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つゆ1
授業が終わるまでは席を立つのはマナー違反なので、ほかにしたいことがあろうと、今はとりあえずここにとどまらないといけない。
当然ながら、校庭で体育の授業を受けている人たちもいないので、外では雨の音しかしていない。そしてこの教室では、古典の先生が雨の音を邪魔しないよう、ひっそりと話している。私の日々の中で、これほど雨の音を聞くのに適した環境は、ほかになさそうだった。
ふと、木の下になにか花が咲いているのが目に入る。青い、つゆ草だった。こうして見ると、ずいぶんきっぱりとした青だ。たまに家の草むしりを手伝わされると、特に良心の呵責も起きずにごっそり抜いてしまう草だったが、こんな退屈な時間の中で見るつゆ草は、心躍らせる存在の一つだ。教室から飛び出して、あの鮮やかな色のある世界へ行きたくなる。休み時間ではなくて、今窓からさっと身をひるがえして外に出たい。雨の中を、わーっと叫びながら駆けまわるのだ……そんなことを実行できるのであれば、小学生のときにでも既にやっていたことだろう。残念ながら私は普通の人なので、そんな突拍子もないことは、考えるだけでおしまいなのだった。
そうしていると、今度は突然、キジバトが鳴き始めた。
先生の声に意識を向けるべきなのか、それともそれともキジバトの声に耳をすますべきなのか、次第にわからなくなってくる。先生の言葉は、少なくとも私に理解しようとする気があればわかるものである。しかし、キジバトのいわんとすることは、どんなに耳をそばだてても私が知ることはない。住む世界が違う。
キジバトは、図鑑で確認したら、私も存在を知っている鳥だった。よく駅にいる鳩よりも一回り小さくて、オレンジ色のうろこのような模様が入っている鳩だった。よく見ると、おなかのあたりがほんのりピンク色だったり、頬のあたりに青い模様が入っていたりして、地味ながらも多様な色の鳥だった。なんとなく後をつけるうちにわかったのだけど、警戒心が強く、じっと見つめたり、近づこうとすると、すぐに逃げてしまう。下手したら、ベンチに座ってカバンの中を探っただけで物干しそうに近づいてくるドバトとは、えらい違いだった。
私のクラスは一階にあるので、外の木に雨が降り注いでいる様子がよく見える。そうしているうちに、ふと子供の頃、池に大粒の雨が降ったときのことを思い出した。次から次へと生まれるあぶくを見ながら、見たこともないダイアモンドとはこんなものだろうか、と夢想していた。
「しらたまかなにぞとひとのといしとき……」
突然、先生の声が耳に飛び込んできた。
はっと前に顔を向ける。今の言葉はなんだったのか、妙に気になった。しかし、何の文脈でこんな話になっているのか、もはやよくわからない。手を挙げて尋ねるわけにもいかず、聞いていなかったことを嘆いてみても後の祭りだ。
三宅君の教科書を見てページをチェックする。本人は寝ているものの、不思議と、教科書は授業の通りめくられていた。同じページを開くと、そこにこんな和歌をみつけた。
白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答えて消えなましものを
一瞬、心臓のあたりがずしんと重く沈んだ。
つゆとこたえてきえなましものを、って、どういうこと?
「…………そうして、お姫様は消えてしまったのです」
先生の声が静かに響く。つまりこれは、しらたまなるものだと思っていたお姫様が、正体がばれるか何かして、「実は私はつゆなのです」と答えて消えてしまった、ということだろうか。つるの恩返しで、娘の正体がばれて飛んで行ってしまったように。ばれてしまうと、もう仮の姿のままではいられなくなって…………。
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