視線の先で風もないのに注連縄が揺れていた。
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