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本屋の仕事
「おーい、陽介。雑誌並べ手伝え。」
「はいはい。手伝います。」
駅前の太田書店が僕の仕事場。商業用ビルの5階と6階に展開しているこの街1番の大型書店だ。小さなブランドショップがひしめく中でどうしてフロアを2つも占領できているか……。答えは簡単。このビルのオーナーが太田さん。目の前にいる冴えないおっさんが、実はこのビルのオーナー。絶対に潰れっこない本屋。ここに就職できて本当に良かった。
「全部並べてもいいですか? それとも半分に押さえますか?」
「全部だ。」
今日発売の雑誌を今までのと入れ替えながら、昨夜の事を思い出す。いつものバー「J」に行ってみたら、珍しく休みだった。今まで何度となく通ってるけど、初めてかもしれない。
『あそこのバーが潰れたら、僕の行くところないじゃん。』
この街唯一のゲイの憩いの場(だと僕は思っている)「J」。僕が僕でいられる唯一の場所。マスターは年齢不詳の穏やかな人で、僕は兄のように思っている。たまに小言言われるから、母親かな?
実の母親とは高校卒業と同時に縁を切った。……いい加減限界だった。高校まで金を出してくれたことには感謝しているけど、一緒に暮らしていて、いい思い出なんかは一度もない。夜の仕事をしていて、帰りは日が昇ってから。どんなに寂しくても、どんなに求めていても一緒にいてくれる人ではなかった。僕の父親は誰だか分からない。今なら分かる。あの人は僕を煙たがっていた。
「もうすぐ終わる? 開店になるわよ。」
同僚の太田さん、太田史織さんが話しかけてきた。この子は僕の1つ年上、23歳だ。大学まで行ったのに、この書店に就職して1年が経ったところだ。オーナーの太田さんの孫だとか、婿養子を取って、この店を引き継ぐんだとか噂は聞くけど、本当のところは分からない。僕も聞いたことがない。
「ああ、これで……よし、終わり。今日は僕たちがレジ?」
ダンボールを畳みながら史織さんに聞く。
「違うわよ。レジは清水くんと小寺くん。シフト表よく確認して。私は上で商品補充係。全くいいように使われてるわ。ね、お昼一緒に食べない?」
「うん、いいね。時間を合わせよう。」
ストレートの長い髪を1つに纏めて紺色のリボンで結ぶ彼女は、地味だと言う奴もいるけど、僕は好感がもてる。ケバケバしい化粧をしているよりよっぽどいい。僕は母親の姿を連想させる化粧の厚い女の子はずっと苦手だった。
「じゃ、ダンボールちょうだい。上に行くついでに持っていくわ。」
ここでバイトをして初めてできた友だちが彼女。僕が高校1年の時から一緒に働いていた。ここでの僕の唯一の理解者。気軽に何でも話せる仲だけど、お互いに恋愛感情を持ったことがない。僕たちは12時半に昼休憩を取ることに決めて、それぞれの担当場所に向かった。
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