初恋

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初恋

「ちょっと。お前、名前は?」  誰もいなくなった公園で、ひとりぼっちでブランコに座っていた時、その人が現れた。さっきここを走っていったおじさんを追いかけてきたみたい。 「よーすけ。小寺陽介……。」  その瞬間、その人の足がビクッと揺れたのを見た。顔を上げてその人を見る。 「……お前、男だったのか?」  その人の言葉で、泣きたくもないのに涙が出てきた。 「悪い? み、みんな、ボクを、お、女だって言うんだ。」  クラスの友だちはみんな僕を「陽子ちゃん」って呼ぶ。「陽介だっ!」 いくら言っても聞いてくれない。サッカーだってやってみたいのに、いつも混ぜてくれないんだ。だから、女の子に混じって鬼ごっこで遊ぶ。サッカー……やってみたいのに。 「ああ、ああごめん。泣くなよ。……困ったな。ほら、家どこだ?」  その人が「よっこらしょ。」と言って僕を抱き上げてくれた。 「か、帰りたくないっ。……ひ、ヒックっ。」  家には誰もいない。母さんは仕事。僕は1人いつでも1人ぼっち。 「ダメだ。もう6時だ。家の人も待ってるだろ?」  家で待っているのはきっとキッチンでラップがかかってるチャーハン。チンして食べなさいって、母さんがいつも置いていくチャーハンだけなんだ。 「ま、待ってない。」 「とりあえず、家教えろ。」  僕は涙を袖で拭って辺りを見渡した。 「あっち……。」  その人は僕を抱っこしたまま歩いてくれた。  黒いメガネの奥に優しい目がある。僕が見ている方の目の下にホクロ。なんて言うんだっけ……そう泣きぼくろ。セクシーな印だって母さんが言ってた。母さんも違う方に大きなホクロがある。 「ここでいい。」  道のこっち側で、僕はその人に言った。 「そこ?」 「うん。あそこの2階が僕の家。」  家賃が安いんだって母さんが言ってた。カンカン音がする茶色い階段を登ってすぐの僕の家。 「そうか。陽介、泣くなよ。結局、いじめる奴なんて大したことない奴らなんだ。強く生きろ。」  おじさんの手が僕の頭に乗せられた。その手を取って比べてみる。凄く大きい手。僕の手より凄く大きい……。 「ありがと。おじさん、名前は……?」  手を掴んだまま、おじさんの顔を見る。おじさんは優しい顔をしていた。 「ん? 俺? 裕一郎。……またな。」  おじさんの手が僕の両手をすり抜けて離れていく。離したくなくてギュッとしようとしたけどやめた。目の前で手が離れていく時、手の甲のお父さん指とお母さん指の間に茶色いお星様が見えた。ちょっとだけ長細いけど、お星様だ。 「おじさん、またね!」  僕に後ろを見せて歩いてくおじさんに大声で叫ぶ。おじさんは、手をヒラヒラと振ってくれた。  裕一郎……おじさん。僕の初恋の人……。
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